2-4 進路妨害
玲仁は必死でペダルをこぎ、提を追いかける。
日は暮れたにもかかわらず、額に汗がにじむ。
「そうか……この自転車レース自体が既にヤオヨロズのバトルそのものなんだ。だからあいつは僕にわざわざ宣戦布告までして、勝敗条件まで明言した。彼が先に丘の上に着いてしまえば、おそらく――僕の負けだ。カムナビ、バトルに負けると……どうなるんだっけ?」
「巫ランクポイントが減少します。また、勝者は敗者のデッキから一体、好きな従神を奪うことができマス」
なんと。ポイントなんてそもそもたまってないから気にしないが、天照が奪われるのはヤバイ。ましてや、あんな奴に奪われてしまったら……想像しただけでもぞっとする。
いずれにせよ、どんな勝負であろうと――ゲームで負けるのだけは絶対に嫌だ。決意に燃え、玲仁のペダルを踏む力がいっそう強くなる。
だが天照を乗せたおんぼろママチャリでは、いっこうに距離が縮まる気配がない。
「玲仁様、大変言いにくいのですが……」
「何?」
「……私は降りなくてもよろしいのでしょうか?」
「えっ」
「私、これでも体重が――」
「ちょ、今ここで言わなくていいから!」
しかし天照のいうことも最もだ。合理的に考えれば天照を置いていく方が早く進むに決まっている。
だが一方でこの戦いはただのレースではない。これからどんな妨害に出会うかもわからない状況で、みすみすこちらの戦力を減らすわけにもいかない。天照は美少女だが、激レアクラスの神でもある。
「そうだ、君の発動技能を使って、僕のこぐ力をアップさせることってできない?」
「残念ながら……『天恵』は他者に『神力』を与える業です。あくまで神の源となる力で、人間である玲仁様に与えたところで効果はありません」
「そうか……そう都合良くはいかないか」
それにしてもさっきなぜ自転車がこげなくなったのだろうか。
「玲仁様、私の意見を聞いて頂けないでしょうか」
天照は道端のある一点を指さした。示す先を注意深くみると、道の脇のしげみに小さな石像が紛れて立っている。
「あそこから妙な気配を感じます。神力の波動……とでもいいましょうか」
「あれは……『道祖神』だ。日本各地にわりと古くから点在している、旅の安全なお祈りするために祭られた神様だよ」
まさか――あれが攻撃の正体?
狛犬と違って道祖神は微動だにしていない。だが犬の像が人を襲えるなら、道祖神だって攻撃する可能性は十分ある。
「少し調べてみませんか?」
天照に促され、おそるおそる玲仁が道祖神に近づく。
「おっと!」
すると、玲仁は突然つまづきそうになった。が、そこには石ころも段差もない。
何か得体の知れない力が働いている――そう玲仁は確信した。
試しに玲仁はそばに落ちていた大きいビニール袋を道祖神にかぶせてみた。
「……!?」
なんとビニール袋が四方八方に暴れ始めた。どうやら見えない力が発せられていると考えて、ほぼ間違いない。この力が玲仁の自転車にも影響を及ぼしたのだろう。
「今後道祖神がいたら、なるべく避けて進もう。原因がわかれば、やりようはある」
「はい。だいぶ遅れをとってしまいましたね、急ぎましょう」
玲仁天照は自転車の転がっていたところまで戻り、自転車を立て直す。再び頂上を目指し漕ぎ出したところで、すぐに立ち止まった。
「どうかされました? 急がないと、提が頂上に着いてしまいますよ」
玲仁は前方を見渡し、神妙な顔つきに変わった。
「あれ……全部道祖神?」
よくみると、これから進もうとしている道の両脇に、道祖神が数体並んでいる。
「お、多すぎる……」
玲仁はスマホを取り出し、何やらいじり始めた。
「何をされているのです?」
「天照……ちょっとこの地図見てよ。この一帯のストリートビューなんだけどーー」
「『すとりーとびゅー』……とは何でしょう?」
「ああ、ごめん。簡単に言うとこのへん一帯の道の写真のこと。ほら見て。ほとんどの角や側道に石像がある」
「これは……全て道祖神?」
「うん。どうやら提はあらかじめ、勝負をしかけるためにこの一帯に僕らを誘い込んだみたいだ……」
玲仁は苦笑いした。あらためて怪しみながらもまんまと誘いに乗ってしまったことに悔しさがこみあげてくる。
いずれにしろ後悔しても始まらない。彼が先に頂上についたら、それでゲームオーバーだ。玲仁は地図を眺めながら突破口を必死で考えていた。
「玲仁様、何か勝つ策はあるのでしょうか……」
「ううん……ひとつだけ思いついたことがある。だいぶ一か八かだけど……」
「ならば、従いましょう。私は何があろうとも私は玲仁様の従神。疑うまでもありません」
天照が毅然とした表情でうなずく。玲仁の目をまっすぐとみつめ、信頼をよせてくれていることがわかる。
一方で、玲仁は自分がここまで天照を少しでも疑ってきたことを恥じた。この娘をますますみすみす、あの提に渡すわけにはいかない。絶対だ。
「よし、行こう。そして……勝とう」
「はい。もちろんです」
「ツクモンッ!」
付喪神がさっそうと自転車の車体を駆けのぼり、ちゃっかりと前かごへと座った。彼らも覚悟は一緒のようだ。
玲仁もサドルに座り、ハンドルを握った。少し休憩もできたし、やる気は十分だ。
「ここから……反撃開始だ」
玲仁は再びペダルに脚をかけ、一気にこぎ出した。