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第57話 パン屋、エストラス

「んじゃあな、ガントレット売ってくれてありがとうよ」


軽い挨拶をレイトナットにすませて店を後にし海への道を歩き出す。


「これが私のガントレット……~♪」


恍惚とした表情でレイトナットから買ったガントレットを腕にはめて眺めるシーナは上機嫌のようで隣で原付にしたグロリアを押している俺の耳にも鼻歌が届いてくる。


これは……チャンスなのか? 


上機嫌真っ最中のシーナを見て確信する。


(これはもしかしたらもしかするぞ)


今まで果たせなかったシーナとのバイク二人乗り!


初めてシーナにあった時はまだあまり互いを知らなかったこともあってか二人乗りを拒否された、だが! 今ならば! いけるはずだ! 


期待がこみ上げる。


「なあ、シーナ」

「はい?」


なにか? と振り向くシーナはやはり目に見えて上機嫌だ。


よしっ。もらった。


「歩いて行くと時間かかるから後ろに乗れよ」

「そうですね、では失礼します」


少し考える間が空いたがシーナは後ろに乗ることにしてくれたようだ。


ありがとう……神様。


心の中でヤンキーではない神様に感謝した。


「あら? シーナ。もう用は済んだの?」

「アリスさん! そちらもですか?」

「ええ、終わったわ」


「げっ、アリス……」

「なによ」

「何でもない」


なんという不遇、なんという不幸! 招かれざる客の来訪に歯ぎしりしてヤンキーの女神に中指立てた。


「そのガントレットを買ったのね。良いデザインだわ」

「そうですよねっ。これグラニアス製なんですよ!」

「へぇ、グラニアス製……」


そんな俺の心境を露ほどにも知らず女子二人は立ち話をしている。


これはマズイ。女子の立ち話は長いんだ。


独り会話の外から二人を眺めながら停滞する状況に足踏みして無理やり話を終わらせることにした。


「お話中すみませんね、お二人方。お話はこれできり上げて海に行かないか?」

「「……」」

「あれ?」


俺が話に割り込むと二人はまるで幽霊が通って静かになったかのように口を閉じた。

なに? 俺は幽霊? 


「ねえ、シーナ。さっきおいしそうなパン屋があったの、行ってみない?」


おいおいおい! まてまてまて、シーナはこれから俺と海に……


「行きましょう!」


シーナさ~ん(泣)


俺との海に行く予定はアリスの誘いに負けてしまったようだ。

許さんぞアリス、シーナを食べ物で釣るなんて。


「こっちよ」


アリスはシーナの手をとりパン屋へと誘導する。アリスがシーナの手を取る動作は速くその後のスタートダッシュも速かった。


「まてまて! 俺も行くぞ」


独り取り残されそうになった俺は先を行く二人を追いかけた――


ちょっと待って、歩くスピード速くない? あとなんでそんな細道に入るのかな? 撒かれそうなんですけど。

異様に速いスピードで細道を行く二人をミキトは華麗なバイク捌きで追跡して何とか付いて行くことができた。



「ほら、ここよ。最近できたパン屋さんらしいんだけれど評判はすごくいいわ」

「もういい香りがします」

「そうでしょう」 


二人を追う事十分後、俺の目の前には香ばしい小麦の焼ける匂いを放つ店が建っていた。

外装は先の武器屋レイトナットなんて本当に倉庫だったんだと再認識させるほど綺麗に建った店構え。さらに大きな窓からは集客効果を狙ってか店で作られたパンが綺麗に飾り付けられている。これはもう入るしかない。

 だが一つ、問題があった。


「シーナは何にするの?」

「そうですね、私は~「すまんっ! アリス!」

「なっなに?」


香ばしい匂いに釣られて店に入ろうとする二人に割って入る。

これはどうしても頼むしかない。

 アリスは話に割って入ってきた俺の顔を訝しげに見ていたがそんなのいつものことだ。今はそんなの問題ではない。問題は……


「頼む! お金貸して!」


そう、俺は一銭も持っていない! 


「いやよ」


予想できた答えが返ってくる。

だがッ! 諦めない!


「お願いしますッ! お願いしますッ!」


秘儀、連続お願いします。

この技で俺はヤンキー女神を押し切った、この技に掛かれば大抵なんとかなる。気がする。


「金貨一枚も返してもらってないんだけれど? いつ返すの? 期限は? 利息は? 返済のあては? あ・る・の?」


金を借りる前にまずは借金から返せと至極もっともな正論を投げかけられるがそのとうり、俺はまずアリスに借金を返さなければならない。でも一つ言わせて? 俺は無罪だ。

 免罪を心の中で訴えるがきっと聞く耳を持ってくれないだろう、悲しいかなこれが現実。なんか痴漢免罪を受けた人の気持ちわかった。


「無いならそこで指咥えて見てなさい。シーナ、行きましょ」

「ごめんなさい、ミキトさん」


返す言葉もないと黙り込む俺にアリスは意地悪い笑みを浮かべて申し訳なさそうに小さく手で謝るシーナと店内に入って行ってしまった。

別にいいし、ウィンドショッピングするから! 


独りパン屋の前で立ち尽くす黒ずくめの男は不審極まりなかったがかと言ってどこかに行く当てもない。

残念だが本当にウィンドショッピングをして待つことになりそうだ。


「いいな~、うまそ~」


大きな窓から見える様々な形のパンを覗き込む。

綺麗に並べられたパンはフランスパン、メロンパン、表面に光沢があるがこれは砂糖がまぶしてあるのかな? 

元世界と同じような形のパンから味を連想する。


グゥ~。


ダメだ、パンを見ていると腹が減る。

店内ではアリスとシーナがバイキングのようにパンを好きに選んでいる姿が見えて余計腹が減った。


「くっ、金さえあれば……」


ガラス越しのパンは手を伸ばせば触れそうだが届かない、その距離感が俺の腹を騒がせる。


ああ、金さえあれば……


なんという格差、アリスは金持ち、シーナもお金を持っている。対して俺は借金持ち……

己の境遇に嘆く。だがその嘆きは心優しき女性の耳に届いた。


「あの……」

「はいっすみません! すぐに消えます!」


パンを見つめていて気がつかなかったがガラスに反射して映る俺の背後にいつの間にか女性が立っていた。

その女性はスラリとした体躯で細さの中にしなやかさもあわせ持っていた。

茶色い髪はセミロング、獣耳は見えない。

一言で言おう、美人だ。


「あの……」


女性の姿に見とれていると女性の小さな口が開いた。


「もしかしてお腹を空かせてますか?」

「いえ、そんなことは……グゥ~。あります」


美人の前でお腹すいたなんて情けない姿は見せられないと見栄を張ろうとしたが俺の腹は俺よりも正直者だった。


「ふふっ、正直ですね。その窓に置いてあるパンですがそろそろ廃棄してしまうのでよかったら貰ってもらえます?」

「あ、ありがとうございますっ!」


俺はこの世界に来て三人の女神様に会った。一人はヤンキー、もう一人はおねえさん、そしてもう一人は……


「はい、どうぞ」


もう一人の女神様は聖母マリアだ。彼女の背を後光が眩く照らしているように見える。

手に持つパンの袋は抱かれるように優しく持たれている。ああ、パンの袋よ、俺とそこ代われ。


「でも今回だけですからね、働かざる者食うべからずです」

「はい……」

「じゃあ、がんばってね」

「はい……」


パンを手渡し店内に入って行く後ろ姿からでもわかる気品にただ、見とれていた。


「がんばろう……」


まだパンを口にしていないが俄然やる気が出てきた。

これはもうやるしかない、やれる気しかしない。


「シーナ、そんなに食べるの?」

「食べれるときに食べるんですっ」


女性が店内に入ったのと代わりパンを買い終えたアリスとシーナが店から出てくる。


「ごめんなさいね、ミキト。一人にして、パンの耳があるけどいる?」

「ふっ」

「なによ」

「なんも」


パンを買い終えパンの耳を餌を垂らす様に見せつけるアリスとパンをくれた女性を比較して鼻で笑う。

スタイル、性格、容姿ともにアリスの負けだ。


「あれ? ミキトさんそれは……」

「ああ、これ? 聞いて驚け、パンだ。心優しい女性が恵んでくれたんだ。心優しい女・性・が・な」


シーナが俺の右手に持つ袋に気づき、仕返しと見せつける様に袋からパンを取り出してアリスへと見せつけた。

どうだ? さっきまでの威勢はどうした?


「あっそ、よかったわね」


アリスは一瞬黙ったかと思うと怒ったように道を歩き出した。


「どうした? 怒ってんのか?」

「うるさい、乞食」


まて、乞食は無いだろう。酷い罵倒だ。


「あーあ、ミキトさん……」


シーナはなってないなぁとでも言いたそうな顔をして俺を置いて先を行くアリスを追いかける。


なにこれ。勝ったはずなのに負けた気分。


「どこいくんだよ~」


そして俺は行き先の分からない二人を原付で追いかける。


そしてパン屋エストラスは今も香ばしい匂いを道までのばしていた。

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