天照、立ち上がる①
夏へと近づきつつある六月中旬のさわやかな休日。
玲仁は今日もベッドに寝転がりながら、相変わらずスマホをいじっていた。
光景だけでいえば一年前と変わらないかもしれない。それでも彼の中では、一年前の六月とは違う日々を過ごしている。
「『進化』によって生まれる従神もいるんだ……」
一年前ならただゲームを遊んでいた玲仁は、今やヤオヨロズの研究に余念がなかった。今日は、提が連れていた『猿田彦命』という新しい従神のことが気になりヤオヨロズをいじっている。
先日の提が連れてきた『猿田彦』という神は、特定の従神を一定量集めることで得られたという。そのことが気になっていた玲仁は、ヤオヨロズで改めて他の従神にも進化できるものがないか調べていた。
試しに玲仁は天照のデータにアクセスしてみた。別にプライバシーな情報をのぞくわけじゃないのに……若干ドキドキする。
そこには、
【進化/覚醒:なし/あり】
と表示されていた。
「進化の他にも覚醒っていうのもあるのか……」
玲仁はふむふむとうなずく。
よくあるソシャゲRPGのセオリーでは、レアリティが低いキャラは進化できる場合が少なくない。一方で超激レアの天照には備わっていない、というのもごくごく自然なつくりだ。
しかし、肝心の進化の仕方も覚醒の仕方もここには詳しくは載っていなかった。提はたくさん道祖神を合成することで猿田彦が生まれた、と言っていたが、たまたま編み出したのだろう。運のない提なりの、ブレイクスルーだったのかもしれないと思うと、あっさり素戔嗚に撃退されたショックは大きいだろうと今になって思えてくる。
「さて、進化と覚醒の方法か――ダメもとでカムナビにヒントがもらえないか聞いてみるか」
そうつぶやきながらボタンをタップした――はずだったが、どういうわけか反応がない。
「あれ? おかしいな」
もう一度メニューから『カムナビ』を選択するが、やはり反応がない。しばらくして、『サーバーに接続できません』というメッセージが表示されてしまった。
それから様々なメニューにアクセスしようとしたが、どれもこれも全く表示されない。終いにはタイトル画面に戻され、それ以降ログインできなくなってしまった。
「何が起きてるんだ」
玲仁は一度アプリを閉じ、スマホのホーム画面をみた。よくみるといつも通信状態を示しているはずの電波マークが表示されていない。
「電波がきてない……」
途方に暮れていると、突然部屋のドアが開き、頭巾に白い割烹着というまるで昭和のオカンのような出で立ちの天照が、自然と入ってきた。
「玲仁様、おはようございます」
「……その恰好は?」
「ああ、これですか」
天照は自分の姿を見返しながら、ひらりとその場で一回転した。
「清掃する際に、最も適した服装です。すっぽりと衣服に被せ、汚れから身を守り、機動性に加え、着脱もたやすい、あらゆる面で清掃において優れた性能を備えた衣服です」
「そ、そっか……」
いつの時代の記憶を引っ張り出してきたのだろう……気になってしまうが追求したところで埒が明かないことも知っている。ひとまず当の天照は嬉しそうにしているし、いったんあまり深く考えないようにしよう、そう玲仁は自分に言い聞かせた。
「ところで何か用?」
「はい。玲仁様宛ての郵便物がたまっていたようなので、持って参りました」
天照が封筒の束を差し出す。手に取り、そのうち一番表に見えている差出人の名義を確認する。契約している電話会社から送られてきたもののようだ。
「これは――」
玲仁の表情が突然曇る。天照は首をかしげた。
「どうかされましたか?」
「まさか――」
受け取った封筒をあらためてみてみる。表には『至急ご確認ください』という文字が印字されている。
慌ててビリビリと乱暴に封を開き、中身の文書を広げた。
その内容を目にした後、玲仁は封書を落とし、そのまま床に崩れ落ちた。その様子を不思議そうに見下ろす天照。
「……どのような内容だったのですか?」
「もう終わりだ。ヤオヨロズも、巫としての活動も、おしまいだ」
天照はその文書を拾い上げ、読み上げた。
「九十九玲仁様――再三通知致しましたが、二ヵ月以上経過した現時点で、いまだ振込みが完了しておりません。つきましては六月二十日の十二時を持ちまして、通信サービスの停止を致します……どういうことですか?」
「今日の日時は6月20日、12時3分。つまり、この瞬間をもって僕のスマホは今使えなくなった」
「それは……一大事ですね」
あらためて見返すと、封筒の束はすべて同じ差出人、つまり支払いの催促状だったことがわかった。それを今まで気づかずに今日この日を迎えてしまっていたというわけだ。そういえばここ最近、ヤオヨロズの騒ぎですっかり郵便物の仕分けを行っていなかった。親父もたまには郵便受けくらい開けてくれ、と心の中でつぶやく。
「とはいえ、口座に必要分のお金はあったはずだけど……」
ところが今月の請求額が書かれた明細書をみたとき、玲仁はその疑問は解決した。
今月の額が前月の請求額を大幅に上回っていたのだ。その正体は追加パケット通信料……つまりその月で利用可能なデータ通信料の上限を大幅に超えていたのだ。
玲仁は毎月ちょうどやりくりできる額を文世から小遣いとしてもらい、口座に預け、引き落としをさせている。そのため少しでも余計に費用がかかれば即アウトだ。
ヤオヨロズを使ったことで想像を超える通信量が発生するとは……完全にノーマークだった。神の代物といえど、アプリはアプリ……ということなのか。
「こうなったら……奥の手だ」
玲仁は立ち上がり、封筒を握り占め、部屋を出た。
階段を駆け下りると、リビングでテレビをみていた文世のもとに近づいていく。休日ともあってリラックスモードの文世は、グレーのニットのトップスに、タイトだが伸びのよさそうな黒いボトムスをはき、足を交差させていた。手にはコーヒーカップを持ち、至極ご満悦だ。
そんな文世の前に、玲仁は膝をつき、頭を下げた。ただならぬ様相に、文世が眉をひそめた。
「何だ玲仁……気味が悪いぞ」
ちょうど天照が玲仁に追いつき声をかけようと近づいた瞬間、玲仁が口を開いた。
「父さん……お金を……貸してくださあいッ!」
玲仁が力強く頭を下げ、地面にぴったりとおでこをつけた。
こんなにはっきりと父親に服従の姿勢をみせる玲仁を、天照は初めてみた。
しばらく、沈黙が流れる。文世は静かにもう一度コーヒーを口に運び、喉の奥に流し込む。ごくり、と音がした。
「……ダメだ」
「そんな! 父さん、頼むよ……」
「忘れたのか? お前と私、二人で交わした約束を」
「うっ……」
「男二人で生きていくうえで、互いに取り交わした約束は、絶対に守る。――覚えているな?」
「小遣いはひと月に……一度きり。欲しいモノがあれば、自力で稼げ」
「その通りだ」
「わかってる。ただ本当に一大事なんだ。スマホが使えなくなったら――大変なことになるんだ」
「ゲームができなくなることが一大事とでも?」
「いや……それもそうだけど、それだけじゃないんだ」
ヤオヨロズのことを言い出すわけにもいかず、歯切れの悪い答えしか出せない玲仁。
「てろくに連絡もよこして来ないやつが良く言うな」
「うう……」
「さあ、そこをどけ。おれの希少な休日のリラックスタイムをこれ以上奪わないでくれ、シッシッ!」
文世にあっけなくあしらわれた玲仁は、うなだれたままリビングを後にした。天照にも目をくれず、そのままとぼとぼと階段を上がっていく。やがて自室に戻りバタン、と戸が閉まる音がした。
天照はその瞬間、これは自分の主の緊急事態だと確信した。




