1-5 帰宅
玲仁が慌てて倒れた天照のもとに駆け寄る。外傷は見当たらないものの、ぐったりとして動かない。
離れたところにスーツ姿の中年の男性が立っていた。帰宅中にたまたま不幸の瞬間に遭遇してしまったのだろう。脚がわなわなと震えている。
「その娘……赤信号なのに普通に横切って……そのまま車に……はわわわ!」
そしてその男性はひい、と叫びながら走り去ってしまった。
なんてことだ。まさか……神様は信号という存在すらも知らなかった、とでも言うのか?
「と……とにかく、救急車を呼ばないと」
「助けは……呼ばないでください」
玲仁はぎょっとした。天照が一瞬だけ声を絞り出し、つぶやいたのだ。
「打ち所が悪いと何があるかわからない。病院でちゃんと調べてもらわないと……」
「安心してください……私は、死にません」
「え?」
「従神とは……そういうものです」
玲仁はすかさずヤオヨロズを立ち上げて問いかける。
「カムナビ……天照が言っていることは本当!?」
すかさず玲仁はカムナビの存在を思い出し、問いかける。
「ハイ! 巫がいる限り、従神が死ぬことはアリマセン」
「そんな……本当に信じていいのか?」
「ただし復元期間が必要デス。完全回復所要時間は、約8時間デス」
天照が無理矢理立ち上がろうとする。
だがよろめいて倒れそうになったところを、玲仁が間一髪で受け止める。
「無茶だってば」
「ここにいては……目立ってしまいます」
「大丈夫。今すぐ家に連れていくから。だから頼むから、じっとしてて」
「ありがとう……ござい……ます」
玲仁の言葉を受けて気が抜けたのか、ふっと天照の力が抜け、そのまま意識を失った。
「仕方ない……」
玲仁は天照を背負、足を一歩踏み出した。
「お、重い……」
それから数分。おぼつかない足取りながらも、なんとか自宅へと辿り着いた。
本来なら十五分あれば帰れるところを、脚への負担をこらえながら、一時間もかかってしまっていた。容体だけが気がかりだ。
裏口の戸を開け、中を見渡す。そっと電気をつけると、キッチンのテーブルの上に書き置きをみつけた。
『冷蔵庫に夕飯の残りがある。おれはもうねる 文世』
父、九十九文世《つくもふみよ》の寝室は廊下の突き当りにある。音沙汰がないところをみると幸いすでに寝たようだ。この状況を弁解する手間を省けただけでもだいぶましだ。
そのままダイニングを抜け、二階の自室へと上がり、部屋へと転がり込む。
灯りをつけると、無造作に脱ぎ散らかしたパジャマや雑誌があらわになる。それらを足でかきわけながら、なんとか天照をベッドに横たわらせた。
呼吸を確認し、少しだけほっとする。
そして考えるよりも先に、玲仁は疲労のあまり、意識を失った。
それから何分経過したか――玲仁はむくりと起き上がった。どうやらベッドでそのまま突っ伏してしまっていたらしい。時計をみると三時をまわっている。天照は静かに寝息を立てていた。
「ふう……ひとまず大丈夫、かな」
少し落ち着きを取り戻した玲仁はごろんと床に仰向けになる、いつもの習性で無意識にスマホを取り出した。
今日インストールされたヤオヨロズのアイコンが目に入る。
「ヤオヨロズ――か」
やっぱりあれは夢ではなかったか。アプリをタップし、再びデッキを眺める。相変わらず天照と狛犬のアイコンが並んでいる。何気なく、天照のアイコンを長押ししてみる。すると、画面いっぱいに天照の全身画像が映し出された。
みればみるほど本物そっくりだ。
「能力もちゃんと書いてある……」
【体力:HP】,【神力:SP】、【攻撃力:ATK】、【防御力:DEF】といった基礎パラメータ、さらには属性まで書いてある。ちなみに天照は光属性のようだ。イメージ通りではある。
次に、先ほど見る機会を逃した特殊技能欄にも目を通す。
【発動技能:天恵】
【効果:自分以外の生命対象に神力を分け与える】
「『まぶしい光を発する』……かと思った。そりゃそうだよな。地味すぎるもん」
もう一方のパッシブスキルものぞいてみる。
【常態技能:自己活性】
【効果:自己の神力を時間経過と共に生成する】
「SP常時回復か……発動技能とセットで考えると誰かと組ませたときにより力を発揮しそうだ」
いつもの癖でゲームとしての性能の分析をしてしまった。しかし仮にこれが真実だとすればどこかでこれを通じてバトルが行われる状況がある、ということだろうか?
「君は一体……何者なんだ」
玲仁は小さな声でぼそりとつぶやくと、天照がぱちりと目を開け返事する。
「ですから、私は玲仁様の従神です」
「わわっ!?」
驚きのあまりスマホを落とし、見事顔面を強打した。玲仁はのたうち回りうずくまる。
「痛ててて……起きてたの?」
「休んでおりましたが、たった今目が覚めました」
「ごめん、結局起こしちゃったね」
「構いません。声が聞こえて、安心しました」
「えっ……」
声が聞こえて安心だなんて……カワイイ女の子にこんなことを言われる日が来るとは。どう反応していいかわからず、玲仁の目が泳ぐ。
よく考えるとこんなカワイイ子と部屋でふたりきり。しかも彼女は自分のベッドで寝ている。こんなシチュエーション、今までの人生で考えもしなかった。そう考えると突如、落ち着かない気分になってきた。
「あ、天照……あのさ」
「す……」
「……天照?」
「すう……すう……」
それは天照の寝息だった。この数秒でまたすぐに眠りに落ちてしまったらしい。やはりまだ完全には回復していないのだろう。
玲仁は再び仰向けになり、天井にむかって大きく息を吐いた。
とにかく今日は色々ありすぎて疲れた。これ以上あれこれ考えるのはよそう。
玲仁は体を丸めると、目を閉じ、むりやり意識をシャットダウンした。