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106/112

106 開演

 

 文化祭二日目、一日目に続き好天に恵まれた。

 学生は朝早くに登校して手早く準備に取り掛かっている。そうして開場時間を迎えると多くの一般客が来場した。


 そんな中、潤達のクラスは午前中だけ昨日同様に仮装喫茶を行う。昨日よりも規模を縮小しているのは午後が劇の本番だから。



 12時までで喫茶を終え、残りの時間を片付けと劇の準備に当てられ、迎えた15時。

 いよいよその時がやってきた。


 会場はまだ開演まで時間があるというのに早くも満席になっているのは、花音と響花の認知度の高さと仮装喫茶の宣伝効果によって凜達の予想以上に注目されていたのだった。


「さて、会場は満席だよ。やり忘れていることはないかな?」


 舞台の緞帳の裏にはもう背景が吊るされ、集まったクラスメイト全員が凜の問いかけに静かに首肯する。


「んー、いい感じね。じゃあここからは睦子ちゃん、お願い」


 そこに演劇班のリーダーである六反田睦子が前に出る。


「前にも言ったけど、舞台に出る演者だけでなく、裏方の出来一つで劇の成否は左右されるわ。正直な話、演劇部としては癪だけどこれ以上ないという出来に仕上がったと思う」

「その分指導がえぐかったけどなー」


 男子の一人が呟くように声を発すとその場は笑顔と苦笑いの二つにわけられる。六反田は顔を真っ赤にさせた。


「だってしょうがないじゃない!みんながあれだけやる気を見せてくれたから――」

「わかってるって、感謝してる」

 言葉が差し込まれる。

「ふ、ふん、感謝は終わってから受け取るわ!だからその時は私にもみんなに感謝させてよね!」

「任せろ」


 力強い返事が聞こえた。女生徒で涙腺が緩い生徒は早くも涙目になっている。


「よしっ、じゃあいくわよ!最後の仕上げ!いくぞぉ!」

「「「おおっ!」」」


 舞台裏で力強く声が重なった。



「いよいよね」

「ああ」

「思っていたより落ち着いているわね。緊張してるかなって心配したんだけど?」

「実は夢でこの劇を見たんだ。それで酷い失敗をしちゃってさ。だからまぁ夢で失敗したおかげか、ここでは失敗する気がしなくて」

「……ふぅん」


「(普通そこは正夢になるんじゃないかって心配するところじゃないのかしら?)」と花音は考えたのだが、潤が落ち着いているならそれで良いと思い余計なことは言わないでいた。




 会場はざわざわとしており、始まるまでの間多くの会話が行き交っている。


「なんか俺が緊張してきたよ」

「わかる。花音先輩はともかく、お兄ちゃん大丈夫かなぁ」

「潤先輩なら大丈夫よ。やるときはやる人よ」

 会場の中では光汰と杏奈が座り、その横に瑠璃が座っていた。

「「…………」」

「どうしたの?」

「ううん、なんか瑠璃ちゃん、ちょっと変わったかなぁっって」

「そう?」

「うん、てっきり観に来ないと思ってたから」

「単純に気になるだけかな?」


 振られた相手どころかその彼女も出演する劇を観に来るのだ。少しだけ話を聞いていた光汰は当初気が気でなかったのだが「(意外と芯の強い子なんだな)」と見ていた。


「おい、どうして俺が雪の隣に座らにゃあいけないんだ?」

「だって奏のことだからまた勝手するでしょ?前みたいに」

「いつまでもぐちぐちと」

「文句あるの?」

「あるから言ってんじゃねぇか」

「相変わらずね」

「お前もな」


 会話自体は成立しているのだが、お互い目を合わせようとしない。



 そんな中、会場の照明が落とされる。

 それまでざわざわしていた会場はひそひそとした会話だけになった。



『皆様、大変お待たせしました。本日は私達二年二組の劇にお越しいただきまして誠に有難う御座います』


 マイク放送を使ってアナウンスが響き渡る。


『さて、まず始めにお伝えしたいことが御座います。既にご存知の方もいらっしゃることかと思いますが、今回の演目は既存の演目ではなく私達が一から創り上げた創作になります。ですので皆様にお見せするには至らない点も多々あるかと思いますが、その分お楽しみいただけることかと思います』


 会場は完全に静かになり、劇が始まるのを今か今かと待ち焦がれる様子が見られる。


 そうして静かに緞帳が上がっていった。その間に時代背景や序盤の登場人物などの簡単なナレーションが行われる。



 緞帳が上がり切った舞台の背景には綺麗な青空と木々の中を突き抜けるように大きな城が描かれており、舞台上には二人の男女の姿があった。


『それにしても、ランディはどうしてこんなにあなたへ懐いているのかしら?』

『ボクもわからないよ。けど、ランディは賢い犬だよね』


 会場からは深い息が漏れる。

 それはもちろん花音に対するもの。

 潤が演じる庭師の息子は薄い白の布製の服を着た素朴な少年に対して、花音は単調な作りだが美しい黄色いドレスを纏っている。


『そうですわね。わたくしのことを護ってくれているのですから』

『へぇ、キミを護っているのか。そりゃあ賢いはずだね』

『ええ、ですからあなたはわたくしに危害を加えることがないということになりますわ』

『ボクが?キミに?どうして危害を加える必要があるのさ?』

『それは――――あっ、申し訳ありません。わたくしそろそろ戻りませんと』

 王女は視界の端、舞台の端にいる妙齢な女性の姿を捉えて立ち上がる。

『あっ、うん。また明日も会えるかな?』


『えっ?まぁ、会えますけどどうしてでしょうか?』

『ボクのお父さん、ここの庭師をしているんだけど、お父さんが仕事をしている間は暇なんだよねー』

『……あぁ、そういうことでしたか』

『どうしたの?』

『いいえ、なんでもありませんわ。わかりました。明日もランディの散歩でここに来ますわね』

『うん、待ってるね!』


 そして王女は妙齢の女性、メイド長のところにランディと歩いて行く。


『王女様、ランディの散歩の時間はもうとっくに過ぎていますよ』

『わかっています。今から語学の勉強ですわね。すぐに参ります』

『では早く向かいますよ。先生も待っていますので』


 メイド長は足早に姿を消していく。


『それにしても、不思議な人。そういえば名前も聞き忘れたし、名乗るのも忘れてしまいましたわ。まぁ明日でいいですわね』

 王女も舞台袖に姿を消していった。


『可愛い子だったなぁ。それに綺麗な服を着ていたし、どこかのお嬢様なのかな?』


『おーい、アラベル、待たせたな』

『お父さん!』

『すまないな、毎日退屈な思いをさせてしまって』

『ううん。あっ、あのねあのね、今日ね大きな犬を連れた可愛い女の子と一緒に遊んでたんだよ』

『へぇそうか。友達になったのか?』

『うーん、どうなんだろう?でもまた明日も来てくれるって言ってたよ』

『そうか、それは良かったな。……それにしても大きな犬を連れた可愛い女の子か…………まさかな』


 そうしてアラベルも父と一緒に舞台袖に消えて行った。

 舞台上が暗転して、その間にナレーションが挟まれる。

『王女はアラベルに素性を明かすタイミングを逃してしまう。そして少年も王城で一時だけ接する王女の名前を聞けないでいた。そのまま月日が過ぎていき、王女は庭師の息子の名前がアラベルだということを侍女から聞いていた』

 そしてすぐに明転する。最初と同じように舞台上にはアラベルと王女と大きな犬が姿を見せていた。


『それにしても、あなたはいつもここにいるのね。もう一ヵ月ですわよ』

『うん、お父さんの仕事が終わるまではね』

『お父さんの仕事はいつ終わるの?』

『そんなのわかんないよ』

『…………ねぇ、あなたは好きな人いるの?』

『好きな人って?お父さんのことは好きだよ。それにキミのことも好きだよ』

『――――っ!』

『どうしたの?』

『な、なんでもありませんわ。わたくしのことを好きでしたら、いつかわたくしをお嫁にもらってくださいますか?』

『オヨメ?よくわからないけど、くれるものならもらうよ?』

『約束ですわよ』

『うん、大きくなったらくれるんだね』

『はい』


 再び舞台は暗転する。

 そこから先は、王女とアラベルの関係が王城内に噂され、アラベルの父は事情の聞き取りに呼び出されるなど負担を強いられていく。アラベルは父からの問いに対してはっきりと答えられないが、アラベルと一緒にいたのが王女だということはもう既にわかっている。しかし、父の目から見ても純真無垢なアラベルが王女をかどわかすことなど考えられない。


 父がどれだけ訴えても聞き入れてもらえず、陰では貴族達がほくそ笑んでいるのだった。



 ――――そして王城内――――。


『お父様!どうしてアラベルが城を出るのですか!?』

『勘違いするなマリア。アラベルが城を出るわけではない。アラベルの父が城を出るのだ』

『同じことです!聞いた話ではアラベルのお父様には落ち度はないそうではありませんか』

『ある意味問題が起きたのだ』

『――もしかして、わたくしのせいで?』

『お前が知る必要はない』


 再び暗転してナレーションが差し込まれる。


『こうしてマリア王女とアラベル少年は離れることになってしまった。何も知らないアラベル少年に対してマリア王女は日々の鳥かごの鳥の様な生活に対して不満を募らせていく』



「ヤバい、意外とちゃんとしていることにびっくりしてるんだけど」

「私も……」

「いいなぁ、花音先輩。羨ましいなぁ」


 杏奈たちは、潤の意外な演技に感心を通り越して驚愕してしまっていた。



「さすが、花音。ただ可愛いだけじゃなく演技も上手いとはな」

「(奏、潤君と花音ちゃんが付き合ってるの知ってるのかしら?)」


 満足そうに見ている奏を横目に雪は少しばかりの不安に苛まれていた。



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