103 響花と潤
潤は一人で調理実習室に向かって歩いていた。花音とは校舎の入り口で別れている。
「しかし、改めて考えると響花が料理を得意だっていうのは意外だったな」
響花が調理実習室に配置されているのは何も目立たないようにするだけでなく、意外な特技もあるためだった。
ただ、せっかくの文化祭、休憩時間にそれぞれ思い思いに見て回っているのに対して、響花の過ごす相手がいないということは凜が前もって聞いている。
響花も特に気にしていなかったのだが凜が気を遣って潤を相手役にあてがったのだ。
「――――さて、と。ってお前そんなフードを目深に被って何してんだよ?」
調理実習室に入るや否やドアを開けた先には黒いローブを着た響花がいた。
「えっ?いや、潤が迎えに来るって聞いててそろそろかなって思ったから外に出て待っていようかと思ったのだけど?」
「そうか、待たせたか?」
「ううん、大丈夫よ。じゃあ行こ」
「お、おいっ!引っ張るなって!」
響花は調理実習室を出るなり潤の手を引いて出て行った。
「ねぇ、花音ちゃんとはどこを回って来たの?」
「えっ?屋上の迷路と射的に焼きそばにわたあめにたこ焼きにクイズとあと何があったっけな?」
顎に手を当て思い出す。
「結構回って来たのね」
「ああ、上手く回れば意外と回れるぞ?どこか行きたいとことかあるのか?」
「そうね、さっき潤が行っていないところでいいわ」
「えっ?同じところでもいいぞ?」
カップル迷路は名称上あまりおススメしない上に、答えをしってしまっている。けど焼きそばやたこ焼きを食べたくはないのか、クイズなんて響花なら何でも答えそうな気がする。
「違うところが良いの!」
突然響花が大きな声を出した。少しばかり周囲の視線を集めたがすぐに視線は外れる。
「――っと、急に大きな声を出すなよ!みんなびっくりしてたじゃないか。ってか何怒ってるんだよ?」
「ご、ごめん、違うの。怒ってるとかじゃなくて、あたしは正直どこでも良いのよ。だからせっかく潤は二回分休憩取れたんだからまだ回ってないところを回ったらって思ったから…………」
「そうか?でも俺は響花のために来たんだから別に気にしなくていいんだけどな。むしろそれで俺の行きたいところに行ったらそれはそれでどうなんだ?」
「いいのいいの、潤が行きたい場所があたしの行きたいところってことで!」
響花の言葉を聞いて思わず顔を赤らめてしまう。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。じゃあ……そうだな、クレープでも食べに行くか?」
「うん、それでいいわ!」
笑顔ではにかんでいる響花を横目に考える。「(響花はどれぐらい自覚があるんだ?)」と。
先程の掛け合いを思い出すだけで照れが訪れる。響花が文化祭を楽しむために行きたいところを行ったら良いと提案したのに自分の行きたいところで良いと言われた。その顔がとても綺麗だった。
「なるほどな、こりゃほっとかれないわな」
「ん?」
「いや、響花に俺があてがわれた理由が分かったなって」
「えっ!?それって――」
突然あわあわしだす響花に潤は気付かない。歩きながら考えていたことを口にする。
「そんだけ可愛くなったんだ」
「う、うん!あ、ありがと、そう言ってくれると嬉しぃ――――」
「周りの男がほうっておかないもんな。だからボディガードってとこか」
「――えっ?」
凜は潤が花音と付き合っていることを知っている。だから響花に特別な感情を抱いていないこともまた知っていた。
それに、響花に潤達以外に誰か親しい同級生がいないということと、響花が見ず知らずの他人に好意を向けられることを迷惑がっていることも知っている。
「ほんと男って身勝手だよな。突然可愛くなったからってお近づきになりたいなんて考えるんだもんな。外見だけで決めるんだもんなー。ったく、少しは相手の立場になって考えてみろってもんだ。まぁでもそいつらの気持ちはわからないでもないぞ?響花、ほんとに可愛くなったからな。ほらっ、俺初めて会った時に言っただろ?――って、どうした?」
「知らない!いいから早く守りなさいよボディガードさん!」
「――は?」
何故か不貞腐れている響花は手を後ろで組み前を歩いて行く。
「俺なんか怒らせること言ったか?」
もしかしたらモテ始めたことに触れて欲しくなかったのかと思い、今後はなるべく控えた方がいいかと考えるのだが――――。
「ほらっ、早く来ないとあたしがナンパされるでしょ!?ほらほら早く」
「んんっ?」
怒ってたんじゃないのかよ思ったのだが、振り返った響花は怒っているどころかむしろ輝かんばかりの笑顔を向けていた。響花の感情の変化にわけがわからない潤は戸惑いつつも催促されるままに響花に追い付いて横を歩く。
「(意味わかんねぇ)」
横を歩いている響花は明らかに機嫌良さそうにしている。
「(せっかくの機会だし、例え叶わない願いだとしても今を楽しまなければ損よね)」
と、全てを曝け出せないまでも、今出来ることを目一杯楽しむことに切り替えていたのだった。
それから響花と潤はクレープを買い、唐揚げやフライドポテトを食べ歩く。周囲からの視線を感じる時はあるのだが、それはあくまでも潤と響花の仮装によるもの。宣伝としては十分な役割を果たしているといえよう。
「あと何食べようかなー?何食べたい?」
「いや、俺はさすがにもう入んねぇよ」
「あっ、そっか、ごめんね気付かなくて。じゃあ食べ物はもうやめよ」
潤は花音と一緒の時にも色々と口にしている。食べ物はもう十分だった。
「別に俺に気を遣わなくても、付いて行くだけなら行くぞ?ほら、ボディガードなんだし」と、にかっと笑いかける。
「それだと意味ないのよねぇ」
「えっ?なんて?」
ボソッと呟いた響花の言葉が上手く聞き取れなかった。
「ううん、よく考えたらあたしも味見でいっぱい食べてたからもういいかな?夜更かしもよくするからこれ以上食べると太っちゃうしね」
「そうか?別に太ってねぇし、むしろもっと食べた方がいいんじゃね?」
そうして響花の全身を見る。見るといっても演劇の魔女用の黒いローブを着ているから身体のラインが見えるわけではない。だが響花の体格ぐらいはなんとなくわかる。潤の印象では痩せ気味なのだ。
「あっ、おまわりさーん、ここに変態がいますー」
「ちょ、おい!やめろって!バカか!」
「ふふっ、冗談じゃない何本気で焦ってるのよ」
「ったく、質の悪い冗談はやめてくれって。で、実際残りの時間はどうするんだ?」
「そうねぇ……」
残りの休憩時間はあと三十分ほどあった。ただ歩いて見て回っても良いと思っていたところに張り紙が目についた。
「文芸部か……」
「えっ?」
「ここにいこっか」
「えっと、『独自創作がありますので見に来てください』か。いいんじゃね?響花にぴったりじゃねぇか」
文芸部なんてあったんだなと思いながら、部室があるらしい場所まで向かう。
数分校舎内を歩いて行くと、徐々に人気が少なくなっていった。
「やっぱ文科系の部活ってあんまり人気ないのな」
「そうね、まぁどうしても一部の人にしか好まれないってのは仕方ないもの」
「けどやってみたら面白かったりするけどな」
「そういう経験あるの?」
響花は不思議そうに問い掛ける。
「いや、バイトのことだよ。俺今までお菓子作りとかしたことなかったけど、やってみると案外楽しいんだよな。あの何かを生み出すって感じが」
「あー、ちょっとわかるかも。小説もそうよ」
「だろうな。あんだけ想像だけで色々と世界が広がるもんな」
「そう!そこが良いところなのよ!やっぱ潤君わかってるわね!」
「まぁ響花のことはたぶん学校で一番詳しい自信はあるぞ」
「――――っつぅ」
ケーキと小説の異なるものでも共通点で理解し合う。得意気に潤は話すのは実際にその自信がある。最近では響花のことで女子的なものは花音や凜に及ばないとは思うがこと小説に限れば断然に上回っているはずだと。
「あっ、ここだここ。えらく寂しい場所だな。どうした?」
「ううん、なんでもないわよ。とにかく入るわよ」
響花は必死に目深に被ったフードをさらに下げて表情を悟られないように俯いてしまっていた。




