はねのいろ
「また、先生におこられたの? そろそろしっかりしなくちゃね」
ボクは、お母さんにそういわれた。少しおちこんじゃって、部屋にとじこもっちゃった。
でも、がまんしてもおなかはすくんだよね。
ごはんの時間になったから、ドアをあけたんだけど……。
そこには、お父さんもお母さんもいなくて、ボクのイスやテレビもそこにはなかった。
ただ晴れた空のいろが一面に広がってて、ポヨポヨと、まあるいものがうかんでいた。大きいのや小さいの。いろは全部しろい。ボクは知ってる。こういうの水玉もようっていうんだよね。
「おや? 君は、はじめて見る顔だね」
キョロキョロしていると、上から声がふってきた。見上げると、大きいまあるいのにのったおばあさんがいた。
おばあさんは、たてとよこに線が入ったゆかたを着てた。これも知ってる。こうしもようっていうんだ。いなかのおばあちゃんが、同じようなのをよく着てたから。
「ここはどこですか?」
ボクはたずねた。
「なにも知らないで来たのかい? ここは、『はねのいろ』を決めるための場所さ」
「はねのいろ?」
「そうさ。ほら君のせなかにもあるだろう。しろいやつが」
ボクはうしろを見た。でも、自分のせなかは見えないよ。
一回くるんとまわったら、おばあさんが指をパチンとならした。なにもなかったところに、大きなかがみがでたからビックリ。
「うわー。本当だ。ボクって天使だったんだ」
見ると小さなはねが、パタパタしてた。
「ほっほっほ。君たちみんなについてるものだよ。天使というわけじゃないさ。君のせかいでは、見えない人ばかりのようだがね」
とくいげにせなかを見せたのに、あっさりいわれた。
「さぁ、君はなにいろにするのかい?」
「このはねにいろをつけるの?」
「そうだよ。そのために来たんだろう?」
……いや、自分の部屋のドアをあけただけなんだけど。そうおもったけど、口には出さなかった。
「なにいろでもいいの? ボク、きいろが好きなんだけど」
「もちろんあるとも。きいろは、ゆうきをくれるいろだよ。あかは、いっしょうけんめいになれるいろだし、あおは、たちどまってかんがえることができるいろだ。みどりは、心をおちつけるためのいろで、むらさきは少しおとなに見せるためのいろ。ぴんくは、人気ものになるためのいろさ。ほかにもいろいろあるけど、きほんはこんなものかね」
おばあさんが、目のまえにみほんを出しながらおしえてくれた。
「ボク、しっかりしたいんだけど。……でも、きいろもいいなぁ。ふたつはだめ?」
「かんがえるためのあおはいいだろう。だが、きいろとふたつとなると……。あおときいろをまぜたら、みどりになってしまう」
「じゃあ、よっつとか、いつつならいい?」
「そんなにまぜたら、まっくろになっちまうよ。自分のこと消してしまうつもりかい?」
「このまま、しろじゃダメなの?」
「しろいいろは、生まれたばかりの人間さ。大きくなってもそのままなんて、それこそ天使ぐらいのもんさ。大きくなると、いろをつけないといけないんだよ」
ボクは、いっしょうけんめいかんがえた。そして、かんがえついた。
「じゃあ、もっともっとたくさんのいろをつけてよ。くろにならないように」
「くろにならないように、たくさんのいろをかい?」
「うん。いろをならべてつけて」
おばあさんは、あきれた顔をした。
「よくばりな子だねぇ。まぁ、君がおとなになるまで、まだ時間はたくさんあるから、それまでの間だけならね」
そうボクにいって、あたらしいいろをつけてくれた。
「ありがとう」
ボクはおれいをいって、もどるために道をあるきだした。
「いいかい? おとなになっていろが決まるまでだよ。君がこのいろと決めたとき、しぜんとそのいろにそまるからね。自分だけのいろを見つけるんだよ」
「うん」
せなかからきこえるおばあさんの声にふりむいた。
目にうつった大きなかがみには、にじいろのはねがパタパタとうごいていた。
それは、ボクのせなかで、とてもうれしげに、たのしげにおどっているように見えた。
「大きくなったとき、なにいろになるかワクワクするな」
ボクは、しろく光る道を一歩ずつ進んで、いつものドアをあけた。
「お母さん、おなかすいた。今日のごはんなに? おちゃわんならべるの手伝うよ」