112 ショートストーリー
「ふぅ、まったく花音はうるさいんだから」
「なにか言った?」
響花の部屋でパソコンを触っている部屋着姿の響花に対して、ソファーに座りこちらもまたなにやらパソコンを持っているのはスーツ姿の花音だった。
「いいえー、なんでもないです。ちゃんと書き上げますのでご心配なさらずそこでゆっくりとしていてください」
「そう、じゃあ頼んだわね。こっちも忙しいんだから」
「(ったく、せっかく次の作品の構想をのんびりと練っているんだからちょっとぐらいゆっくりさせなさいよ。…………まぁいいわ、ここからは好きに書けるんだから、せっかくだし好きなように書いてやろう)」
――――時は遡り、文化祭が終わった次の休日、ようやくこれまで通りの日常が戻って来ていた頃。
「あー、やっとゆっくりできるな」
「ほんとね」
潤の家で潤と花音はのんびりと過ごしていた。
「なぁせっかくの休みなのに家で良かったのか?どこか出かけても良かったぞ?」
とは言うものの、まだデートというデートはしていない。遊園地程度だ。初めて付き合う彼女とどうやってデートしたらいいかわからないのだが……。
「えっ?うん、行きたいところはいっぱいあるけど別に今日じゃなくていいかなー。せっかく付き合ったのだから焦らずゆっくりとしていきたいなって思うし」
「そっか、じゃあ今日は休息日ってことだな」
「うん、私は潤と二人ならそれでいいから。別に家で二人でのんびり過ごすのも悪くないって思ってるよ?二人の時間が作れたらそれだけでいいんだし」
「そ、そっか」
突然の不意討ちに動揺してしまう。口にした花音も少しの間を置いて自分が発した言葉の意味を理解して顔を赤らめていた。
「そっ、そういえば、あ、杏奈ちゃんはどうしてるの?」
「あ、ああ、あいつ今日は友達と遊びに出かけるってさ」
「そうなんだ、じゃあ今日は二人きりなのね」
「あ、あぁ…………」
追い打ちを掛けられた。
「(私なんてこと聞いてるのよ!)」
「(や、やばい、なんか気まずい)」
質問にそのまま答えただけなのに二人の間に緊張を生み、どこか微妙な空気が流れる。
「ね、ねえ、私も最近ゲーム買ったのよ!」
「あっ、そうなんだ。ってかなんでまた?」
「えっ?そんなの同じレベルで一緒にやりたいからに決まってるでしょ?さすがに潤の家だけで練習しているだけじゃちょっと足りないしね」
「……そっか――」
色々とこっちの趣味に合わせてくれているんだろう。嬉しいのは嬉しいのだが…………。
「――けど、無理に合わしてくれなくてもいいぞ?」
「えっ?ううん、そんなことないわよ。今まで知らなかったことを知れるのって楽しいし」
「……そっか、響花も似たようなこと言ってたな」
響花の昔話を聞いた時に、本にハマったきっかけの一つにそんなことがあるなって言っていたことを思い出した。
結局花音も響花も似ている部分は多分にあるのだろうということを考えていると、横にいる花音が膨れっ面になっていた。
「ど、どうした?」
「なんでそこで響花の名前を出すかなー?」
「えっ?いや、そこ怒るとこなのか?」
「当たり前でしょ!?彼氏と二人の時に他の女の子の名前出されて良い気分になる子なんていないわよ!」
「す、すまん(そうか、今後は気を付けた方がいいな) と、とりあえずゲームでもしようか」
質問を重ねる度に不機嫌になっていくのを感じる。ここはもう余計なことを言わない方が無難だろう。
「あっ、今のは誤魔化したわね?」
速攻でバレた。
「違うって、元はゲームの話だろ?だからどれくらい上達したかってのを確認しようとしてだな。ほら師匠として!」
内心ではどう取り繕おうと思い必死に平静を装った。口から出た言葉は思い付きだがわりと上手く言えたと思う。
「むぅー、ほんとうにー?」
「当たり前だろ?」
「じゃあ今回はそういうことにしておいてあげる!」
仕方なしとばかりに笑顔になる花音はいそいそと手慣れた様子でゲームの準備を機嫌よく始めた。
「(くそっ、あー、ダメだ、可愛すぎるだろ)」
突然不愛想な顔から屈託のない笑顔に表情を変化させたことに動悸が激しくなる。二人きりということも意識したことも相まって尚更だった。
「(ってか、これを我慢しなければいけないのか?ある意味拷問だな)」
キスはしたものの、そこから先にどうやって進むかなんてどういう手順を踏んだらいいのかが全くわからない。わかっているのは恐らく今日それを迫ることはできないだろうということだけだ。
「ま、なんとかなるだろ」
「ん?なにか言った?」
「いや、なんでも。それより早くしようぜ」
「ふっふっふ。私の上達ぶりを見て驚かないでよ?」
「そんな自信は粉微塵にしてやるよ」
それから一時間程は二人でレースゲームに夢中になるのだが、潤が思っていた以上に花音のゲームの腕は上達していた。
「――――ふぁぁあっ」
「どうした?欠伸なんて珍しいな」
「んー、最近忙しかったじゃない?勉強もあったし、やりたいこともあったし色々と寝不足だったかな?」
「やりたいこと?」
「あー、潤は別に気にしなくていいわよ。家のことだから」
「そっか」
花音の言い方が微妙に気になったのだが、学年一の成績を維持するのは中々に大変なのだろう。
「(そっか、寝不足かもしれないのにわざわざ二人の時間を作ってくれたのか。別に無理しなくてもいいのに)」
なんか悪い気がしてくる。潤としても少しでも一緒にいられるなら嬉しくなるのだが、無理してまで一緒にいたいわけじゃない。
「なぁ」
「なに?」
「今日のところは帰って寝たらどうだ?」
「えっ!?」
伝えた途端花音の表情が暗くなった。
「…………迷惑、だった?」
明らかに困った顔を向けられる。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど、俺としたら寝不足をおしてまで一緒に居て花音の成績が落ちたり、体調を崩したりしたらそっちの方が困るからさ」
「そう………、じゃあ――――」
立ち上がろうとする花音がどうしようとしているのかわかる。自分で帰って寝たらと提案したのだ。きっと帰るつもりなのだろう。
本当にこれでいいのか?
自問自答する。
花音は寝不足でも自分に会いたくて来てくれていたのだと。もしかしたら外出は体力を余計に消費してしまうからまた今度と提案したのかもしれない。そんな花音の気持ちを無碍にしてしまってもいいのか。
「――えっ!?」
思わず花音の腕を掴んでしまっていた。
「――ごめん」
即座に謝罪の言葉を口にする。
「なんで潤が謝るのよ?私がしっかりしていないからいけなかったのよ?」
「いや、違う。俺が花音の気持ちを考えてやれなかっただけだ」
「そんなことないわよ。潤は私のことを考えてくれていたんだよね?」
「ああ、そうだけど、正直それは俺の本当の気持ちじゃないんだ」
「本当の気持ちじゃないって?どういうこと?」
伝えた方がいいのかどうかわからない。気持ち悪がられないだろうか。
「俺はどんな時でも花音と一緒にいたいと思っているよ。それが例え花音が風邪を引いた時でも俺が風邪を引いたとしても…………」
「えっ?それじゃうつしちゃうんじゃ?」
潤が何を言おうとしているのか全く理解していない。小首を傾げる。
「だから、花音が風邪を引いたら看病しにいきたいし、俺が風邪を引いたら看病して欲しい。もっと言うなら、そんな時こそ花音を近くに感じたい」
――――しまった、言い過ぎたかもしれない。付き合ってそれほど経っていないのに何を言ってるんだ。目の前の花音はきょとんしている。俯いてしまった。この手を振り払われたらどうしよう。
「――――嬉しい!」
「えっ!?」
嬉しい?
花音の方を見ると頬を紅潮させて笑顔の花音がいた。
すると花音は少し足の位置をずらしてベッドにどっと腰掛ける。
「そっか、じゃあここで休ませてもらおうかなー?」
「えっ?ここで?休むってどこで?」
そこで潤は花音の腕を離した。とりあえず引き留めることに成功はしたのだが、休ませてもらうってどういうことなのだろうかと考える。
すると花音はベッドに腰掛けていたままの状態から横向きにぽすっと倒れた。目はずっとあったままだ。
「だからぁ、ほんとにちょっとだけ寝不足なだけだから、仮眠を取るのに潤のベッドを借りてもいいかな?」
「は?」
「いや?」
「いやいや、嫌なわけないじゃないか!(むしろ――――)い、いいのか?」
「いいもなにも、私からお願いしているんだけど?」
不思議そうな顔をされる。
「そ、そっか、じゃ、じゃあしょうがないな。貸してやるよ!」
「ふふ、ありがと。じゃあありがたく使わせてもらうわね」
「ああ、俺は適当にしているからゆっくりしといてくれ」
「うん」
それ以上の言葉を交わすことはできなかった。
めちゃくちゃ恥ずかしい気持ちになる。過る考えを振り切る様にレースゲームからサッカーゲームに切り替える。
少しばかりの時間が経つと、後ろから小さな寝息が聞こえて来た。
「(やっぱ疲れてたんだな。こんだけすぐに寝るぐらいだもんな)」
ふと後ろを向くと、まるで天使が寝ているかのような穏やかで綺麗な顔がそこにあった。ドキッとするのを感じると同時に前を向く。
「どんだけ無防備なんだよ」
小さく呟くのは、女の子が男の部屋で安心して寝ているのだ。付き合っているのだからそういうことはあるのかもしれないが、妙に緊張する。
「(ま、信頼されてるんかもな)」
そう思うと膨らんだ緊張も萎み始めて、花音がゆっくり寝れるようにゲームから小説を読むことに変更した。
「しっかし、よく寝てるな」
ある程度時間が経ったにも関わらず、花音は起きる気配を見せない。
その頃には寝顔をまじまじと見ることが出来る程度に余裕は持てていた。
寝顔を見ていて、本当に整った顔をしているなと感心する。それに染めているにも関わらず、綺麗な艶を残しているのは手入れが行き届いているのだろう。
勘違いでもなんでもない、それは自分に向けられた好意の一端なのだと聞いた。
「ありがとう、な。俺のこと好きになってくれて」
花音の髪に軽く手櫛を加えながら言葉にする。寝ているので聞こえていないだろうが、感謝を伝えておいた。むしろ寝ているからこそ言えた気がしなくもない。
――――そのまま、花音を横に感じながら小説を読み続けていると、いつの間にか潤も寝てしまっていることに気付いた。
「(んー、なんか暑いなぁ)」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。慌てて起きようとしたのだが、明らかな異変に気付いた。
「うぉっ!?(――って、ちょっと待て!これ一体どういう状況だ!?)」
思わず大きな声が出かかったのだがすぐに我慢するのは、まだ花音が寝ているからだ。
だが、よくよく考えると可笑しな状況があった。
花音は間違いなくベッドの真ん中に寝ていた。そしてその横に腰掛けていたのは間違いない。そして潤もそのままいつの間にか寝てしまっていたのだ。
――だが、今は何故か同じ布団に入ってしまっている。暑さを感じたのはそのせいだった。
今は後頭部が見えるのだが、これは一体どういう状況だ?
考えながらそうっと布団から出ようとすると花音は「んっ」と小さな声を上げると見えていた後頭部がぐるんと振り返った。
「(ち、近いって!っつかめっちゃ良い匂いがする……)」
目と鼻の先に花音の顔がある。少し動いただけで身をよじられたのだ。布団からでることができない。
しかし、ここで起きられたらどう思われるのか。まるで襲ってしまっているかのように思われたら嫌われたりしないだろうか。
ネガティブなことに思考を回してしまう。
「(なんとかして抜け出さないと!)」
必死に少しずつ身体をベッドの外に動かしていく。
数十秒の時間を使ってベッドから抜け出すことが出来た。
「(ふぅ、なんとか起こさずに済んだな)」
一旦気分を落ち着かせるために、花音を起こさないようにそうっと部屋から出る。
お茶も温くなってしまっていたので交換も兼ねてリビングで冷蔵庫から新しいお茶を取り出し、コップに注いで一気に流し込んだ。
「しかし、なんであんなことになってたんだ?」
冷静になったところでもう一度考えてみる。
考えた結果、寒くて俺が布団をかぶってしまったのだろうか。むしろ他の可能性は見出せない。
「きっとそうだろうな」
確信する様に自分に言い聞かせると、玄関のドアが開く音が聞こえた。
「あれ?お兄ちゃんだけ?玄関に花音先輩の靴があったけど?」
外出から帰って来た杏奈は花音がいないことを不思議に思う。
「ああ、花音は今――――」と口にしようとしたのだが、口籠ってしまう。
「あっ、そっか、お兄ちゃんの部屋にいるんだね?遊んでもーらおっと!」
「いや、ちょっと待て――」
この場にいないなら兄の部屋だということを察した杏奈はすぐにリビングを飛び出し、階段を駆け上がっていく。今部屋に入られるとベッドで寝ている花音を見られてしまう。別に何もしていないが、そんな状況を見られてしまってはいけないと本能的に判断して慌てて杏奈を追って二階に上がるのだが、階段に近かったのは杏奈の方だ。間に合うはずもなく杏奈は部屋の扉を開けた。
「花音先輩、遊んでください!」
「…………遅かった」
頭を抱える。また言い訳をしなければならない。いや、言い訳ではない、弁解ではなく弁明だ。何もしていないのだ。
「――あのな、杏奈。びっくりしたよな?けどな――」
「何が?」
ゆっくりと部屋に入りながら声を掛けると、杏奈に不思議そうに言葉を差し込まれた。
「えっ?いや、花音が――」
「私がどうかしたの?それよりも杏奈ちゃん帰って来てたんだね。いいよ、あそぼっか」
「――んん?(あっ、花音も起きたんだ。良かった、ぎりぎり間に合ったみたいで)」
花音はベッドに腰掛けてスマホを手に持ち見ていた。
どうやら一緒の布団に入っているのを気付かれた様子がないことに安堵する。
「あっ、お兄ちゃん、私も喉乾いたから私の分のコップも持って来てよ」
「おい、兄をパシリに使うなよ」
「いいじゃん、散々花音先輩と遊んだんでしょ?」
「ったく、しょうがないな」
ほっと一息吐いたあとは、杏奈に花音を取られてしまったので、明確に何か話ができるわけではなかった。
まぁいいかとリビングに下りて杏奈の分のコップも持って再び戻る。
もう既に花音と杏奈はカーレースゲームを始めており、夢中になり始めていた。
「(ま、いっか)ここ置いとくぞ」
「うん、ありがと」
そうしてベッドに腰掛けていつも通り花音と杏奈がゲームをしている様子を後ろから眺めていた。
「ちょ、ちょっと!何今の凄くない!?」
「ん?」
思わず花音の声に反応して画面に目をやると、難関コースを杏奈がとびきりのショートカットをしていたところだった。
「あー、これ杏奈得意なんだよなー。たまに失敗するけど」
「お兄ちゃんはできないもんねー」
「んなことしなくても勝てるしな」
「けど、これが周回で決まったらたまに負けるじゃない」
「そんな毎回リスク背負えるかっての」
実際通算成績では負けていない。勝ち越している。これを複数回成功されると確かに負けることはあるのだが、そこまでして一勝を欲しくはない。
「もう、潤にぃは勇気が足りないだけだって!昔の偉い人も言っていたよ?あとは勇気だけだ!って」
「何十年前のセリフを言ってんだよ。そんなの花音知らないだろ」
「へー、そんなセリフあるんだ。潤は知ってるの?」
「あー、セリフだけな」
「ねぇ、言ってみて?」
「ん?なんで?」
「いいから言ってみて、できれば力強く」
意味がわからん。どうしてこんなセリフを言わされようとしているのか。
「なんで?」
「だって潤にぃがこれ飛べないからでしょ?」
「ねぇ、意気地なしよねー」
「あほか、俺だってやればできるんだ!」
「じゃあ言ってみたら?」
「あとは勇気だけだ!」
「はい、じゃあ実際に飛んでみよう」
花音にコントローラーを渡されて、先程と同じコースをスタートする。
見てろよ、俺にもできるんだってこと見せてやる!
――。
――――。
――――――。
――――――――失敗した。そして杏奈に負けた。
杏奈と花音に爆笑された。
「おい、勇気だしても失敗しただけじゃないか」
「わかってないなぁ、潤にぃは。勇気を出すことは成功か失敗を確かめることじゃなく、チャレンジしたことを評価して確認するんだよ?」
「あっ、杏奈ちゃん良いこと言ったわね!そうよ、その通りよ!わかった、潤?」
「ん?ああ、わかった。チャレンジすることだな」
「そう、何事もチャレンジが大事なのよ!例え結果が付いてこなくても」
「そっか、わかった」
どこかきつく言われてる気がしなくもない。「(あれ?ゲームの話だよな?たかがゲームでなんでこんなに俺責められないといけないんだ?)」とあとになって考えてしまっていた。
「まぁとりあえずこんな感じで書いていこうかな?時々ストーリー的な話を書けたらいいんだけど……。こうやって単発で話を書いてもいいよね?どうなのかな?よくわかんないな」