010 正月の予定
―――12月28日。
「潤、あんた正月はどうするのよ?一日はどこにも出掛けないわよ。いつものように二日に親戚の集まりがあるからね」
「そうだなー、なぁ杏奈、今年も一緒に初詣行くか?」
クリスマスまでの臨時アルバイトを終え、再び冬休みを満喫という名の暇潰しをしていた。リビングのソファーでテレビを見ながら寛いでいると、母親が正月の過ごし方を聞いて来たので同じように寛ぎながらスマホをいじっていた杏奈に声を掛けるのだが、杏奈は悩む様子を見せながら答える。
「えー、今年は瑠璃ちゃんと一緒に行こうと話してたんだけどなー。どうしようかなぁ?うーん、じゃあ瑠璃ちゃんも一緒に行っていいかな?」
「あー、あの子か。何回か遊びに来たことあるよな?別にいいぞ」
「ちょっと待って、連絡してみる」
杏奈は話しながら手にしているスマホですぐさま同級生の女友達である瑠璃に連絡を取り始めたのだが―――。
「はやっ!」
「もう返信来たのか?」
「うん、瑠璃ちゃんもオッケーだって!じゃあ決まりね」
「っていうわけで杏奈とその友達と行って来るよ」
「友達も一緒に行くんならせっかくだから光汰君も誘ってみれば?」
1分も待たない内に杏奈のスマホに返信が来た様子で、友達の瑠璃も潤が一緒に初詣に行くことに承諾した様子だった。
目の前の母にそのことを話すのだが、一連のやりとりを見ていた母は光汰を誘うのを提案する。母の言葉から光汰の名前が出て来たのはつい最近顔を出して記憶に新しかったからだった。
瞬間、杏奈は目を輝かせる。
「そっか、俺も光汰を誘ってみようかな…………って、どうした?」
「えっ!? べ、別にぃ。早く光ちゃん誘いなよ!」
母の提案に納得して潤はテーブルに置いてあったスマホを手に持つのだが、杏奈の鋭い視線を感じた。一体どうしたのかと問いかけたのだが、杏奈は動揺を隠すように取り繕いながら潤に早く光汰に連絡する様に声を掛ける。
杏奈の仕草の理由は明白なのだが、敢えてその理由を口にするなどといったような野暮なことはしないし、したくもない。杏奈と光汰が付き合うとかそれどんな罰ゲームだよと思っているので今ぐらいの距離感で丁度良いと思っている。杏奈か光汰のどちらかが行動に移せば無理に止めようともしない程度には仕方ないとも思っていた。
結論から言うと、光汰の返事はすぐに来た。その結果、正月初詣は潤と杏奈、光汰と瑠璃の4人で行くことになった。
潤の親族は二日に集まるのが恒例になっていたので毎年一日は暇を持て余している。
小学生の間は家族で初詣に出掛けていたのだが、中学生になってからは両親とは別々に行っていた。中学生になっても家族と出掛けるのに中途半端な恥ずかしさを感じて1人で出掛けようとしたのだが、そんな潤の行動を杏奈も真似て一緒に出掛けるのが続いて3年。
そんな初詣に今回訪れた変化があったのだが、杏奈に加えて光汰がいて杏奈の友達の瑠璃がいる程度なので変化といっても微々たるものだった。
そして4日後の元旦―――。
大晦日は家族でのんびりと某歌番組を視聴しながら年越しそばを食べて年を越して、ぐっすりと寝たあと、翌日の朝はゆっくりとしていたのでもう昼前である。
「さて、そろそろ行くか」
カジュアルであるが動き易いラフな服に着替える。そして少しばかり髪を整えて出掛ける用意をして杏奈の部屋にノックをして声を掛けるのだが、中から「もうちょっと待ってー」と慌てるような声が聞こえた。
1階のリビングに降りると光汰が既に待っている。
「……おい、どうして光汰がもうここにいる?」
「ん?いやいや、連絡してきたのはお前だろ?っていうかあけましておめでとうさん」
「ああおめでとう。で、連絡したのは確かに俺だが、どうしてもう居るんだ?」
「今から行くって連絡はしたぞ?ここにスマホを置いてるから気付かないんだよ」
「そうか」
当然とばかりに雑煮を口にしている光汰に対して呆れるように声を掛けるのだが、確かに連絡は来ていた。朝起きてリビングに降りた後に着替えに自室に戻ったタイミングで光汰は来ていたみたいなのでどうやら気付かなかったのだった。
「ごめん、お待たせ!」
「おっ、杏奈ちゃん可愛いね、髪の毛も似合ってるよ」
「そ、そう?あんまりこういう髪型しないからちょっと恥ずかしいけどね」
「そんなことないよ、似合ってる似合ってる……っと今は触らない方がいいな。崩れるといけないからな」
「(気合入り過ぎだろ、この寒い中そんな格好で行くんかい)」
潤はリビングに姿を見せた杏奈に心の中でツッコみたくなる程度に気合が入っている様子が窺えた。
杏奈の服装は白のファーボアトップスに、膝丈程度の黒と白のチェックのスカートを履いて生足を少し出している。オシャレは我慢からとはよく言ったものだと感心していた。そして髪は丁寧に編み込んだ三つ編みを後頭部で複数束ねており程よく前髪を垂らしている。
そんな杏奈を見て光汰は立ち上がり観察する様に声を掛けるのだが杏奈は微動だにしない。
どうかなといった感じで俯いて少し恥ずかしそうにしている。光汰は杏奈の髪に手を伸ばそうとするのだが、触れる寸でのところで手を止める。ポニーテールが多い杏奈の頭を昔はよく頭を撫でていて、いつも可愛いねぇとそれこそ妹の様に接していた。潤から見た限りでは光汰から杏奈に対して好意的ではあれど恋愛感情は感じられなかった。
「じゃああとは瑠璃ちゃんだけだな。あの子の家は近いのか?」
「うーん、そこまで近いわけではないかな?でも行きしなだし、途中で待ち合わせしているから」
「そっか、じゃあ母さん父さん、行って来るよ」
「ああ、気を付けてな」
「いってらっしゃい」
「いってきまーす」
「お邪魔しましたー」
そうして潤達は杏奈の友達の瑠璃との待ち合わせ場所を確認して両親に声を掛けて初詣に出かける。
初詣に行く神社は地元ではそれなりに有名で、近隣から多くの人が集まり人出はかなり多い。駐車場も複数の臨時駐車場が設けられており、近付くにつれて歩行者の数が多くなっていく。
そうして小さな川が流れる橋の上で待ち合わせ相手の瑠璃がいた。
「瑠璃ちゃーん!あけおめー!」
「あっ、杏奈ちゃん。あけましておめでとう、今年もよろしくね」
瑠璃の姿を確認して杏奈は少しばかり小走りになって瑠璃に近付き、潤と光汰はその後をゆっくりと歩いて行く。瑠璃は杏奈といくらか会話を交わした後にちらっと潤に視線を向けた。
「あけましておめでとう、瑠璃ちゃん」
「先輩もあけましておめでとうございます。今年もよろしく……でいいのかな?」
「うん、今年も杏奈をよろしくってことで」
「は、はい、よろしくお願いされました」
「えー、なにそれー!?それじゃあまるで私が瑠璃ちゃんにお世話されているみたいじゃない!?」
声が届くところに着いたところで瑠璃に新年の挨拶の声を掛けると、瑠璃から返って来た言葉にはいくらか戸惑いを感じていた。それは形式通りに今年もよろしくと言おうとしたのだが、瑠璃と潤は今年もよろしくと言い合える程度の間柄、関係性ではない。お互いに杏奈を通じて知り合いという程度で、潤からすれば時々家に遊びに来る妹の友達、瑠璃からすれば時々遊びに行く友達のお兄さんという関係なので挨拶に困っていたのだった。
その瑠璃の戸惑いを察した潤は杏奈を引き合いに出して挨拶を円滑に済ませる。瑠璃も杏奈を引き合いに出されて幼い可愛らしい笑顔を潤に向け、瑠璃の横では少しばかりむすっと頬を膨らませた杏奈がいる。
「半分はそうだろ?」
「まぁ違わない程度にはそうだけど」
「あっ、この子知ってるー、確か俺らの学年で人気あったよな?」
「えっ!?」
「いてっ!」
光汰が無遠慮に瑠璃のことについて話したのは、瑠璃が中学では割と人気のある女子だったのだ。それは学年を問わず、幼く可愛らしい容姿は中学生だから当たり前なのかもしれないが、中学生離れしたその強調された胸のせいもある。
瑠璃もその視線を感じるのでなんとなくわかっているのだろう。光汰の発言を受けて恥ずかしそうにするのだが、脇腹の辺りを潤が小突く姿を見て笑顔になるのは潤の気遣いを理解している様子を見せる。
「ああ、ごめんごめん、俺は光汰っていって―――」
「知ってます、あっ、いえ、名前までは知らなかったんですけど、よくお兄さんと一緒にいましたよね?」
「ん?ああそうだな、最近は学校が違うからそうでもないけど、中学の時はよくつるんでいたな」
「まぁそうだな、むしろ学校じゃ一緒じゃない方が少なかったんじゃないか?」
光汰が名乗ろうとすると、瑠璃は光汰を見知っている様子だったのは潤を介して間接的に知っているといった程度だった。
改めて最近は光汰といた中学時代を懐かしく思いながらも同時に頭の隅を過るのは浜崎花音の存在だ。あの場には光汰もいたし、光汰には昔からそれなりに色々と話して来た。
ここでそんなことを思い出したのはクリスマスに偶然会ったせいもあるのだろうかと思いながら、深くは考えず少し引っ掛かりを覚える程度なので「じゃあ自己紹介も済んだし行こうか」と振り切る様に声を掛けて初詣に向かう。
そうして歩きながら瑠璃の服装に視線を落として声を掛ける。
「それにしても瑠璃ちゃん、可愛い格好してるね」
「えっ?そうですか?……いつも通りですけど」
「えー!?そんなことないよ、いつもはもっと大人しい服着てるじゃん」
「そ、それは、その、こうして出掛ける時ぐらいは少しぐらいちゃんとするわよ!」
潤が瑠璃の服装について声を掛けたら、瑠璃はなんともないといった装いをしているのだが、隣を歩く杏奈が不思議そうに瑠璃の服装を見定めるように上から下までじっくりと見た。
瑠璃は杏奈の追及を受けてしどろもどろしながらも杏奈に対してなんとか言い訳を取り繕ったような様子を見せる。
潤はそんなやり取りを横目に瑠璃の服装、黒のトップスに千鳥柄格子のワンピースを着て上にダウンを羽織っている姿に感心していた。
「女の子なんて気分ひとつでなんとでも変わるだろ、ほら、お前の身近に最近そんな子いただろ?」
「お前はほんとに……(まぁ杏奈も出掛ける時とそうでない時は気合の入り方違うしな、女の子なんてそんなもんか)」
光汰が何を指して言っているのかはすぐに理解できた。潤の頭を明確に過ったのはそれが花音のことだからだ。目の前に妹とその友達とはいえ、現役の中学生がいる。そして花音もまた中学と高校でがらりと変わってしまった。何がきっかけになって花音が変わったのか、最近少し話して中身はそれほど変わっていないだろうということはなんとなく感じた。
「まぁ高校デビューってよく言うしな」
「なんか言ったか?(まぁ普通はそう思うよな)」
「いんや」
小さく呟いたのだが、今考えても答えがあるわけじゃないので再び頭の片隅にそっと押し留めて不思議そうな顔を向ける光汰が疑問符を浮かべるのだが、気にするなと声を掛けて目的地の神社に着いた。




