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012 初詣(後編)

 

 ――パンパン。


 本堂の賽銭箱に十五円を投げ入れるのは、『十分ご縁がありますように』と願いを込めてであった。誰とどんな縁があるのかを願うのか明確な相手を思い浮かべている。

 潤が隣の瑠璃に視線を向けると、瑠璃も丁度目を開けているところだった。


「どう?お願いできた?」

「はい」

「じゃあ行こっか」


 参拝を済ませて瑠璃と歩き始めるのだが、自然と変わらず手を繋いでいるのは既に手を繋ぐことに慣れてしまっていたからであった。傍から見れば恋人のように見えるだろうが、そこら中に手を繋いでいるカップルがいるので気にならなかった。


「ねぇ」

「はい」

「おみくじは引く?」

「はい引きたいです!」


 初詣の定番と言えばおみくじなのでおみくじを引くことを確認すると、瑠璃は迷うことなく答えた。

 瑠璃にはああ言ったが、潤にとってはおみくじに良い思い出はない。


「(そもそも吉と末吉ってどっちがどっちかよくわからねぇよな。それに大凶を引けば珍しくて逆に運が良いとかどんだけこじつけだよ。物は言いよう、考え方次第でポジティブに置き換えれるってか)」


 そんなことを考えて並んでいると、潤と瑠璃の番が来た。カラカラと回して逆さに向けて1本の棒が出る。


「29番です」

「はい、29番ですね」


 巫女の女の子が棒の番号を確認しておみくじの紙を抜き取り渡されるのだが、確認するには立ち止まっていては他の人の邪魔になる。人混みを抜けて少しばかり開けた場所で瑠璃と一緒におみくじの内容を確認したら目を疑った。「おぉ」っと思わず声が漏れ出る。


「何が出たんですか?――大吉じゃないですか!?凄い!!」

「初めて大吉を引いたよ。杏奈のやつは割かし大吉を引いているから運を吸われてるんじゃねぇかと疑ってたよ」

「ふふっ、そうなんですね」

「瑠璃ちゃんは?」


 おみくじを引く前は馬鹿にしていても、大吉が出ればそれはそれで嬉しい。我ながら単純だとは思う。


 そんな冗談を言っていると瑠璃は可愛らしく微笑む。瑠璃のおみくじを確認する様に覗き見ると瑠璃は「私はー」といって見せてはくれるのだが中吉であり少し苦笑いをしている。中吉でも十分と思うのだが、瑠璃は若干不満そうにしていた。


「じゃあくくりにいこうか」

「あっ、でも大吉って一年持っておく方がいいって言いますよね?それで来年くくるって」

「えっ?そうなの?じゃあせっかくだから持っておこうかな?瑠璃ちゃんは?」

「わたしはくくってきます。ちょっと待っててください」

「わかった」


 いつものようにおみくじをくくろうとするのだが、瑠璃がそれを呼び止めた。瑠璃は中吉なのでくくりにいったのだが、視界に捉えて待っている間に手に持つおみくじに視線を落とす。


「大吉か、本当だといいんだけどな。まぁ結局こういうことは自分が動くかどうかだよな」


 視線の先には『恋愛運:思い人に思い届き成就する』といったニュアンスの文言が書かれている。はてさて本当かいなと思いながらも折りたたんで財布にしまう。


「お待たせしました。……杏奈ちゃん達から連絡はきましたか?」

「いや、既読にはなってるから大丈夫だと思うんだけど、あいつら何やってんだか……。瑠璃ちゃんには連絡は?」

「……あー、私の方にも連絡はないですね」

「そっか」


 瑠璃は小走りで潤の下に戻って来た。同時に杏奈と光汰から連絡がないのかと思うのは潤がスマホを手に持っていたからである。瑠璃は上目遣いで問い掛けるのだが、潤は左右に小さく首を振り溜め息を吐き、その返答を聞いて瑠璃も息を吐いた。

 潤は逆に瑠璃に問い掛けるように確認するのだが、瑠璃は肘に掛けている鞄に視線を送り、スマホを取り出すことなく連絡が来ていないと答えた。


「まぁそのうち連絡つくかな?」

「そうですね!そのうち連絡来ますよ! ねぇ先輩!?」

「うん?」

「私たこ焼きが食べたいです!」

「おっ、いいねぇ、じゃあせっかくだから俺も食べようかな」


 光汰と杏奈からの連絡を待つ間どうしようかと思うのだが、瑠璃は少しばかり迷う素振りを見せつつもたこ焼きが食べたいと要求した。潤もまだ何も口にしていないので何もせずにいるよりもどうせなら何か食べようと瑠璃の提案を快諾する。


「参拝が終われば本堂への道筋以外は割かし人もまばらになる店もあるな。どの店にしようか?」

「あの店が良いです!」


 瑠璃が言うのは人気のたこ焼き屋でそこそこに並ぶのは地元なら誰でも知っている店だった。当然人混みの中に再び入って行くことになる。


「そっか(まぁたまにはいいか)」

「あの?」

「どうしたの?行かないの?」


 潤はこれまではその店のたこ焼きを並んでまで食べたいとは思わなかったのだが、瑠璃が希望するなら別に構わないといった程度には並ぶことも厭わない。

 店の方角に向かって歩き始めると、潤を呼び止めるように瑠璃が声を掛けた。


「その、また手を繋いでもらってもいいですか?」

「あ、あぁ、またはぐれても困るし、いいよ」


 瑠璃がもじもじとしながら恥ずかしそうに手を繋いでほしいと要求することに驚きつつも、人混みの中に入るのだから仕方ないかと少しばかり戸惑いつつ承諾する。

 ここでわざわざ声を掛け合って手を繋ぐのはさっきまでと違い、もう完全に落ち着いた状態であることからして一層に意識してしまう。


「(うん、なんか変な感じするな、これ。知り合いが見たらなんて言うか)」


 客観的に見れば完全に彼氏彼女の間柄だろうと、潤自身もこの状況を客観視しながら少しばかりどぎまぎするのだが、同時に思い浮かべるのは杏奈と光汰がどうしているかだった。杏奈がこの場にいればきっと杏奈と瑠璃が手を繋いでいるだろうかと思い浮かべ、又、もしかしたら今頃杏奈と光汰も同じように手を繋いでいるのか?とも思う。詳細がわからないので今考えても仕方ないからとりあえず歩き始めたのだが、瑠璃と目が合うと爽やかな笑顔を向けられた。


「(この子やっぱり可愛いよな。モテるのもよくわかるわ)」


 瑠璃に対して特に恋心はないのだが、潤の目から見ても瑠璃は美少女なのは間違いないと改めて再確認する。なので美少女と手を繋ぐことに対しては少なからず胸の高鳴りを覚えた。



 そんなことを思いながらもたこ焼き屋に並んでいる間は中学校の話や杏奈の話に始まり、テレビ番組や映画の話、芸能人の話や好きな曲など割と話が合うことも多く、会話が止まるといったことはなかった。お互い笑顔で思っていたよりも会話は弾んだ。

 そんな中で、潤の脳裏には浜崎花音の顔が浮かんだ。それというのも、さっき引いたおみくじのことがあったからだった。


「(こんな風に浜崎とも話せたらいいんだけどな)」


 そんなことを思う。


 そうして、たこ焼きを買った後はクレープや飲み物を買うとそこそこにお腹も膨れる。もう一時間は優に超えている。未だに光汰と杏奈から連絡がないことを確認すると、もう入り口の鳥居の方に向かおうかという話になった。瑠璃はまだ物足りなさそうな表情を浮かべるのだが少しの思案を挟んで潤の提案に同意する。



 そうして本堂に向かう道とは別に道を設けられている道を歩いて行くと、目の前に見知った人物が通過していきお互い顔と目を合わすことになる。


「浜……崎?」

「深沢く……ん?  えっ!?」

「あっ!」


 神社の入り口に姿を見せたのはどうやら両親と一緒に来たらしい花音だったのだが、お互いの名前を口にしたところで花音の視線が潤の手元に向けられた。

 そこでどうして花音が視線を下に向けたのか理解したのだが、もう時既に遅し。慌てて瑠璃と繋いでいた手を離したのだが、花音の視界の中には瑠璃と手を繋がれていた潤の手がしっかりと捉えられていたのだった。


「花音、何しているの?行くわよ」

「は、はーい」

「もう、人出が多いのだから迷子にならないでよね」


 それからお互い少しばかり視線を合わせるのだが、先に視線を逸らしたのは花音の方であり、母親らしき人に呼ばれて慌てて一緒に歩いて行ってしまった。


「はぁ、完全にやっちまったよな」


 潤は花音の背中をじっと見つめて見送るだけで言い訳をすることもできないまま、そう小さく呟く。


 瑠璃が花音の後ろ姿をじっと見ていると、花音は振り返り瑠璃と目が合うと気まずそうな様子を見せながらさっと目線を逸らした。


「(あの人、もしかして……)」


 花音と目が合う瑠璃は視線を外す前の花音の表情を見て思うところがあった。




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