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オラがルイーズと呼ばれた少女のその頭を眺め続けていると、皇女様が彼女のことを話し出した。
「彼女はルイーズ、犬人族…いえ、亜人族の少女で………奴隷です」
少女の頭から目を離さずに皇女様の話を聞いていた。犬人族に亜人族…?犬人族が何だか分からないが亜人族なら分かる。たしか、ゼアン村で聞いた話だと、人族とは異なる二足歩行の醜い容姿をもつ種族、だったはずだ。……醜いとは?頭から目を離し、少女のことを見てみたがやはり醜いとは思えなかった。ひょっとして、あの人は亜人族を見たことが無かったのだろうか?
それにしても、頭の上にある耳?は、なんというか、ふわふわでなかなかさわり心地が良さそうだ。……どうやらそんなことを考えていたら口に出していたらしい。「その、耳?を触らせてくれないか」………しまった!
その瞬間、空気が凍った。オラは大慌てで謝る。………いや、よく見回すと驚いているようだった?
皇女様たちはその美貌に驚愕の表情を浮かべ、亜人族の少女はうつむき、「……ご不快になられないのですか」とボソボソとつぶやいた。
「えっと…不快?その、なんというか柔らかそうで触り心地が良さそうだなぁと思っていたことがつい、口から出ていたようで………すいません。」
オラがそう言うと、少女はさらにうつむき、そして少しの間の後、こちらにそうっとゆっくり歩いてきた。何か躊躇っているのか、所々で立ち止まりながら一歩一歩、歩く少女。
そしてオラのすぐそばにやって来て俯いた。いや、これは頭を下げているのだろうか。だとすると、ひょっとして触っても良いのだろうか。皇女様たちを見ると、少女のその行動に驚いた様子で、オラが見ていることに気付くと頷いた。
……それは触っても大丈夫ってこと?えっ本当に?
オラは固まる。少女と皇女様たちも固まる。一秒二秒……………オラは意を決し、それでも恐る恐る手を伸ばす。
少女の耳に指先が触れた。その瞬間、皇女様たちのことやさっきまで本当に大丈夫なのかと考えていたことまで何もかも頭から吹き飛んだ。
こ……これは…!ふわっふわっでいて、ほんのり温かく、柔らかい……うん、これは良いものだ!ずっと触っていられる。
オラは、時には擦ったり、突ついてみたり、撫でてみたり、多種多様な触り方を試しながらしばらく触っていた。
そうしていると、オラの視界に負けず劣らず柔らかそうな毛の生えた紐状のものが映った。オラは、触ってみたいと思うやいなや手を伸ばしていた。
すると、少女はとても驚いた様子で後退り、その紐状の、尻尾?の様なものを抱えていた。オラは残念に思う気持ちが沸き上がったが次の瞬間、血の気が引くのを感じていた。
オラは……何をしていた?皇女様たちもいるのに、あの少女も触らせることを躊躇っていたようなのに…………
「す、すいません!申し訳ございません!凄い触り心地が良かったのでつい夢中になってしまいました」
オラはひたすら謝る。すると皇女様が答えてくれた。「いいえ、勇者様、ルイーズは驚いただけなので大丈夫です。………その、先程彼女の尾を触ろうとしておりましたが……勇者様はご存知ないのですか」「すいません…何を、でしょうか」
「彼女たち犬人族は、耳は親しい者ならば触らせます。ですが尻尾は真に親しい者、家族や恋人までにしか触らせることがないそうです」
オラはそれを聞き、既に引いた血の気が更に引き、頭がクラックラッしていた。そんなものだったのか………
オラはさらに頭を深く下げた。「その、本当に申し訳ないことをいたしました。申し訳ございません」
すると犬人族の少女はオラよりさらに頭を下げた。「いえ……勇者様の希望されたことを拒否いたしましてお詫び申し上げます」
「いや、……大事なもの、なんでしょう?それなら、そんなことをしなくても大丈夫です。いえ、寧ろしないでくださるとありがたいです」
それを聞いた少女は、いや皇女様たちも?茫然とし、固まった。
………この人は誰なんだろう。
ボク、ルイーズはそう思っていた。魔王との一戦の後、起きなかった勇者が起きた時、彼は何も覚えていないようだった。でも、ボクはそれを信じていなかった。多分、皆も同じなんだろう。なぜなら彼はよく人を騙して傷つけていたからだ。だから、今回の記憶喪失もただの演技だと思っていた。…でも、昨日と今日の様子を見ていると本当にウソなのかと思うんだ。
勇者は前はボクたち亜人族を他の人族と同じく嫌っていた。ボクが何か粗相をすると、彼は、罵倒して、蹴倒して、殴りかかって、のし掛かってきた。でも、そんな状況でも何とかやってこれたのは皆がフォローしてくれていたからだ。リース殿下やアンジェ様、スーエルさんは人族なのにボクにも良くしてくれる。フラン様は人族に尊ばれているエルフだけど亜人族のボクにも変わらず接してくれた。
先程の勇者の申し出を断らなかったのは、彼が何を考えているか分からなかったのと、彼の機嫌を損ねたら何をされるか分からないからだ。もしも、これがウソで彼は何も変わっていなかったら、そう考えながらおそるおそる触らせた。
すると、彼はそっとボクの耳に触れてきた。その手付きは、今までのそれと比ぶべくもないぐらいに優しく、…………それに、なんと言うか、心地良かったんだ。
勇者の顔を覗いてみると、彼はその青の瞳に輝くばかりの光を湛え、遊びに夢中になる子どものようにそれしか見えなくなっているようだった。ボクは、それを見て、時間が止まっているかのように感じたんだ。それまでのウソ臭いきらびやかな笑顔より、彼の魅力を何倍にも押し上げる、そんな表情だったんだ。
そんな永遠にも思える中で彼はスッと腕を動かした。その手は、ボクの尻尾に向かっていって………ちょっと待って!尻尾はダメ!
気付いた時にはボクは下がっていた。もう手遅れだ、殴られる。そう思ったが彼はただ、きょとんとしたかと思うと次の瞬間には顔を青くし、ボクに謝ってきた。
ボクはそれに答えながらも彼のことを考えていた。……この人は誰なんだろう。まさか、偽物?いや、信じられないけどそれはない。すると………本当に、記憶喪失?なのかな。でも………
ボクはずっとそのことばかり考えていた。