1-2 邂逅
「玲仁様って……僕のこと?」
玲仁は困惑していた。もちろん、何もないところから突然人が現れれば誰でも困惑する。
ただ、それよりも何よりも驚いたのは――
超絶可愛い、ということだ。
そしてそんな子が、なぜ玲仁の名前を知っているのだ。これほどのカワイイ子、今までの人生で出会っていれば、間違いなく忘れないはずだ。
光を放ち現れたその少女は、すたすたと玲仁のそばへと歩み寄る。
緊張のあまり玲仁の体が固まる。
「あなたの従神となりました、天照大神と申します」
したがみ……あまてらす……なんだって?
玲仁は返事に詰まる。
「今から私は、あなたに仕える神です」
「……神って言いました?」
「はい」
「しかも、僕に従うって?」
「はい」
天照は平然と答える。
この娘は何を言ってるんだ。玲仁はますます困惑した。
「おいてめえ、さっきからおれを無視してべらべらいちゃついてんじゃねえよ!」
天照が明に視線を移す。
明たちが身構えると、天照は再び玲仁に向き直り、語りかける。
「玲仁様。ご命令ください」
「えっ、命令?」
「彼らのあなたを見る目が穏やかではありません。手を施すべき状況かと推察します」
「それはまあ……その通りなんだけど」
彼女に何ができるというのか? 変わった格好ではあるが、どうみても普通の少女だ。不良の男たちを相手にできるわけがない。
「ははっ、おちょくってんのか? おれたちの邪魔をするなら女だろうと容赦しねえぞ」
だが天照はそのあどけない表情とは裏腹に、明の言葉にもまるで動じない。
「玲仁様に危害を及ぼすつもりなのであれば、受けて立ちます」
明の取り巻きたちはその謎の覇気に気圧され、戸惑いを見せ始めていた。
「この方々を退けることを許可して頂けないのであればーー十秒だけ目をつぶって頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? 目をつぶる?」
一体何を始めるつもりなんのだろうか? とりあえず言われるがまま、目をつぶってみる。
「おい、何コソコソしゃべってやがる」
「五秒経ったら、目を開けてください」
「わ、わかった……」
「おい! また無視とはいい度胸じゃねえか」
明が玲仁に掴みかかろうと向かってきた。玲仁はその声にびくびくしながらも、恐怖に屈して目を開けまいと、どうにか自らに言い聞かせる。
「さん、に、いち……ハッ!」
明が玲仁に再び掴みかかろうという寸前、天照の全身が輝きはじめた。
明は突然の光に驚き、動きが止まる。
「玲仁様、目を開けてください」
玲仁がゆっくりと目を見開く。天照をのぞく周りはみな、目に手を当てている。
すかさず天照が、玲仁の手をとった。突然の出来事に玲仁は慌てた。
「ただの目くらましです。この隙に逃げましょう」
そう告げると、天照は素早く玲仁の手をにぎったまま、走り出した。玲仁はわけもわからず、手を引かれるがままついていく。
二人は境内の裏手に回ると、物陰にいったん身をかがめ、息を殺した。遠くから、いない、やられた、などと騒ぎ立てる声が聞こえる。
玲仁は少しずつ落ち着きを取り戻し、出来事を整理し始める。
「――君は一旦ここから逃げたほうがいいよ」
「なぜです?」
「なぜって……彼らにまた会ったら君も危ない」
「ならば、いっそう逃げるわけにはいきません」
「どうして?」
「玲仁様は私の巫です。従神だけが一人逃げるなど、ありえません」
「巫……?」
「巫とは、従神を使役する主のことです。私には玲仁様を守るために戦う義務があります」
どこまで信じるべきなのか玲仁は迷った。ハンパな冗談を口にするようなタイプには到底みえない。
なんと返すべきか悩んでいると、天照がはっとした表情で話し始めた。
「私は……なんて浅はかだったのでしょう。玲仁様を助けるために逃げたつもりが、根本的な解決にはなっておりませんでした。巫にお仕えするものとして、何たる不覚」
「……へ?」
天照は人差し指を顎に当てると、しばらく頭の奥底にある情報を引き出すかのように目を閉じ沈黙すると、再び口を開いた。
「これを使いましょう」
天照はそう言って、玲仁の手元にあるスマホを指さした。
「ヤオヨロズを使うのです」
「……どういうこと?」
「しかしそのためには、もう一度拝殿の前に戻る必要があります」
「そんなことしたら……また彼らに見つかってしまう」
「ですが、それが現時点で最も勝率の高い方法です。私を信じてください」
そう言って天照は玲仁の手をとった。玲仁はどきっとした。
ここまで言われて引き下がるわけにもいかない。
ふたりは注意深く音を立てないように物陰から出ると、天照を連れて拝殿へと戻った。
幸い、周囲に明たちの影はまだない。
「で、何を……?」
「新たな従神を召喚します」
「まさか……さっきの『ガラッ』をもう一度行うの?」
「そのとおりです。さすが玲仁様、察しがお早い」
「またあれを鳴らすのか」
「先ほど玲仁様はまだ一度しか召還を行っておりません。私の記憶が確かならば……一日三度まで行うことが可能です」
「じゃあ、後二回できるってことか」
玲仁は気を取り直して、『ヤオヨロズ』を立ち上げ、本坪の前に立った。
「おい」
恐る恐る、振り返る。
明と数名の取り巻きが、背後に立っている。
「のこのこ戻ってきたのか? お前らバカか?」
こいつに言われたくないが、まあ言いたいことはわかる。自分でもまだ半信半疑だ。会ったばかりの見知らぬ少女の指示を真に受けて、ここに戻ってきたのだから。
とにかく躊躇している暇はない。玲仁はなかば強引に『ガラッ』をめいいっぱい振り鳴らした。
ガラガラガラン、とけたたましい音が鳴り響く。突然の玲仁の奇行に、一同は驚き、呆気に取られていた。
ひとしきり鳴り終えた後、静寂があたりを包んだ。
「何も――起きない?」
玲仁がつぶやく。
「いえ、見てください」
あのときと同じように、玲仁のスマホの画面が輝きだした。通常のスクリーンの出力としては考えられないまぶしさだ。バッテリーは大丈夫なのかと余計なことを考えているうちに、またしてもあたり一面はまばゆい光に包み込まれていった。