4-3 ちっぽけな悩み
学校までの全力ダッシュもむなしく、玲仁と天照は結局遅刻し担任にきっちりしぼられた後、ようやくむかえた昼休みに屋上で疲れ切った心身を癒やしていた。
「今朝の件、相変わらずの機転でさすがでした」
「ん、バトルとしてカウントされないって件のこと? とっさに思い出せてよかったけど、紙一重だったな……」
普段、教室にいる間は人目もありなかなか天照と自然に話がしづらい。こうして天照と話せるわずかな時間は、玲仁にとってひとときのやすらぎだった。本当はヤオヨロズを通じて会話は可能だが、とりとめもない会話をヤオヨロズを介して行うのはそれはそれで何だかしっくりとこない。
「浮かない顔で、どうされました?」
「僕は、巫という立場を甘くみていたのかな」
玲仁は快晴の空を見上げ、つぶやく。
「たまたま巫に選ばれて、君みたいなすごい神様が味方について、力を得て、達成感もあって……でも、僕は一体何のために戦っているのだろう?」
「……玲仁様は、巫に選ばれたことを恨んでいらっしゃいますか?」
天照の視線に気づき、玲仁は慌てて起き上がり首を横に振った。
「いやいや、そこまでは思わないよ。ただ僕みたいな大して目的もないような人間になんでヤオヨロズが与えられたのかって、不思議に思うんだ。僕には水元さんみたいに切実な動機も、それを背負う覚悟もない」
「しかし全ての巫にとって従神との出会いには、何らかの意味があると……私はそう信じています」
そうだ。天照だって、自分の存在さえも何一つわからないのだ。だけど彼女がそのことを悔やんだり悲観することは一度もなかった。言葉少ない中で静かに脈打つ、彼女のたくましさを玲仁は感じている。そしてそんな天照と話していると、不思議とやる気が湧いてくる。
「もしかしたら、巫ランクがSになったときに見れるエンディングって、このヤオヨロズを作った人に会える――だったりして。そうだとしたら、聞きたいことが山ほどあるな」
「では、そのためにも勝ち続けましょう」
「うん」
やがて休み時間も終わりに近づき、教室に戻る途中の廊下で、珍しく体育教師の前田が駆け寄ってきた。
「おい玲仁! 今すぐ職員室にこい」
「え、僕?」
「お前意外に玲仁がいるか? 早く。今すぐだ」
屋上にいたことがバレて叱られるのだろうか? 今まで先生に目を付けられることなどなかった玲仁にとって、職員室呼び出しというイベントは想像し得ないハプニングだ。
おそるおそる職員室に入ると、教育指導の吉岡先生が何やら電話口で話ながら、眉間にしわを寄せ、受け答えをしているようだった。ついに来たか、とばかりに玲仁に合図する。
「おう玲仁。お前『すさのお』ってやつと知り合いなのか?」
「エッ?」
教師からその名前を聞くことになるとは思っておらず、玲仁と天照は同時に声を上げた。
「やっぱり知り合いか? それにしても変わった名前だな……古風というか神々しいというか……」
「……何かあったんですか?」
「どうもうちの高校の生徒がそいつともめたらしいんだが、警察がきいても身元がわからず、挙句の果てにどうもお前の名前を出しているらしい」
なんて余計なことを。そばにいるときのみならず、こんなところまでトラブルを持ち込んでくるとは。玲仁は言葉を失っていた。
「とにかくよくわからないが、これ以上もめごとになると困るんでな。お前、知り合いなら行ってきて話を収めてくれ」
「授業はいいんですか?」
「ああ、構わん。正直お前が不良と何かつるんで悪さするような輩だとは到底思えんから、何かの間違いだと思うが……とにかく早く行って蹴りをつけてきてくれ」
高校から歩いて十五分程度離れたところに、目的地の交番はあった。中に入ると、椅子にふんぞり返った素戔嗚と、少し離れたところに座るガラの悪そうな青年三人組、そしてその前でうんざりした顔の警官の姿があった。
良く見ると、少年たちは全員服がボロボロで顔に擦り傷や青あざがある。しかも何かに怯えているのか、全員顔も上げず、誰とも目を合わせようとしない。
「ああ、君が彼の知り合いか」
「あ、えっと……何かあったんですか?」
「君の友人が彼らを殴ったんだと」
玲仁が素戔嗚に視線を移す。素戔嗚は呆れたように口を開いた。
「絡んできたのはこいつらが先だ」
素戔嗚が三人組をにらむと、全員びくりと体をこわばらせ再び目をそらすようにうつむいた。警官がため息をつく。
「とまあ、さっきからこんな感じなんだよね。氏名を書かせようとしても『すさのおだ』、としか言わないもんだから。身元は、って尋ねたらツクモレヒトを呼べ、の一点張りだったんでね」
「なるほど。で……どうすればいいですか?」
「まあ、あの悪ガキ連中も馴染みのある顔だし、穏便に済ませられるならそれでいいよ。この書類だけ書いてくれたら、そいつを連れて帰ってくれる?」
「わかりました」
そう言って、玲仁は警官が差し出した書類を眺めた。無論、色々と情報は足りないが、なんとかごまかすしかない。神だなんて言えるわけもないのだから、ひとまずこの場を取り繕うことが最善だ。
「それにしても、親御さんとかは来てくれないもんなのかね?」
「えっと、彼も家庭で色々ありまして……自分のことをあまりしゃべりたくないだけだと思います」
「まあこれだけ荒れるんだから家庭事情にも色々あるんだろうねえ……とにかくもうもめごと起こさないように約束してくれ」
「申し訳ございませんでした」
ものわかりのいい警官で助かった。これ以上追及されたら、ヤオヨロズのことをしゃべらなくてはならなくなる。そんな説明、絶対信じてくれるわけないだろう。
警官が三人組に標的を移し聴取を始めたので、玲仁は素戔嗚を連れそそくさと交番を出た。
近くの公園に場所を移し、玲仁は素戔嗚に告げた。
「素戔嗚、普通の人間には力を奮ったらダメだって」
「手加減はしたぞ」
「君の力じゃ手加減したって何が起こるかわからないよ。人殺しになったら……僕はおしまいだ」
素戔嗚は憮然とした表情のまま、いまだに自分に落ち度はない、と主張しているようだ。
「今君がいるこの世界、特にこの日本という国ではみんなが平和に暮らしてるの。わかる? 君が今まで過去にどれだけ暴れて来たかはわからないけど、ここではそれはしないでくれ。頼む」
「平和……? ここ数日ずっと待ちゆく者共を眺めていたがが、どちらかといえばこの世界の人々はみな、不満に満ちた顔をしているぞ。あの青年たちもきっとおれと同じで、ただ生かされるだけの世界に退屈しているのではないか?」
乱暴な論理だが、一理ある。僕もこれまでの日々はただゲームを遊ぶことでその退屈な世界から目を背けてきた。素戔嗚も短絡的なようで案外観察眼は鋭い。
「貴様も――毎日その小さな機械を眺めて何が楽しい? 退屈ならばもっと遠慮なくおれの力を使え」
「それは……」
「まあいい。もう貴様の指図は受けない。お前にその気がないなら、好きなようにやらせてもらうだけだ」
素戔嗚が背を向け、遠ざかっていく。呼び止めることすらできないのか――玲仁が自問自答しているそのとき、別の人物が声をかけてきた。
「す、すみません」
背後から声をかけられ振り返ると、そこには色白の中年男性が立っていた。顔も身体もほっそりとしている。決して気の強いタイプではなさそうだ。
「あなた、巫……ですよね?」
「ど、どうしてそれを」
玲仁は驚いた。素戔嗚もその言葉を聞き、立ち止まる。その言葉を知っているということは少なくとも――
「実は、私も巫なんです」
まさか、ここでバトルになるのか――玲仁は思わず身構える。すると、男は驚いたように両手を振って違う違う、と連呼した。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなたに戦いを仕掛けるつもりはさらさらないのです。むしろその逆で……頼みをきいてほしいんです」
「頼み?」
予想外な言葉だ。素戔嗚もまだそばで聞き耳を立てている。
「実はさきほどの戦いぶりをたまたま目の当たりにしてしまい、すぐにお強い方だと確信したものですから――それで交番でのやりとりなど、一部始終をこっそり聞かせて頂いちゃって――あ、本当に盗み聞きするつもりはなかったんです! ただその方の名前やあなた様の様子からして、これはもしや人間ではないのでは、つまりこの方は私と同じ巫かと思い、つい――」
「いいからさっさと本題を話せ」
男の回りくどい話し方に、素戔嗚が苛立ちをみせる。
「ああああ、すみません! つい熱くなると長く語る癖が。その……力を見込んでお願いがあるんです。とある者を、追い払って欲しくて」
「追い払う?」
「はい」
「でもあなたも巫ならご自身で戦うこともできるのでは」
「そうなんですが、なにぶん私の神はあまり戦い向きではないものでして……」
「それで俺たちに依頼だと? ずうずうしいもんだな」
「素戔嗚、そこまで言わなくても」
しかし、本当にその言葉を真に受けてよいものだろうか? 提に騙された件がよみがえり、玲仁は警戒する。
「……あなたの従神は、今どこにいるんですか?」
「今は――職場にいます」
「職場?」
よっぽど人間社会に溶け込んだ神様なのだろうか。
「そう簡単に信じてもらえるわけがないですよね……でも、本当なんです」
僕を倒すつもりなら、素戔嗚と合流する前に奇襲をかけてもいいはずだ。今のところこの人が嘘をつくメリットがあまり思い当たらない。少しは信用してもよいのだろうか。
「追い払うと言っても、そもそも一体何があったんですか?」
「実は私レストランを営んでおりまして……経営者でもあり、料理長でもあるのですが」
なるほど……職場とは飲食店のことか。
「そこで……最近とある男が私に脅しをかけてくるようになりまして」
「脅し?」
「はい。私の店に訪れた際に巫の秘密を握られてしまい、ばらされたくなければタダで食わせろ、と」
「それはひどい……」
「それだけならまだよかったのですが、最近はことあるごとに顔を出してきて、ついには金を出せと恐喝までしてくるのです」
「聞く限り、だいぶ小物だな」
素戔嗚が鼻で笑う。
「警察には届け出なかったの?」
玲仁は質問を続ける。
「それをしてしまえば、私の秘密もバレてしまうので。彼もそれをわかってやっているのでしょう」
「確かに。しかしその人も巫というものを理解しているなら……彼が巫である可能性も大いにあるってことだね」
「確証はありません。続きは私の店でお話しますが、いかがでしょうか? 早ければ……今晩にでも」
「こ、今晩ですか?」
いい大人が高校生に厄介払いを頼むなんて若干図々しいし気もする。ただ嘘をついているようには思えない。
そしてもうひとつ、これは巫と戦えるチャンスかもしれない。ここで断れば素戔嗚は本当に愛想を尽かしてしまうだろうし、俵さんが味方になってくれるならば、こんなお膳立てされた機会を断る理由はあまりないだろう。
「とりあえず……一旦詳しい話を聞いてもいいですか?」
「あ、ありがとうございます!」
俵は玲仁の両手を握ると、力強く上下に振って感謝の意を込めた。まだ依頼を引き受けるとは言っていないが――玲仁はぎこちなく笑った。
「申し遅れました。私、俵宗祐と言います。あらためてよろしくお願い致します」
「九十九玲仁です。よろしく、お願いします」




