101 迷路
制服姿に着替えた花音に対して潤は劇の少年役の姿、薄汚れた布製の服を体操服の上から重ねて着て背中には劇の日時が書かれた宣伝がでかでかと貼られていた。
そうして連れだって教室を出ると廊下には仮装喫茶の入店待ちで多くの人が並んでいる。
「こんなに盛況してたんだな」
「ええ、大成功ね」
確信を持って言える。大きなトラブルでもない限り、予想を遥かに上回るほどの売り上げを上げているのだ。
「これなら明日の客入りも期待できるか?」
「うーん、どうかな?確かにお客さんはいっぱい入っているけど、劇への関心はまた別じゃない?それに仮装もうけているけど、お菓子も評判良いわよ?」
「だろうな。雪さん指導だから間違いなく美味いもんな」
校舎内を歩きながら先程まで居た仮装喫茶を振り返る。花音の言うようにあれだけの見た目の色物喫茶だが味の方もすこぶる評価されていた。
実際試食の段階で女子を中心に高評価を得ているのである程度予想はできていたこと。
「まぁ俺としてはあんまり入らなくてもいいかな?」
「どうして?」
「恥ずかしいから。ほらっ、見てみろよ」
そう言う潤は周囲に視線を送った。
明らかにすれ違う人達から視線を多く集めており、その理由は明確である。
隣には明らかに美少女の花音が連れだって歩いており、対する潤は見た目ですぐにわかるほど可笑しな格好をしているのだ。すれ違ったあとに潤の背中を見れば納得してもらえるのだが、時々指を差されて笑われる。少しばかり情けなく感じた。
「ほんとなら腕を組んで歩きたいのにね」
「やめてくれ、そんなことされたら俺明日から学校に来れなくなるぞ」
「もうっ、不自由ね」
絶対にひどい目に遭うだろうということは容易に想像できる。不自由だと感じるのは潤も同じ気持ちなのだが。内心では「(花音が可愛すぎるからだよ)」とは思っても口に出来ない。
「(そういえば響花とは一緒に歩き回れるよな)」
今日を迎えるまで、響花とは何度となく行動を共にしている。改めて振り返ると地味だった響花とは二学期からとはいえ日常的に過ごしていたのでその感覚でいたことに今更気付いた。特に意識はしなかったし、周囲の視線も気にならなかった。突然目立つことになったとはいえ響花も今ではすっかり有名になってしまったのになぜだろうと疑問を覚える。
「あっ!あそこ行ってみない?」
校舎内を一通り歩いて回っていると、屋上に向かって行く階段のところに看板が置かれており、三年生がやっている催し、『カップル迷路~あなたはこの謎が解けるか?~』と書かれていた。
「カップルって書いてあるぞ?」
「大丈夫よ、こんなの男女で入って来いってだけでしょ」
多少不安になるのだが、花音が堂々としているので潤も習って花音について屋上への階段を上る。
屋上に出るとコンパネで作られた迷路があり、人はそれほど多くなくただ迷路が置かれていた。一部の男子は花音を認識するのと同時に横の潤を見てざわつくのだが、その格好と背中を見られてくすくすと笑われる始末だった。
「(好きでこんな格好してるんじゃねぇよ)」
とは思うものの、こうでもしなければ花音と二人で行動することが難しかったかもしれない。
とにかくなんとかなったと思って花音と共に迷路に入る。
入り口にある看板には『スタート:初々しさを思い出してください』と書かれていた。
そうして中に入ると、風通しを良くされているのだが、中々にしっかりとした作りで入ってすぐにゴールがわかるというわけではない。
「へぇ、凄いわね」
「だな。けどこの手の迷路には攻略法があるんだぞ」
「攻略法?」
「ああ、迷路って法則が適用されるんだ。こうやって手を壁から離さずに歩けばな」
「なるほど、壁に沿って歩けばいつかはゴールに着くってことね」
「ああ、けど弱点もあるんだ」
「立体の迷路や壁伝いに出口がない場合に偽の出口がある場合よね?」
「さすが。けど高校生が作ったもんだ。そんな大層な仕掛けはしてないだろ」
「どうでしょうね。ただ何もしていないってことはないでしょ?」
「だろうな」
気になるのは『この謎が解けるか』というフレーズ。しかし潤は気にするなといわんばかりに中に入って行くので花音は後ろを付いて行く。
――――五分後、まだゴールには着いていない。
「おかしいな、そろそろゴールだと思うんだけどな」
「ほらっ、言ったじゃない。何か仕掛けがあるのよ」
「仕掛け、ねぇ」
何があるのか考える。最初は小馬鹿にして入ったのだが、中々の趣に楽しくなってきた。
「キーワードは謎が解けるかってところか。何らかの謎が仕掛けられているか」
「それにカップルってところも気になるわね」
「カップルでしかできないことって何かあるか?」
「まぁ単にこういうドキドキを経験してもらうだけかもしれないけどね」
「吊り橋効果ってやつだな。こんな迷路で吊り橋効果がどれぐらいあるのか知らんけど――――って花音は今ドキドキしてるのか?」
出口を探しながら話しているのだが、会話の中に引っ掛かりを覚える。
「まぁ、ちょっとだけ、ね。やっぱりこういうのってそれなりに感じるのがあるんだなーって今実感しているわよ」
「そっか」
潤が特になんとも思っていないのは、割と真剣に迷路のクリアを目指していたから。ゲーム感覚が微妙に楽しかったので思考がそちらにしか回っていなかった。
しかし、花音の言葉を受けて妙に意識してしまう。なるほど、もっと緊迫した状況になれば男女間にある種の感情が芽生えるのは極々自然のことなんだと理解した。
「不安なら、ほらこっち、リタイア専用口って書かれてるぞ?」
「ううん、せっかくだからクリアしましょうよ」
「けどなぁ、結構探しているけど出口らしいもんも見えないしな」
時々中で見かける他のカップルも右往左往しているのは出口がわからないのだろう。
隠し扉があるのかもしれないと思い、それらしいのをいくつか触ってみるがどれもハズレだった。
「ならヒントはカップルってところなのか?」
「入り口に書かれていた言葉って確か『初々しさを思い出して』とかだったわね」
「初々しさ……か。初々しさって」
「付き合い始めの頃のってことかしらね」
となるとやはりカップルのところが何かヒントになっているのだろう。
「付き合い始め…………付き合った初めの頃…………思い出す…………原点に立ち返るってことか、なるほどな。ってかくだらねぇ」
一人ぶつぶつと考える潤は一人で納得しているのだが、横に居る花音は何がわかったのかと首を傾げていた。
「くだらないって何が?」
「ゴールがわかったってことだよ。行くぞ」
「えっ!?」
潤は無意識の内に花音の手を掴む。少しばかり腹を立てたからなのだが、全く気付いていないのに対して、花音は突然手を繋がれたことで驚いたのだが何も言わずに潤に引かれるまま付いて行く。
そして――――。
「ほらっ、ゴールだ」
「えっ!?ここスタート地点よね?」
花音は暖簾越しに見える景色に覚えがある。何故ここがゴールなのか。
「初々しさを思い出すってのは付き合い立ての頃を思い出すってことだろ?そこに立ち返るってことはそこに戻るってこと。だからスタート地点がゴールってことだ」
花音はそんな子供騙しなとは思うが、潤は「その証拠にほらっ――」と言って暖簾をくぐりスタート地点に戻る。
そして入り口に置かれていた看板『スタート:初々しさを思い出してください』と書かれた看板の裏を覗き込むと『ゴール:初心を忘れずにいつまでも仲良くいてくださいね』と書かれていた。
「……ほんとね」
花音は小馬鹿にされたようであるのだが、どこか満足そうな表情を浮かべている。
「どうした?もっと悔しがると思ってたけど?」
「――手」
「て?…………ご、ごめん!」
「ううん、いいわよ。別に私は誰かに見られても気にしないから」
「いや、俺が困る」
「……だよね」
嬉しいことを言ってくれるとは思うのだが、潤の方が周囲の目が気になる。ほんとは気にせずにいたいのだが、時期尚早だ。もうしばらく様子を見る必要があるだろう。
「ねぇ?」
「ん?」
「そろそろ杏奈ちゃんのところに行かない?」
「あっ、そうだな」
少しばかり寂しそうにする花音に潤は気付かずに妹の杏奈の様子を見に行くことにした。




