第46話 力
「死んだか~?」
細い首を片手で絞め動かなくなった相手を離し無造作に地面に落とす。
落ちた身体は意思の無い肉塊の様に動かない。
「ミキトさんッ!」
二人の倒れた鹿の獣人の狩場にまた一人とシーナが踏み込んでくる。
「アリスさんっ、ミキトさん……ミキトさん……?」
アリスとミキトを捉え安堵するもミキトは呼吸の動作すら見られずそこに”落ちていた”。
心臓の拍動が不規則に暴れまわる。
次いで足が感じている自分の体重すら感じなくなり、曖昧な感覚が足元と地面を接着しているような、していないような浮いた感覚になる。
「また一人来たか。お前はこいつらの仲間か~? 一人は殺したぜ~」
「……」
ドク、ドクと心臓の拍動が胸の中で暴れ体が熱くなる。
すぅうう。
暴れ、統制の出来ない身体と裏腹に呼吸は整っていた。
「ふんッ」
「おッ!?」
ドボッという拳が肉体にめり込む音が静寂な狩場の空気を切った。
「うっ……ううううオオオオ! いてぇじゃねぇかーー!」
シーナの素手のパンチを筋肉で纏った腹に喰らい、後ろによろつく。
(こいつ……なんちゅー力だ……身体強化魔法か? モロに喰らえばいくら身体強化していてもダメージを喰らう)
身体強化魔法で強化された身体能力、治癒能力があってもこの攻撃を喰らうのはマズイ、と判断してシーナから距離を取る。
アリスに斬られた右足のアキレス腱、右腕は既に血が止まり傷はふさがっていたが、シーナのパンチで盛り上がった腹筋は青く変色し内臓にまでダメージを喰らったようで腹の奥の不快な感覚が動きを鈍くする。
「はぁぁぁあああ!」
強い脚力で地面を蹴り鹿の獣人に詰め寄る。
「うおっ……とっ」
直線に突っ込んでくるシーナに鹿の獣人は右に踏み込んで回避する。
「フッ! ハア!」
それをシーナは追撃する。
しかしシーナの拳は空を切るだけで鹿の獣人の身体にはかすりもしない。
(こいつ素人だな……魔兵じゃないのか?)
次々と繰り出されるシーナの拳はパワーはあるだろうが大きな振りかぶりの、予備動作の大きい素人同然の動きだった。
グローブも無い、服装も甲冑を身につけず身なりはそこらの町娘だ。
「へばったか~?」
「くっ」
相手が素人と分かり余裕が出来る。
シーナは攻撃のラッシュに意識を集中するがどうやっても当たらない焦りから更に大ぶりの無駄な動きになって泥沼にはまっていた。
戦況はどう見ても鹿の獣人に分があった。
「ほ~ら、よっ」
大きな振りの拳を躱し、後ろに回り込み延髄めがけて蹴りを放つ。
獣人の脚力と身体強化魔法を組み合わせた延髄蹴りは例え防御ができても延髄を砕く。脆い人間ならば首まで飛ぶだろう。
「くっうううう」
しかし自分より小さな少女の首は飛ばない、それどころか少女は自分の首を両手でガードし、受け止めていた。
「なっ」
信じられないものを目の当たりにして驚愕する。
見た目は只の少女、受け止められる訳が無い。
それに身体強化魔法や防御魔法を纏っていても少しは前に動くはずだ。
「ハァ!」
困惑して隙の生じた鹿の獣人にシーナは首をたたみ、鹿の獣人の脚の下を潜って背後を取り、背中の中心、脊椎へと大振りの攻撃を繰り出す。
「ぐああああっ!」
ビキィと骨の砕ける音が拳から伝わる。
シーナのパワーと素人同然の大振りパンチによる遠心力で威力が増幅し鹿の獣人の脊椎を砕いた。
「クソがぁああああっ……死ねぇ!」
脊椎を砕かれ足元のおぼつかない力の入らない足で近くの木にもたれ掛かりシーナを睨みながら座り込む。
最後の悪あがきと近くに落ちていた大鉈をブンとシーナに投げつける。
「コントリーティオ」
が、短い呪文と同時に飛んでくる大鉈は何処かえと消える。
「アリスさんッ! 良かったっアリスさん……」
アリスは生きていると確信していたが今まで動きを見せなかった為、心配していたが今は額に流れた血をぬぐい、立っていた。
「顔が赤いですよ? 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、それより今はこっちが先よ。 ミキトッ早く起きなさい!」
がミキトはアリスの呼びかけに応えない。
「アリスさん……ミキトさんは……」
「生きてるわ……こんな時に寝てるなんて信じられないけれどね。でも、もう一息って所かしら、直ぐに終わらせるわよ」
「はいっ」
ミキトの生存を喜びシーナは攻撃の態勢に入る。
二対一、戦況は逆転しシーナ達の勝利に見えたが戦況は上手く回らない。
「俺がこんな……人間なんかに……負けるかッ。血と肉を、命を引き換えに我に力を与えよ……ウールトラコンフォータンス!」
ビギギギ……と鹿の獣人の呪文により赤く肥大した筋肉は更に大きく膨らむ、筋肉の肥大は皮の耐久を超え血を噴きながら赤い筋肉が現れる。
「アアアアアアアアアっ!」
悲鳴を上げる筋肉と共に鹿の獣人も暴れ狂う。
寄りかかる木には鹿の獣人の血の赤がべっとりと付いて茶を赤に染めていた。
「うううッうっ、うっ」
あらかたの血が噴き止んだと思ったら筋肉の肥大だけでなく上に大きく成長し始める。
体長は元あった二メートルぐらいから倍の四メートルまで大きくなる。
その姿は獣人ではなくゴーレムと形容できた。
「こいつ……超身体強化魔法まで使えるの!?」
目の前の姿を変えた獣人の魔法に立ち尽くす。
ウールトラコンフォータンス、身体強化魔法よもり上のレベルの超身体強化魔法。
使えるものは限られ、使用する場合身体に大きく影響を及ぼす、大抵は死につながる魔法である。
それに加え元々の身体能力の高い獣人がこの魔法を使うのは反則と言えるほどの力を得るだろう。
「……」
大きな体躯の化け物と対峙する。
角はさらに太く大きくいびつな形に曲がり太い脚はずっしりと地を踏みしめ太い腕は馬をも素手で引きちぎれそうだ。
「うううううっうっうぅぅうう……」
だが完璧な重戦士の身体を持つ鹿の獣人の顔はアリスが身体強化魔法を使った時の様に苦痛に歪んでいた。
さすがの獣人でもこのレベルの魔法は身体に負荷が掛かる様で瞳孔を開き、頭を押さえている。
「ぐあああアアッ!」
「シーナっ!」
「はいっ」
突如咆哮を上げアリス達に殴りかかるも冷静さを欠いた大振りの攻撃は避けられてしまう。
ドッガアア……――ン。
地を揺らす一撃。
鹿の獣人の攻撃は大地に放たれた。放たれた攻撃は固い地面を陥没させるが鹿の獣人の腕も反動してきた自身の力で折れた。
だが、ありえないほどの力による副産物で空を切った腕の振りは空気を巻き込み風圧を生み出す。
「うっ」
腕の振りで生み出された風圧はアリスとシーナを吹き飛ばした。
「シーナッ! 大丈夫!?」
吹き飛ばされ空中で体を捻り着地したアリスはシーナに呼び掛ける。
「大丈夫です!」
呼び掛けに応じたシーナも上手く着地したようで傷は見られない。
「あああッあっあっ!」
痛みを感じたのか再び頭を押さえ唸り始める鹿の獣人。
シーナに砕かれた脊髄は再生し、自身の力で折れた腕も直ぐに治っていた。
「恐ろしい治癒能力ね……」
折れた腕が元に戻るのに数秒、という異様な速さに息をのむ。
「はあっ」
瞬間、シーナが物怖じせずに怪物に拳を構え突っ込む。
ドッ。
シーナの拳は鹿の獣人の膝、関節を撃つ、それにより鹿の獣人は片膝をついた。
いくら身体強化されていても関節部分を壊されたら上手く動けない。
シーナの攻撃は敵の弱点を突く上手い戦法だった。
「シーナ! 離れなさいっ」
「くっ」
しかし、驚異的な回復能力で膝の再生が始まる。
驚異的な再生能力にこれ以上対抗手段がないとアリスの元へ退避する。
「オオオオオオオオッ!!」
驚異的な身体能力、回復力に対し二人はなす術が無かった――
――(眠い……)
ふと目を開け空を見上げてここが森の中だと悟る。
長らく眠っていた為だろうか手先の感覚などの五感が曖昧だった。
寒くも無く、暖かくも無い。
音も聞こえず静かな、ライブの終わった後のライブハウスの中に独り取り残された感覚だ。
(あれ……? 何で森の中で寝てるんだ?)
見上げる景色の中で風に揺れている木の葉をボーっと眺めるミキトはまだ意識がはっきりしない。
(……あ、あれはシーナにあげたブランケット……)
ゴロンと横に転がした頭の先にピンクのブランケットが地面に落ちていた。
それはミキトがシーナの脚を見て怒らせてしまいお詫びとしてあげた物だ。
(酷いなぁ……大切にしてくれよ……)
と落ちているブランケットを拾おうと身体に力を入れ腕を伸ばそうとする。
「――ッ! アリスッ!」
その時、身体の感覚が戻り自分が置かれている状況も思い出した。
「……何だ? あの音」
感覚が曖昧だった時は気づかなかった音が少し離れた所で聞こえる。
きっとアリスが独りで鹿の獣人と闘っているんだ。
まだ少し力の入らない脚に力を入れブランケットを拾い、アリスの元へ駆けだした。




