7
次の目的地、アーノン村に着いたがその村は荒らされていた。
「これは……」
オラは馬車から降り、辺りを見渡す。皇女様たちも降りているが驚きながら辺りを見渡している。
木組みの家が壊され、柵も倒れている。良く見ると所々に紅く染まった箇所もある。あの赤は………乾いているが、血、に見えた。そして、人気は無く、とても、静かだった。
「何が……あったんだ」皇女様が呟く。
スーエル様が紅く染まった所に向かう。
「これは……血ですね」やはり、血であったようだ。
本当に何があったんだ?村人はどうしたのだろうか。
とりあえず、生存者がいないか、見つからなくても何があったか、手がかりを探すことにした。
馬車を従者や騎士たちに任せ、手分けして探す。
「本当に、誰もいないのか?」
オラはいくらか、探したが何も見つけられずにそう呟く。
その時だった。家の残骸に影が映った。そちらを見ると、子どもがいた。え、子ども?オラが驚いていると、子どもは逃げ出す。
「え?……ちょっと!お願いだから待って!」
オラは走る。一気に景色が流れる。え?うわ、速い!速すぎる!
オラは一瞬で子どもに追い付いた。と思ったが勢い余って子どもにぶつかり、子どもを押し倒してしまった。
「あっ、ごめん!」オラは慌てて離れようとした。
しかし、子どもが暴れ、思うように体が動かせなかった。
子どもが叫ぶ。「ごめんなさい!ごめんなさい!たすけて!」
「大丈夫だから!暴れないで!何もしないから!」
子どもはしばらく、暴れていたがやがて、落ち着いていった。
オラは離れる。「大丈夫。何もしないよ。それで、キミは……」
「………人?」子どもは暴れるのを止めたが、今度は泣き出し、オラに抱きつく。
「わっ!ええと、大丈夫だから」オラは驚き、そう言うことしか出来なかった。
「ヒック、お父さん、と、お母、さんが」
ああ、そうか。この子はこの村で何が起こったのか、見ていたんだ。
オラはそっと腕を回し、頭を撫でる。
「大丈夫。キミは、オラたちが守るから」
その子はしばらく、泣いていた。
オラはその子を抱き締めながら、あることを考えていた。
なんで、オラが勇者なんだろう………この子の涙を止めることもできないのに………
その子は、10才の少女でソニアと名乗った。
ソニアの他にも生き残っている子どもがいるらしい。ソニアはその中で一番年上であった為、リーダーをしていたそうだ。
大人は子ども達を逃がしたが、全員助からなかった様だった。
オラたちは皇女様達と合流し、子ども達を保護した。
その日の夕食は、昨日と今日までの食事より豪華だった。もちろん、子ども達に食べさせる為だ。どうやら、三日前から水すらあまり飲んでいなかったそうだ。皇女様達から聞いたが、井戸は壊されていて、子どもの力では直せないぐらいの損傷だったらしい。
子ども達も食事をして、人心地ついたようだ。
他の子に聞こえないよう、離れてソニアから話を聞く。
ソニアの話では、このアーノン村を三日前、大量の魔物が襲ったらしい。大人達はソニア達を逃がし、応戦したが、全員亡くなった様だ。
「そうなのか。ごめん、ソニア。君にこんなことを聞いて」
オラがそう言うと、ソニアは固くなり、返事をした。
「…いいえ。その、勇者様のお役に立てるのなら」
どうやら彼女はオラのことを聞いたようだ。でも、オラは………
「有り難う、ソニア。でもね……」オラはソニアの前にしゃがんだ。
「ソニア。君はオラよりも立派だよ。今まで他の子をまとめていたんだから。だからさ、オラのことは、勇者様、なんて呼ばないでくれ。オラのことは、どうか、アル、って呼んでくれないかな。昔、仲の良い友達にはそう呼ばれていたんだ。……勿論、君が良ければ、だけど」
「そんな………勇者、アル様、私にそんな許可を頂くなんて」
「様、は要らないよ。ごめんね。君が断りづらいことを頼んで」
「………分かりました。アル、さん」
オラは彼女の頭を撫でながら、謝る。
「ごめん……ごめんね」間に合わなかった、オラが倒れていなければ、助けられていた命もあったかもしれないのに。
そんな事を考えて、オラは謝り続けていたんだ。
ソニア達を寝かせた後、皇女様達と話す。
「ウーン。なぜ、大量の魔物の襲撃があったんでしょうか」オラがそう言うと、皇女様達は何やら言いづらそうな顔をした。オラが疑問に思っていると皇女様がやがて話始めた。
「……恐らく魔王が倒されたからでしょう」
魔王が倒されたから?それはどういうことか、聞く。
「魔王には、魔物を操る魔術があります。それで操られていた魔物が解放されたのではないでしょうか」
納得はできた。ただ………
「その、原因が分かるのなら………魔物の数を減らすとか、何かしらの手は打てたのではないでしょうか」
そう聞くと、さらに顔をしかめた。
「それは…………そういった作戦だったからです」
「作戦?」魔王戦のだろうか?
「はい。魔王を野放しにするよりはその方が被害が少ないだろうと、魔王へ戦力を集中することになりました」
なるほど。魔王を直ぐに討伐したのか。でも、結果的に魔物は暴走し、アーノン村は壊滅したのだが?そこまで急ぐ必要はあったのか?
「最初は魔物の数を減らしながら進軍する、という予定でした」
「そうなんですか。それならなぜ…」
「はい。……それは、反対意見がでたからです」
反対意見?
「その方は魔王の早期討伐を主張しました」
それでそちらが採用されたのか。でも、なんでだろうか?
「その方は………………」
そこで、皇女様は黙ってしまう。だが、黙る前にオラを一瞬見たことに気付いた。まさか………
「その、人って………オラ、なんですか」
皇女様は、頷いた。勇者だったからか………
アーノン村の光景が浮かぶ。あれは、オラの、提案の、せい、なのか…………
オラの様子を見て、話し合いを終え、休むことになった。ソニアの話を聞き、騎士達が交代で見張りに立つことになった。
オラは頼んで、寝袋で寝ることにした。
オラは寝袋に入り、目を瞑ったがなかなか寝付けなかったのだった。
本当に、全然眠れなかった。まだ、暗い内に起き、便をするために周囲から離れていった。途中、騎士に気づかれたが事情を話し、通してもらった。
便を出し、戻る。その間もアーノン村について、考える。
グルグル回る様に考えがまとまらなかった。その時、何かが風を切って、動く音が聞こえた。
気になり、音の方へ向かう。そこには…皇女様がいた。
皇女様は、両手に剣を持ち、振るっている。その、姿は………美しくて、綺麗で今まで考えていたことが全て吹き飛んだ。見とれていると皇女様がこちらに気づく。
「ふぅ……うん?勇者、様?」
「あ、すいません。音が聞こえて気になりまして」
「いえ。大丈夫です」
「……その、リース様は、いつも、剣の訓練を?」
「はい。そうですね。皆の迷惑にならないよう、この時間にしています」
皇女様もこうして頑張っているんだ……………
オラは、あることを考えた。
「すいません……ひとつ、お願いしたいことがあるんですが」
「はあ、私にできることでしたら」
「その、オラに、剣を、教えていただけませんか」
「勇者様に、剣を、ですか?」
「はい、そうです。すいません、こんなことをお願いして」
「いいえ。大丈夫です。ですが、勇者様に私が教えることはないように思いますが」
「少しでも、守れる、力が欲しいんです。だから…お願い致します」
「………私でよろしければ」
「有り難うございます!」
「それでは、素振りをお願いします。気になったことがあれば申しますので」
「はい。よろしくお願いします」
皇女様、いや、リース様に剣を教えてもらう。自分じゃ分からない欠点も分かり、着実に進んでいるのを感じ取れた。
どのくらい、剣を振っていただろうか。いつの間にか、明るくなっていた。
「そろそろ戻りましょうか」
「はい。すいません、急なお願いして」
「いえ、大丈夫です」
そんな会話をしながら、戻ったのだった。
勇者が離れる。今の話を聞いて、とても悩んでいる様だった。
「……なあ、皆はあの勇者を見てどう思う?」
「……私は、信じても良いと思う……」アンジェがそう言う。
「自分は、勇者様のことは元々信じております。ですが、そうですね。確かに彼は変わったと感じています」スーエルが言う。
「フランは……嘘はついていない、と思います」
「ボクも、今の彼は、信じても良いと思います」フランやルイーズも同じ意見の様だ。
「そうだな、私も、勇者は確かに変わったと感じている。それに嘘はついていない、とも思う。記憶喪失というのは、本当のことだともあらためて感じた」
目覚めた当初は演技の線も否定出来なかった。だが、今までの様子を見ていると、嘘はついていなそうだった。それについても皆も同意見のようだった。
勇者を見る。どうやら、彼は昨日と同じく寝袋を使う様だ。それも以前の彼と違っていた。昨日も彼は恥ずかしいと言い、馬車で共に寝ることを本気で嫌がっていた。あの、女好きで女癖が大変悪い、あの勇者がだ。
それに、アーノン村に着いた時の反応も以前の彼とは明らかに違っていた。もし、以前の彼であれば、村が滅んでいても気にせず馬車で寛いでいただろう。だが、彼はいの一番に降りていた。
ソニア達にも良く関わっていた。以前の彼なら見捨てていただろう。少なくとも、逃げ出したソニアを追いかけはしなかった。
勇者の変化を話し終わり、私達も寝ることにした。
翌朝、私は騎士達に目的を告げ、皆から離れ、いつも通りに剣を振るっていた。
すると、勇者が来た。そして、私に剣を教えてくれと頼んでくるではないか。
私は驚愕しつつも、勇者に剣を教えた。
やはり、勇者は変わった。剣を振るう彼を見る。今までのような鋭さはなく、鮮やかな剣では無かったが、今までの彼の剣よりも見ていられた。
「そろそろ戻りましょうか」そう言いながら私は微笑む。はたと気付いたが、彼の前で見せた、初めての自然な笑みなのではないだろうか。
すると、彼も笑って返事をする。その表情は倒れる前も目覚めた後からも見せなかった、本当の、自然な笑顔である、と感じた。