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オラはしばらくの間、固まっていた。なぜなら、目を開けたらとてつもない美人さんたちに囲まれていたからだ。
どのくらい経っただろうか。彼女らの中から一人が進み出てきた。「勇者様、お目覚めになられたようですね。お身体の具合はどうでしょうか。」
オラはその人の顔から目が離せなかった。彼女は白磁の様な、雪の様な真っ白の肌の、日の中で揺れる稲穂の様な、光輝く黄金色の髪の端正な顔立ちの女性だった。しばらく見いっていると、やっと自分に話しかけていることに気付いた。「……………はっ、えっと、その、特に問題はありませんです、はい。」ただ、慌てたせいか、おかしな言葉になってしまった。
彼女はそれを聞き、一瞬なにか一言で言い表せない表情を浮かべたかと思うと、すぐに安心している様な表情になり、「良かったです。勇者様が倒られた時、どうしようかと皆で心配していたのです。」
オラは未だに彼女の顔を見続けていたが、疑問に思っていることを聞いてみることにした。
「その、あの、………先ほどから話している『勇者様』とは一体……?」
「………はい?」彼女はキョトンとした表情を浮かべていた。オラはその表情を見て、やはり美人さんだな、とそんなことを考えていた。
彼女は少しの間、呆然としていたが立ち直ったらしく、再度話しかけてきた。
「えっと、『勇者様』………アルン・カティナ様でいらっしゃいますよね?」
「………アルン・カティナ?………………そうだ、確かにオラの名前はアルン。アルン・カティナだ、ですよ?」
「そうですよね。…………『オラ』?」
「はい、それで『勇者様』とは?」
「……………はっ、失礼しました。その、いくつかお聞きしたいことがあるのですが」
「はぁ、なんでもどうぞ」
「では、ひとつは、貴方はアルン・カティナ様でいらっしゃいますが、『勇者様』ではないとお考えである、ということでよろしいでしょうか。」「うん、いえ、はい。オラは勇者様なんて大層なお方ではないです。」
「………では、ふたつ、その私やその他の者のことはご存じでしょうか。」
「えっ、いや、オラにはこんな美人さんの知り合いはいらっしゃらないですよ」
「…最後にもうひとつ、お聞き致します。現在に至るまで、ご記憶にございますでしょうか。」
「えっと、今までは……………あれ、……何にも浮かんでこない。」
えっ、なんでだ。とりあえず順番に思いだしてみよう。まず、オラの名前はアルン・カティナ。これは間違いないはずだ。この目の前の彼女もそう言っているんだから。その次は、オラが生まれたのは、………そうだ、ゼアン村だ。そこで父さんと母さんと共に暮らしていた。で、その後は、…………駄目だ、ここで記憶が途絶えている。………そうだ、目の前のこの人に聞いてみよう。何か知ってるかもしれない。
彼女は何か考え事をしている様だった。「その、すいません。少し尋ねたいことがあるんですが」
「………はい、何でしょうか」
「ありがとうございます。その、…ゼアン村について何か知ってますか。」
彼女はそれを聞き、悲しげな表情を浮かべた。「……原因不明なのですがゼアン村は…十数年前に……壊滅いたしました。」
ゼアン村が………壊滅……?嘘だろう…………つい、最近まで暮らしていたかの様な感覚なのに………
「…………はっ、あの、……父さんと母さん、ルイン・カティナとアンナ・カティナのその後の行方は…………?」
「それは………」彼女は何かを決意した表情になり、「知らせを受け、調査隊が向かった時には、ただ一人しか生き残っていなかったそうです。その一人の他には、何者も何もかも残っていなかったそうです。」
息が詰まる。空気を求めて吸おうとしても動いてくれない。喉が渇き、何かを話そうとしても話せなかった。
「………その生き残りの一人とは、アルン・カティナ様、貴方様のことです。」
目の前が真っ暗になった。父さんと母さんにはもう会えないのだと、何故かそうはっきりと感じた。
頬に何か生暖かい雫が流れていた。―――――――――――――――――――――――
しばらくの間、何もしていなかった。部屋の中が静まり返り、目の前の彼女もその後ろの彼女たちも下手に動けない様だった。
いつの間にか体がまともに動ける様になっていた。手で顔を拭い、呆然としていたり、固まっていたりしている彼女らに声をかけた。「……………すいません、話していたのに中断させてしまって」「いっいえ、問題ないです。………その、話の続きは明日に回しましょうか。お身体の調子も万全ではないようですし。」
「申し訳ないです。はい、そうして頂けると有難いです。…………すいません。もうひとつお聞きしたいことがあるんですが」
「はい。何でしょうか。」
「その……お聞きしていなかったと思うのですが、貴方のお名前は何でしょうか。」
彼女は目を丸くし、こう答えた。「はい。申し訳ございません。私は、リースフェルト・ファル・ネヴァーウッド……ネヴァーウッド帝国の第八皇女です。」
……………………えっ…………皇、女……?
「では、勇者様、失礼致します。」
固まった勇者を残し、退室すると各自で借りている部屋に戻ることになった。
部屋に着き椅子に座ると、先程の勇者の様子について考えることにした。
「あれは……何だったんだ?」
今までの勇者とは明らかに違っていた。あれは、本当に記憶喪失だというのか…?だが、今までにあの外道の所業を見てきた。それから考えると、あれは演技で嘘っぱちだと考えるのが自然なことだ。………しかし、ふと故郷の村と親のことについて伝えた時のあの表情が過った。あの今にも壊れてしまいそうな表情は……………「ああ、もうわからない。明日も話をするのだ。その時にでも改めて考えることにしよう。」
そう決め、明日に備えて寝ることにした。だが………
ぐぅ〰~~~~~~~…………まるで腹から鳴り響く様な音が鳴った。「…………仕方がない、か。勇者が目覚めたのが夕食時で途中で
切り上げたからな。」
しかし、気になって眠れそうにない。その為、一度起きて荷物を探ってみることにした。
「……これは、装備点検の道具だな、………こっちにはポーションか、これでは満たせないな、他には…………このポーチか」
どうしようか、役に立ちそうな物(食料)がない。
「ふむ……………仕方がない。『アンジェ』殿の部屋に行ってみるか。あの『アンジェ』殿ならば食料の一つや二つ、それ以上に常に所持しているだろうしな」