013 予想外の出来事
「ねぇ先輩、今の人って?なんか驚いてたみたいですけど?」
「えっ?あっ、あぁ、高校の同級生なんだけど、こんなところで偶然会ったからびっくりしたんだ」
「ふーん、そうなんですね。綺麗な人ですね」
「…………」
神社の鳥居の近くで今はもう見えない花音の後ろ姿の残像を見つめながら瑠璃に話し掛けられるのだが、瑠璃は潤の様子がどこか心ここにあらずといった様子を感じ取る。潤の背中越しに繋いでいた離された手を見つめながら名残惜しそうに思うところがある様子を見せた。
「先輩!!」
「あっ、ああ、ごめん。っと、ちょっと待ってスマホが―――…………はぁ!?」
瑠璃は顔を上げて沈んだ潤の背中に対して少し大きめに声を掛ける。潤は少しばかり驚きながらも振り返りそこで瑠璃の存在をはっきりと思い出した。
その瞬間にスマホのバイブを感じ取るのだが、確認すると同時に顔を歪める。
「どうしたんですか?」
「……いや、杏奈と光汰なんだけどな、俺達が見つからないからって先に帰ったらしい」
「えっ?そうなんですね」
「ん?思ったよりも驚いていないけど?」
「そ、そんなことないですよ!も、もう杏奈ちゃんったら勝手に帰って困りますよね!」
「あ、ああ。そうだな」
潤の様子を確認する様に声を掛けた瑠璃なのだが、杏奈と光汰が先に帰ったことを告げても特段驚いた様子を見せないことに疑問を投げかけると瑠璃は慌てて取り繕った。
慌てふためく瑠璃の様子を見て潤は少しばかり不思議に思う。
「(まぁいっか)瑠璃ちゃん、この後は?なんか光汰もうちに居るみたいだし、杏奈に会いに家に来る?」
「じゃあせっかくなんでそうさせてもらいます」
「ん。じゃあ一緒に行こうか」
「はい」
光汰の連絡を受けて瑠璃と一緒に家に向かうことにしたのだが、瑠璃の表情がどこか思わしくないことが気になった。
もう人混みを抜けた後で手は繋いでいない。会話はそれなりにできるのだが、途中で言葉に詰まることがある。
歩いて向かうなか、瑠璃と待ち合わせていた場所、綺麗な川が流れる橋の上で突然瑠璃が立ち止まった。
潤と瑠璃の間には二歩程度の距離が空いている。
「どうしたの?」
「……あの、先輩」
「なに?」
「さっきの人って、先輩の好きな人ですか?」
「えっ!?」
突然立ち止まったことにどうしたのかと思ったのだが、瑠璃の口から発せられた言葉は潤が予想していない内容だった。突然の質問に対してどう答えたらいいかわからず返答に困り少しばかりの沈黙が流れると、瑠璃の方から先に口を開く。
「否定しないってことは少なからずそういう気持ちがあるってことですよね?」
「う……ん、まぁ……、けどどうして瑠璃ちゃんがそういうこと聞くの?」
「それは、その……。 先輩!」
潤の様子を見て瑠璃は質問の内容が疑問から確信に変わる。潤に質問の意図を尋ねられると瑠璃は少しばかり逡巡した後に決意の眼差しを潤に向ける。
「どうしたの?」
「あ、あの、先輩、私と付き合ってくれませんか!?」
「えっ? 今なんて?」
瑠璃の様子に変化を感じ取ったのでどうしたのかと思うのだが、瑠璃の口から次に告げられた言葉は再び潤が予想していなかった言葉だった。
突然瑠璃に告白されたのだが、聞き間違えたのかと思い思わず聞き返した。
「だから、私と付き合って下さい!」
「いや、急にどうしたの?」
潤が聞き間違えたと思うのだが、はっきりと瑠璃の口から今告白されているのだと理解する。
「先輩がさっきの人が好きなのはわかりました。だからその前に私の気持ちを先に伝えとこうと思って」
「いや、さっきの人っていっても―――」
「それで、そのぉ、返事は……?」
潤の様子から花音のことを好きだということを察したのだが、明確に言葉にはしていない。気持ちはあるのだが何も出来ていない現状だけなのでどう伝えたらいいものかと悩んでいたら、瑠璃の方から告白の返事を恐る恐る確認する様に尋ねてきた。
「…………ごめん」
瑠璃の催促に対して、潤は申し訳なさそうに小さく返事をする。瑠璃にもその返事は聞こえて思わず俯いてしまうのだが、少しばかりの間を開けて俯いた顔を上げ再び潤を見上げる。
「理由を…………教えてもらえますか?」
瑠璃は泣きそうになりながら上目遣いで潤を見上げるのだが、その眼はしっかりと潤を見ている。その真剣な眼差しを見ていると思わずうんと言ってしまいそうになるほど瑠璃が可愛く映っていたのだが、それでも脳裏に花音の顔を思い浮かべて小さく首を振った。
「いや、だって、瑠璃ちゃんは杏奈の友達だし――」
「それって、杏奈ちゃんの友達とは付き合えないんですか?」
「いや、そんなことはないけど」
「じゃあそれは理由になりませんよ。それに……今日は楽しくなかったですか?私は、私は楽しかったです!先輩と2人で……その、デートしているみたいで」
瑠璃は表情を少しばかり曇らせながらも懇願する様に潤の言葉の説得力の無さを追求する。
「まぁ楽しかったのは確かだよ、話も合うと思うし」
「じゃあ…………じゃあ、付き合って、くれませんか?」
「いや俺、瑠璃ちゃんのことそんなに知らないし」
「私のことをもっと知ったら付き合ってくれるんですか?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
潤の言葉を受けて瑠璃は可能性を見出すのだが、潤は付き合えない理由にまだそれほど瑠璃のことを知らないことを理由に挙げる。すると瑠璃は一歩潤に歩み寄り、自身のことを知ってもらえたら付き合えるのかと尋ねた。
「私が先輩のことを好きだと、何か困りますか?」
「困りはしない……かな?それに好きって言われるとどちらかというと嬉しいし」
「それじゃあ!」
困った様子を見せている潤に対して瑠璃は震えるようなか細い小さな声で少しばかり申し訳なさそうにするのだが、潤が続けた言葉で瑠璃は表情をパッと明るくさせた。
「それでもやっぱり付き合えないよ」
「それって、私とは何があっても付き合えないんですか?」
「そんなことはないと思うよ、瑠璃ちゃんは可愛いし。ただ――」
「じゃあ先輩が私のことをあの人よりも好きになったら付き合ってくれますよね?」
「そりゃ瑠璃ちゃんのことが好きになれば付き合うこともあるかな?」
「やたっ!言質獲りましたからね!絶対に先輩に私のことを好きにさせてみせますのでこれから覚悟しておいてくださいね♪」
瑠璃の質問に対して潤は戸惑いながらも言葉を探しつつ答えたのだが、最後の質問に答えたところで瑠璃は表情を綻ばせて可愛らしい笑顔を潤に向けた。その笑顔を見た潤もまたあまりにも可愛すぎたので直視できずに思わず視線を逸らせてしまった。
瑠璃にしても、潤が『ただ』の後に続く言葉がさきほど会った花音のことだということは想像できたので、何を言われるかまではわからないにしても、そのことを潤に口にさせることなく話を進めたかったのだった。




