第45話 鹿の獣人
ヒュイン。
――ガッ!
森の中では鉄と鉄が当たる音や何かが空を切る音が戦闘の中、BGMの様に流れていた。
「ミキトッ前方に三人ッ! 二人は私がやるわ、ミキトは一人をお願い!」
「御意」
アリスの命を受け一人の敵を請け負う。
ミキトはズボンのポケットの中の少なくなったパチンコ玉を一つ取り出し手にセットした。
「ッ! 炎の矢! 敵を――」
「フッ!」
アリスの接近に気づいた敵は詠唱を始めるがピュっと一閃、アリスの腰から光が走り守られていない敵のこめかみを斬る。
「あっああああああ!!」
致命傷には至らないもののこめかみから溢れる血は視界を赤く覆い敵の戦意を喪失させる。
実際の闘いでは生死との勝負の前に痛みとの勝負なのだ。
「はっ」
流れ出る血に気を取られている敵の喉元を訓練されたかの様な流れる動きで突いて気絶させた。
お見事。
アリスの動きは達人と言えるものだった。
それに日本刀の鞘の走らせ方に無駄は見えず、抜刀術に長けていることが分かる。
というか刀初めて抜いたね
「この野郎ッ!」
残心を取るアリスに一人が剣を振り上げ切りかかった。
「アリスッ」
ミキトは咄嗟に手にセットしていたパチンコ玉を敵の手に撃つ。
「ぬわぁっ」
突然走った激痛に剣を振り下ろす動作が遅れる。
「よくやったわ、ミキト」
ヒュッ。
「うっ……」
動きの遅れた敵の喉にヒュッっと手刀を入れ敵を気絶させる。
「さて、位置指定! 前方の敵腕を含む胴体部! 来いッタイヤ!」
華麗に二人の敵を気絶させたアリスに続きミキトも目の前の敵に向き直りタイヤを召喚して拘束する。
「何だこれはッ!」
突然何かによって拘束された敵はバランスを崩し地面に倒れた。
「クソがっ抜けねぇ!!」
ゴムのタイヤによって身体の自由が取れずジタバタと身体を地面で動かしている敵に歩み寄り親指に力を籠めるミキト。
「てめぇ! ぶっ殺すぞ!」
「雑魚キャラかよ……」
雑魚キャラの様なセリフを吐く敵に笑いを漏らしながら右手の親指を敵の額につける。
「何すんだッてめぇ! おい!おめぇなんかな――」
コッ!
「オガっ……――」
固い骨の感触が爪に響き、敵は白目をむいてセリフの途中で気絶した。
「面白い戦法ね、初めて見たわ」
「まあな」
初めてのこの戦い方はアリスさん……あなたで使いました。
初めてみたミキトの闘い方を称賛するアリスはこの戦法が自分に使われていた事を知らない。
「次に行くわよ」
「はいはい」
つかの間の休息も与えられず次の敵を倒しに向かう。
「いた……一人……獣人か」
「気を付けなさいミキト」
独り森の中で獲物を捜し歩いている頭に鹿の角を生やした獣人がいた。
服は動物の皮と重厚な甲冑を身につけ大鉈を片手に握っていて魔兵を斬ったのか血が滴っていた。
「オオオオオオオオッーーー!!」
筋肉に覆われた腹が膨らみ肺に空気を詰め込み怒声を森全体に響かせる。
「うっ……」
「……っ」
四十メートルは離れているが獣人の怒声に委縮してしまう二人、ミキトに至っては手先が恐怖で震えていた。
「アクアサズィータ!」
「ッ! フロントガラスッ!」
ガッ。
前方の獣人の怒声に気を取られ近づいていた他の敵に気づかず間一髪のところで敵の攻撃を止めた。
「喰らえ!」
ビュ。
右手にセットしたパチンコ玉を敵に撃つ。
が、遠すぎた為、命中せず敵は森の中に身を潜めた。
ミキトの身体強化は右手の親指だけで精密射撃や早撃ちと言った能力は無い。
「ミキトッ背中を合わせなさい!」
次の攻撃に対応できるようにアリスと背中を合わせ、いつ来るか分からない攻撃に備える。
(どこからくる……)
遠くでは火花が散り、炎や水、雷といった魔法が繰り出され戦闘渦巻いている。
だが少し離れたこの場所は気持ちが悪いほど静かだ。
まるで敵の狩場に足を踏み入れたみたいに……
「ッ!」
見えない敵の視線を感じそちらを見るが何も見えない。
「はぁはぁはぁ……」
見えないプレッシャーは戦闘に慣れていないミキトの身体に纏わりつく。
汗が額から鼻筋に沿って流れ顎先に滴を作る。
背中も汗で濡れてアリスの甲冑の金属質の感触がダイレクトで伝わる。
「ミキト、落ち着きなさい。深呼吸して」
「あ、ああ」
乱れた呼吸が背中合わせのアリスに伝わったのだろう、アリスはミキトに深呼吸をするように進言した。
スゥ~ハァ~、スゥ~ハァ~。
周りを警戒したまま鼻から息を吸い息を口から吐く事で少しだけ楽になり視野が広がった気がした。
「ありがとうよ」
「どういたしまして」
冷静を少し取り戻したミキトは眼を据え攻撃に備える。
固いアリスの甲冑から自分は独りではないという安心感が湧いてきた。
「ッ! コントリーティオ!」
後ろのアリスが敵を発見したのか呪文を唱えた。
ボッ。
と同時にアリスの前方の木と地面が一本丸々消失する。
「あら? 敵が見えないわね。消しちゃったかしら」
サラッととんでもない事を口走るアリス。
「殺しちゃったよりかはいいのか?」
痛みなく消えたのであろう名も知らぬ敵に冥福を祈り合掌しておいた。
ドドッ。
「!?」
何か重い音が走ってくる、静かなこの空間にその音は重々と轟いた。
ドズン……ドズン。
その音はどんどん近づいてくる。
この重々しい音を発する者の正体を知っている。
「おおお~二人か~少ねぇ~な。ま、いいか」
頭に鹿の角を生やした獣人はブンブンと乱暴に大鉈を振るって威嚇している。
その鈍い、重い音は刃物ほど恐怖は覚えないが鈍器のような殴る音は持ち主の性格を表わしているようだ。
目の前の有に二メートルはある筋肉の発達したボディービルダーとも言えるその風貌に赤い眼がニヤニヤと獲物を見据えていた。
「コントリーティオ!」
アリスが先制攻撃を仕掛けるが鹿の獣人は素早く、大きな体躯を丸めて横に転がり回避した。
速い、あの図体でなんて速さだ。
「ミキトッ」
「ああッ。位置指定、敵の腕含む胴体部! タイヤ召喚!」
横に転がり体勢を整えようとしている鹿の獣人の胴体部にタイヤを召喚し拘束する。
「うっお? なんだこりゃ~キツイな~」
拘束された上半身を起こし自身の身体を拘束する黒い物体を見てまるで子供に悪戯をされたかのように笑った。
「フンっ」
そして次には丸太の様な太い腕に筋肉の筋と太い血管が浮き上がり拘束しているタイヤを引き伸ばしていった。
引き伸ばされたタイヤはどんどん細くなり裂け目が現れ始める。
ブチッ。
引き伸ばされたタイヤは伸長に耐えられず無残に切られてしまった。
「あっはっはっは!言い筋トレだったぜ~。じゃあお遊戯は終わりだ。コンフォータンス」
ギッ……ギギギギッ。
「オッオオオオオオオオオッ!!」
何かの呪文を唱えたと同時に鹿の獣人の鍛えられ上げた筋肉は茹で上がったように赤くなり筋肉が震え始めた。
こめかみには血管が浮き上がり強く脈打っているのが分かる。
「ッ! 身体強化!? やりたくないけれど、面倒ね……コンフォータンス!」
鹿の獣人の呪文は身体強化魔法の類の様でアリスも対抗するように同じく、身体強化魔法を唱えた。
「うっ……うううううう……っ」
「アリスッ!」
同じ呪文を唱えたアリスの白い肌は赤く色付く。
どうやらこの魔法は自身の身体に負荷がかかるようでアリスは苦痛に歯を食いしばって耐えながらうめき声を上げている。
「おいおい~、お嬢ちゃ~ん。身体に悪いぜ~? その魔法は体が出来てないと辛いぜ~?」
アリスの魔法を自分の下位互換と判断し、苦痛に歯を食いしばるアリスを見下す。
が、アリスは気丈に振る舞う。
「お前みたいな頭の悪い奴が使っても上手く扱えなくてさぞ辛いでしょうね……」
「何だとッ」
アリスの安い挑発に乗り鹿の獣人は赤く滾る筋肉に力を籠め大鉈を振り下ろす。
ガンッ。
鹿の獣人の攻撃はガッっという柔らかい肉を切る音ではなく固い地面を斬る音を出し空を切った。
「遅い、やっぱりパワー任せの馬鹿ね」
「なっ! 後ろ!?」
ヒュッとアリスは小さな体を鹿の獣人の股下を潜らせ背後を取っていた。
その動作はあまりにも早くてミキトの眼では追えず瞬間移動したように見えた。
「ふんッ」
ザシュッ。
右足のアキレス腱を真一文字に斬る。
「ぐああああああっ!!」
「まだよ」
続けて刀の刃を上に向け、刀の背に手を添えて鹿の獣人の太い前腕部を下から斬り上げる。
ドシュ。
アリスの刀は鹿の獣人の腕を斬り落とす事は出来なかったものの獣人の唯一の武器を手放させることには成功した。
ガランと音を立てアリスの足元に落ちる大鉈。
武器を手放し回避した鹿の獣人にはもう武器は無い。
「消えなさい。命だけは助けてあげるわ」
肩で息をしながら最後のチャンスを与える。
しかし、それは甘かった。
直ぐに追撃をすれば手数でアリスが勝っていただろうがアリスの優しさか誠実さが危機を招く。
「……もう調子には乗らねえ、油断もしねえッ! 殺してやるッ!」
ピィィィィィンとした静寂が荒々しい鹿の獣人のセリフの後に戻ってくる。
異様に静かな空間はこの場所だけ特設されたステージの様だった。
だが、このステージはミキト達の為に特設されたものでは無い、鹿の獣人の為に作られたステージだ。
ヒュ――
鹿の獣人の身体が歪んだ、と思ったと同時に背後に大きな影が出来た。
「なっ!?」
「うぅらあああ!」
振り上げる拳にバッっと反射的に頭を抱え身を守る。
「プレイズィーディウム!」
鹿の獣人の攻撃よりも早くミキトに着いたアリスが呪文を唱えた。
ドンッ。
「うっ」
背中を強く押されるような力が背中に当たる。
背中に衝突した力はミキトの身体を持ち上げ前に飛ばす。
「いてて……痛くない……?」
攻撃を背中に喰らいヘルメットを被った頭から木に激突するが痛くなかった。それだけでなく身体に傷も土も付いていなかった。
アリスの魔法のおかげだろう。
「アリスっ、助かった……」
身を守ってくれたアリスにお礼を、とアリスに顔を向けるがアリスは鹿の獣人の前で仰向けで倒れ額から血を流していた。
「何で……」
自分は守れなかったのか? 何で? 俺のせいで?
自問を重ねるが自問によってアリスの傷が治るわけでも今の状況が好転する訳でもない。
「くそぉぉおおおおおおお!」
自分の無力と愚かさに怒りを覚え自暴自棄になり敵に向かっていく。
「フンッ」
「ぐあっ」
ミキトの突進は鹿の獣人の横薙ぎであしらわれてしまう。
「お前から殺してやる」
太い鹿の獣人の指がミキトの首にめり込み気道を圧迫する。
「ううう……ぐっ」
首を絞め付ける鹿の獣人の指を首から剥がそうとするがビクともしない。
(クソ……クソッ)
悔しさの為か窒息による反応でかミキトの瞳から涙が零れる。
やがて鹿の獣人の首を絞める指に対抗していた腕は力が抜けダラリと垂れた。




