1-3 反撃
あたりを包んでいた光がおさまり、さすがに二度目ともあり明たちもすぐに落ち着きを取り戻した。
「驚かせやがって。また何か現れるのかと思ったぜ……」
そう明が口にした途端、妙な声が聞こえてきた。
グル……。
まるで獣のうなるような声だ。
だが周囲を見渡してもそれらしき動物の姿などない。
グルルル……。
再びうなり声がする、明らかにそばにいる?
だがただならぬ気配を感じ、玲仁が何気なく横に目をやると、そばに立っていた狛犬の像が小刻みに震えていた。
「まさか」
……ガルルルルルッ!
次の瞬間、狛犬の像はなんと台からひょこっと飛び降りた。
石でできているはずの体毛。まるで風を受けてなびいているかのように、柔らかくうねっている。
玲仁は目を疑った。
「玲仁様が引き当てたのは狛犬のようですね。この状況をにおいては申し分ない戦力かと存じます」
そこにいる誰もが目の前の光景を疑っているが、天照だけは平然とその様子を眺めている。
もはや認めざるをえない。これは現実だ。
玲仁は我に返り、ヤオヨロズの画面をのぞいた。これまで空欄だったデッキにいつの間にか情報が追加されている。天照大神と狛犬だ。
「お、お前らびびってんじゃねえ!」
明が声を荒げる。
「さあ玲仁様。彼らも立派な従神です。あなたの指示を待っていますよ」
「え、えっと……じゃあ、『明たちを懲らしめろ』――」
玲仁が言い切るより前に、それまで大人しくうずくまっていた狛犬が顔を上げ唸りはじめた。明たちが再び後ろにじりじりと下がる。
「しょ……所詮、犬だろ?」
「ガルルルッ!」
狛犬は力強く地面を蹴ると、ひと跳びで明たちの目の前に着地した。同時に数名が背を向けて逃げ出した。
「た、助けてえ!」
「お前ら、どこに行く気だ!」
それまでの態度とは一変し、明を取り巻いていた連中が散り散りに逃げ始めた。狛犬は吠えながら逃げる彼らを追いかけはじめた。
「ひいいいいいっ!」
不運にも標的となった一人の上に狛犬がまたがった。相手の襟元をくわえ、顔を左右に振り今にも引きちぎりそうだ。
「か、勘弁してくれえ!」
犬とはいえ、元は石像。生半可な重さではないだろう。どんなにジタバタしたところで逃げられるはずもない。
阿鼻叫喚の図、とはこのことだろうか。玲仁はただぽかんとその様子をしばらくみつめていた。
「さすがにちょっとやりすぎな気が……それくらいにしてあげて!」
すると狛犬は口にくわえていた相手の襟を放し、相手から離れた。
「玲仁様……いつのまにか大将の姿がありません」
「明か……いつのまに逃げられたかな」
「どうしましょう……」
「ヤオヨロズで何かまたいい方法ないかな……」
と、根拠なく思った玲仁は、ヤオヨロズのホーム画面の右下隅に【メニュー】という小さなボタンがあったので、試しにそれをタップしてみた。【環境設定】【お知らせ】【プレゼントボックス】などの各機能が並ぶ中に【案内機能:カムナビ】という機能をみつけた。
「これは――」
玲仁がそのボタンをタップすると、スマホから突如声が響いた。
「はじめまして! 『カムナビ』デス!」
「わっ! 誰?」
「私はこのヤオヨロズアプリに関する基本機能解説を行う者デス。何なりとお申し付けクダサイ」
すごい。チュートリアル機能。しかも音声ガイド付きだ。思わず玲仁のテンションも少し上がる。
「玲仁様、これからどうしましょう?」
「ううん……あ、そうだ。ねえカムナビ、狛犬の特殊技能をみるにはどうやればいい?」
「デッキ編成画面からキャラクターのアイコンを長押しし、各従神の特殊技能をご確認クダサイ。各従神に関する能力の詳細も合わせて確認デキマス」
「なるほど」
言われた通りに編成画面をのぞくと、再びデッキとそのユニット、つまり天照と狛犬のアイコンが表示される。
「狛犬は☆3のレアか。えっと天照は……☆5の超激レア!? ウソ、これめちゃめちゃすごいじゃん」
まあ確かに可愛さは☆5クラスなのは間違いない。天照の能力も調べればわかるが――
「玲仁様、まだですか?」
「あ、うん。何でもない。そうだ……狛犬狛犬……」
玲仁は急いでデッキにはめられた狛犬のうちの一体を、指先で長押しする。すぐにプロフィール画面が表示された。
「HP、SP、攻撃力――わりと一般的なゲームに似た種類のパラメータっぽいな……あ、あった」
スキル、と書かれた見出しの下に、二行の空欄がある。それぞれ『発動技能』と『常態技能』という小見出しがついていた。カムナビが補足する。
「スキルはどの神も1つずつ、計2つ所有シマス。発動技能は、使用した瞬間効果が発動シマス。もう一方の常態技能は、従神が存在しうる限り、常に効果を発揮しているものデス」
「基本的にはよくあるスマホRPGのルールと同じだな……」
そして、狛犬の発動技能をみる。
「なるほど。この特殊技能なら……明を追跡できるかもしれない」
怪訝な表情の天照と、本物の犬のようにしっぽをふる狛犬の両方にみつめられながら、玲仁は確信に満ちた表情を浮かべていた。