6-17 祭りのあと
「いやあ、それにしても日本の夏は蒸し暑いねえ!」
「……せめてその口の中のものを飲み込んでからしゃべってくれるかな」
箸を持ったまま冷ややかにみつめる玲仁をよそに、真っ黒に日焼けした顔の文世が上機嫌に白飯をかき込む。
「いやあ、やっぱり天照ちゃんの作る和食は格別だねえ! ハワイも最高だったけど、やっぱりごはんに味噌汁が日本人の朝食には一番だ」
「そう言って頂けて光栄です」
「天照が来るまで毎日パン食だったろ……よく言うよ」
エプロン姿の天照が微笑む。文世はますます上機嫌になり、玲仁は突っ込む自分がまるで間違っているのか、と疑心暗鬼になり、ますます不快感をにじませた。
灰原との戦いが終わって数日後、父親の文世が無事ハワイから帰国した。玲仁と天照は留守の間にあったことを伝えるべきか一瞬迷ったが、到底理解できるような説明はできそうにないと判断し、無駄な心配をかけさせまいと口裏をそろえ、黙ることにした。
天照が再び食器を取りにキッチンの奥に消えると、文世が玲仁に目配せをした。玲仁はきょとんとした顔で、何のことかと首をかしげる。文世が箸の先でくいくい、と顔を近づけるように合図した。
「何だよ」
「で、どうだったんだよ」
「どうって、何が?」
文世が体を乗り出す。焼けた黒い顔を近づけながら、小声でたずねた。
「しらばっくれてんじゃねえよ! 夏休みの宿題の話だよ。若い男女が二人っきりひとつ屋根の下……ちゃんと終わらせたんだろうな?」
「バッ……バカなこと言うなよ!」
玲仁は文世の顔にご飯粒を噴きつける。焼けた黒い肌に白い米粒のコントラストが余計際立つ。汚ねーな、と文世が顔をティッシュでぬぐいながら反論する。
「せっかくお前が大人の階段を上る一夏のチャンスをくれてやったのに。燃え上がる思い出のひとつやふたつくらい作れよ……父親として情けない」
「余計なお世話だよ、まったく」
言葉通り燃え上がるような体験ならあったが、と玲仁は内心思いながらもその言葉を飲みこむ。
「お二人はいつでも仲がよろしいですね」
一通りの食事の支度を終えた天照が微笑みながらエプロンを外して隣に座った。
またこの穏やかな朝の光景が九十九家によみがえったことはとても微笑ましい。今回の件であらためてかみしめる。
しかし、本当にもしこの数日の事件がなかったら――何か進展はあっただろうか?
ぼんやりと天照の横顔に見とれながら考えていると、天照と目が合った。慌てて、目線を反らす。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもないよ――イテテッ!」
玲仁は突然、足の甲に強い衝撃を受けた。テーブルの下をのぞくと、付喪神がいつの間にか玲仁の部屋にあったはずの目覚まし時計を抱え、玲仁の足にがしがしぶつけている。
「ツクモン! ツクモン!」
「ちょっと、痛いって! 何をして――」
玲仁がその目覚まし時計を取り上げる。何気なくのぞき込み――時間をみる。
八時五分前だ。
「やばっ、もうこんな時間?」
「あれ、まだ夏休みだろ? 学校行くのか?」
「あ……補習欠席続きだったから受けないとやばいんだ。あと一回行かなかったら単位落ちるって言われてる」
「何だって。サボってた!? 一体お前俺がいない間、何してたんだ。またゲームか!?」
「あ、いや、その――とにかく急いでるからまた後で!」
誘拐されてたから出席できていませんでした、とも言いづらく、玲仁は慌ててごまかしながらカバンを肩にかけ玄関に駆けていく。
悠々と箸を口に運ぶ天照にむかって、文世がぽつりとたずねた。
「アイツ……何だか隠してないか?」
「……そうでしょうか」
「これでも父親だからな。あいつがサボりなんて珍しい」
「気のせいだと思いますが」
表情ひとつ崩さず、黙々と食事を続ける天照。今回の件は一切口外しないということであらかじめ玲仁と意見を合わせていた。巫の命令であれば、嘘をつくことも天照にとっては徹底すべき任務だ。
「やっぱ何かあったかのか? 一皮むけるような出来事とか……」
「一皮?」
「いや、まあ深い意味はないんだが」
「強いて言えば――あったかもしれませんね。すこし――ヒリッとしたかもしれません」
「おふっ。そ、そうか。いやもうこれ以上は何も聞かないとしよう。うん。いやあ……若いっていいねえ!」
なぜか文世は一人で勝手に満足してリビングへそそくさと移動した。天照は文世の背を見送りながら、何が『おふっ』なのかはわからないが、ひとまずしのげたと安心する。
「何だこれ、うちの近くじゃねえか」
その言葉に天照が顔をあげると、文世がいつの間にかテレビをつけていた。ちょうど朝のワイドショーが放送されている。食後は決まってソファでテレビをつける、それが文世の毎日の習慣であることを天照はすっかり把握済みだ。
キャスターが、中継先で何やらまくし立てている声が聞こえてくる。
『先日北区で発生したリサイクル工場の火災についてですが、ただいま警察により現場検証が行われているとのことです。事故が当時深夜から明け方にかけてであったこと、既に使用されていない施設とのことで作業員もおらず、ケガ人はなかったとのことです」
ニュースの内容に、文世がぼんやりとコメントする。
「なんだこれ、うちの街の近くじゃねえか。例の放火魔と、関係あるのかね……」
天照は黙ってその言葉の続きに耳をすましながら、食卓の料理を口へと運ぶ。
『なお、稼働していない施設でなぜ火災が起きたかについては、いまだ原因は不明です。元所長である灰原氏が重要参考人であるとして一刻も早く彼に聴取を行いたいと警察は見解を発しておりますが、消息は依然不明のため、こちらも引き続き捜査が続いている模様です」
箸を動かす天照の手が思わず止まる。
所在不明? 確か自首すると言っていたはずだ――だが警察が捜索中という状況はやや不自然に感じた。事件から既に数日経過しているというのに。
しかし今となってはどうにもできないし、するつもりない。これ以上追求はしない――それが、あの時玲仁の決断したことなのだから。
「物騒になったもんだな……天照も気を付けろよ? 特に、かわいい子ほど気をつけないといけない嫌な時代になったもんよ」
「そうですか。戦国時代に比べれば、良くなったのではないでしょうか?」
「戦国時代? はは、おもしろいこと言うな。まるでみてきたみたいな言い草だな」
「見てきた……のでしょうか。自分でもよくわかりません」
もちろんはっきりとした過去の記憶があるわけではない。だが妙に確信が持てる。もしかしたら天照自身にもわからない、自身の中に何か過去と結びつくものが残されているからなのかもしれない。
特に玲仁と出会ってからは自分自身について考えることが多くなった。それは『人を理解する』上で、『自分のことについて考える』という行為に何か手がかりがある――そんな風に感じているからかもしれない。
今はまだ意識的な行為にすぎない。けれどもいつか自分の使命感の正体にすら気づくかもしれない――人によっては不安に感じることなのかもしれないが、不思議とそんな期待も悪くはないと天照は思っていた。
「私もいつか、一皮むけるかもしれませんね」
そうつぶやくと、いつのまにか自然と笑みがこぼれていた。
玲仁は駆け足で住宅地を抜けようとしていた。逐一スマホに目をやりながら、間に合うかどうか時間を気にしている。
「狛犬に乗って運んでもらったら一瞬で着くかもな……」
そんな考えが頭をよぎったが、これも巫の修業の一環として乗り越えなければ、と頭を振りながら自身に言い聞かせた。
「センパーーーーーイ!」
横道から突然提が現れ、当たり前のように玲仁と並走し始めた。これがかわいい女子の後輩なら嬉しいのに、と玲仁は内心少し残念になる。
「提、どうしてここに?」
「巫稼業も楽じゃないですよねえ……特に勉学との両立は」
「もしかして君も補習か」
「まあ、センパイほど追い詰められてはいませんよ!」
相変わらずひとこと多いやつだな、と玲仁は内心ツッコむ。しかし一方で、今回は提もさらわれた自分を助けに来てくれたんだよな、と感心し、案外いい奴なのかもな、と見直したりもした。
「そんなことより、いまだに気になってたことがあるんですよ。どうして灰原は天照を狙ったんでしょうね?」
「あいつの目的は金稼ぎだった。人身売買みたいに従神を売買して金を得ていたんだ」
「……マジっすか!?」
「うん。本人が言っていたし、あいつのPCを覗き見したときに、取引の記録もあった。間違いないよ」
「そういうことっすかあ……大人は考えることがやらしいっすね」
「でも取引ってことは、同じ悪だくみをしているやつがこの世のどこかにいるってことっすよね!?」
「そういえばメールに差出人の名前があったよ。『MAYUKO』……だったかな? ただ、ハンドルネームだとしたら何の手がかりにもならないけどね」
「え。マジっすか」
「どうしたの? 心当たりある?」
「それ……ヤオヨロズ攻略サイトの管理人っすよ」
「え?」
「あのサイトのトップページに書いてありましたよ、その名前。待てよ……従神の情報を共有するふりして、巫の情報を集めてたんじゃ……だとしたら超大胆なフィッシングっすよ! 大悪党っすよ!」
「なるほど……あ、そういえばすっかり忘れてたけど、そもそも灰原が天照の情報を得たのもヤオヨロズ攻略サイトだったみたいなんだ」
「えっ」
「提、君――まさか心当たりないよね?」
「し、知りませんよ。いやあ、世の中ってどこで誰がみてるかわからない……怖いですよねセンパイ!」
「なんか、様子変だけど……だいじょうぶ?」
「あはは、もうこんなに走ったら息上がっちゃって……そ、それじゃあ俺急がないともう補習始まっちゃうんで、じゃあっ!」
提はまくしたてるとダッシュで去っていった。
「学校同じ方向なのに……変な奴」
まあいいや、と玲仁は思いなおし、玲仁は息を荒らげながらも脳内で推理を巡らせ始めた。
「MAYUKO……か。誰だろう。女性なのかな。でもハンドルネームだけじょどうにもわからない」
まだ知らないだけで、多くの巫が日本中に存在している……そしてこの先、もっと苦しい戦いが待ち受けているかもしれないのだ。
一方でワクワクする気持ちもあった。いつの間にか巫ランクもCに上がり、どうあれエンディングをみられる可能性に一歩近づいたことも事実だ。
なぜ玲仁が巫に選ばれたのか? 天照や素戔嗚という超激レアな神が二人も彼の前に現れたことに意味はあるのか? そして総じて、このヤオヨロズとは一体何を目的として存在しているのか――とにかくまだ知りたいことがたくさんある。
「一つ確実に言えることは――どんなゲームも作り手がプレイヤーに向けたメッセージを必ず込めているってことだ」
命がけのゲームであればこそ、その先にあるものへの期待がある。その好奇心こそが、恐怖以上に、今も玲仁を突き動かしているのだ。
こうなったら誰よりも先に、ヤオヨロズを攻略してみせる――。
玲仁はよりいっそう決意を固め、走るその両脚に力を込めた。
【現在のステータス】
<ユーザー>
ユーザー名:れひと
ユーザーレベル:10
巫ランク:C
<デッキ編成>
スロット1:天照大神[光]
スロット2:素戔嗚命[闇]
スロット3:付喪神[地]
フレンド枠:なし




