105 一日目の終わり
「ちょっとどこに行ってたのよ!」
「悪い悪い」
「ごめんねぇ」
慌てて教室に戻ると、凜が腰に手を当てて教室の外で待っていた。
「あれ?なんでもう片付けてるんだ?」
「売れ行きが良すぎてもう材料がなくなったのよ。ほら早く片付けを手伝ってよ!」
「まぁいいじゃない。深沢君と響花ちゃんには明日頑張ってもらわないといけないんだから今ぐらいはゆっくりさせたげようよ」
憤慨している凜の肩に六反田がポンと手を置く。
「睦子ちゃん、いいの?」
「うん、それにもうそんなに片付け残ってないし、大丈夫よ」
「すまん、六反田」
「ううん、いいのよ。その代わり、明日は、わかってるわよね?」
一瞬だけ演劇指導中に見せる鬼の六反田を覗かせたがすぐに引っ込めた。
「(おいおい、劇の成否は個人じゃなく全員で背負うんじゃなかったのかよ)」
心の中で入れるツッコミをぐっと飲み込む。遅れて来たので何も言えなかった。
「おいおい、お前どういうつもりだ?」
「えっ?」
後ろを振り返ると花音と一緒に花音の兄の奏がいて雪もいた。
「あっ、お兄さん。お久しぶりです……その節はどうもご迷惑を」
「あー、いい、いい。あれは確かに俺も悪かった。で、それはどうなってるんだ?」
クラスメイトは奏と既に面識を終えているが、潤は修学旅行以来の再会になる。
奏が何を言っているのか意味がわからなかったのだが、指差した先に響花がいたことでなんとなく察した。
「お前、その子とどう――――ぐっ!いてぇな!何すんだ!」
雪が奏の脇腹に肘打ちをする。
「余計な事言おうとしたのがわかったからよ」
「何が余計なことなんだよ!?俺は兄としてだな」
「それが余計なことなのよ」
ぎゃあぎゃあ言い合う奏と雪を横目に潤は花音に近付き小さく声を掛ける。
「なぁ、なんで雪さんと花音のお兄さんはあんなに親しくしてるんだ?」
「それがね、私もびっくりしたんだけど、お兄ちゃんと雪さんって昔付き合ってたらしいのよ」
「はぁ!? マジか…………――」
ふと視線を奏と雪に送るとお互いにまだ罵り合っている。なるほど、なんとなく関係性を理解した。
「ねぇ、あたしはどうしたらいいのかな?」
少しばかり申し訳なさそうに声を掛けるのは響花だった。
「あー、そうだな。もう俺達はいいみたいだしな。花音も片付け免除されたんだよな?」
「うん、けどなんか申し訳ないわね」
「じゃあせっかくだから明日の確認だけしとこうか」
「そうね」
「ん、わかったわ」
主役三人でそれから打ち合わせをすることにする。打ち合わせといってもセリフの確認や呼吸などの掛け合いだけなので調理実習室の隅ですることにしたのだが――――。
「お兄ちゃん?」
「なんだ?」
「とりあえず、帰ってくれないかな?」
花音は明らかに迷惑そうな様子を見せて声を掛けた。
「おいおい、せっかく来たんだ。明日の劇の――――痛いって言ってるだろ!」
「あっ、ごめん、つい足を踏んじゃったわ。そんなとこにあると踏んじゃうじゃない。 ごめんね花音ちゃん、奏は私が連れて帰るわ」
「おい、なんでお前にそんなこと言われないと――――ぐっ…………わ、わかったよ」
「じゃあそういうことで、また明日観に来るわね。楽しみにしているわ」
「は、はい、また明日」
「き、今日はありがとうございました」
雪は奏をきつく睨みつけていた。先程までの気安い掛け合いが嘘のようだ。奏は雪の後を付いて渋々校舎を後にする。
「なぁ」
「なに」
「世間は狭いもんだな」
「そうみたいね」
嵐のように去っていく雪と奏。普段の雪の姿と佇まいからは想像もつかない。
「じゃあいこっか」
「うん」
「ええ」
そうしてその後は調理実習室で最終確認のセリフの読み合わせをしてその日を終えることになる。
「じゃあ響花、明日はよろしくね」
「うん、こっちこそヘマしたらフォロー頼むわ、特に少年君」
「なんで俺なんだよ?」
「だってどっちとも多く絡むのが少年君でしょ?」
「確かにそうだけどさ」
「っていうわけでよろしく!」
「ちっ、しゃーねぇな。わかったよ」
なんだかんだ言いながらも演技に一番自信がないのは潤だった。花音はもちろん、響花にもそんな心配はないだろうと思う。
文化祭の一日目、一般の来場者はもう帰っており十分に日が傾いた夕暮れ時。
「じゃあ明日はよろしく頼むわね」
「明日朝だけ喫茶店するからそれもよろしくな」
凜と真吾が全体に声をかける。今日一日でかなり疲れたのだが、明日がある意味本番だ。
そうしてそれぞれが帰路に着いた。
潤と花音は下駄箱に向かう間、話をする。
「あのさ、お兄さんこっち帰って来てたんだな?」
「うん、さっきお母さんから連絡来てたんだけど、どうも私のために帰って来たみたいなのよね」
「(重度のシスコンだな)ほんと花音のこと好きなんだな」
「えー!?けど昔、遊びに行くのに付いて行こうとしたら断られたけどなー」
「それ、たぶん雪さんと出掛けるからじゃねぇか?」
「あっ…………そっか、なるほど」
妙に納得がいった。もうずいぶんと前の話だが、花音が兄の後ろを着いて一緒に出掛けようとしていた花火大会。あの日は頑として受け入れてもらえなかった。
今まではそんなことはなかったのにあの日だけは無理だったことにショックを受けていた。それから徐々に兄との距離が離れていったことは自然と受け入れることが出来たのだが、今思い返すとそういうことなのかもしれない。
「ふぅん」
「なんだよ?」
「そういうことだけはすぐにわかるのね。自分のことはわからないくせに」
潤に一目で看破されたことが悔しかった。
「そんなこと言ったって、花音もそうだろ?」
「そうだけど、その観察力があれば私達ももっと早く一緒になれたのに」
「んな無茶なこと言うなよ」
「ただ言っただけよ」
どうしようもない。自分のことだとわからないこともあるだろう。人のことだからあれこれ自由に言えるのだ。
「なにしてるのよもう。早く帰るわよ」
「わかってるって」
そうして家に帰るのだが、帰るなり両親に冷やかされるのは花音との関係。
父親が早く嫁に貰えと言えば母親も相槌を打つ様に今度一緒に旅行でも行きましょうか。あー、でもまずは相手の親に挨拶よね、と、わけのわからない話をしていた。
早めに風呂に入り、ベッドに横になるのだが、中々寝付けないでいた。体調を整えないといけないとは思うものの、妙に緊張する。
「……明日、大丈夫かな」
不安に襲われるので頭の中でセリフを一から思い出しているといつの間にか寝てしまっていて、劇の内容をそのまま夢で見てしまっていた。




