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第42話 一日衛生兵

「俺も野営か……」

ミキトは一人、薄暗くなり始めている地面に目線を落としながら彷徨う。


「酷すぎないですかね……異世界転生してドラゴン撃退したんだからもう英雄な筈なのに……」

ブツブツと不満を漏らしながらそこらを散歩する自称、英雄。

 自称英雄は今アリスに締め出され、帰る家の無いホームレスとなっていた。


「ノーガスの所に行こう……ん? 怪我人か……」

一夜を過ごす場所としてこの隊の中で唯一の知人のライン・ノーガスの所へ向かおうとすると草の上に寝かされた怪我人がミキトの目に入ってきた。


「うぅ……」

「クソッ! 痛ぇ……」

怪我人は火傷や流血を患いうめき声を上げている。


「……ドラゴンと戦ったんだ怪我人が居るのは当たり前だよな……」

元世界では見られない景色が今目の前に広がっている。

 よく”海外に行ったら見方が変わる”と聞いていたがそうかもしれない、治安の良い元世界では見られない激痛に顔を歪める者、衰弱した身体で外気に身をさらしながら空を見上げる者、その者達を献身的に看て回る衛生兵。

 目の前に広がる情景はミキトの心を揺すった。


「全く……」

やれやれとミキトは怪我人が寝かされた場所を背にしてジープに戻った――



――コンコン。

「アリスッ! 降りろッ!」

ジープのドアには優しくノック、アリスには厳しく叱咤するとジープからアリスが降りてくる。


「降りろ? 何か用かしら? 巨乳さん」

降りてきたアリスは不敵に笑いミキトの前に立ち失礼なあだ名でミキトに応える。


「貧乳さん! ちょっとそこどいて」

「あ?」

失礼なあだ名にはあだ名、とミキトはアリスに応えながら未だジープの後部座席で寝ているシーナを降ろそうとする。


「お~い? シーナ? 降りてくれ、お~い?」

後部座席のシーナは揺すっても起きない、何が何でも起きないという意思すら感じる。

「仕方ない……よな?」

チラとシーナの身体のラインを見て自分に言い訳をする。

ジープから降ろすためにシーナの身体を触るのは仕方がない事だ……そう自分に言い聞かせシーナの肉付きの良い健康美脚に手を伸ばしていく……


「起きてますよ」

「うおっ」

突然、瞑っていたシーナの眼が見開きシーナの脚に伸ばしたミキトの腕を掴む、掴まれた腕はシーナの常人離れした握力に締め上げられる。


「痛いっ! ギブッ!」

空いた手で自分の太ももをタップしギブアップするとシーナが腕を離してくれた。

「痛ぇ~」

腕にはクッキリと手形が残っている。


「寝込みを襲うのはどうかと思うんですが……」

「起きていたんなら聞いていただろ? 一回降りて欲しいんだ」

「何でですか?」

「見てれば分かる」

なぜ寝たふりで過ごそうとしたのか聞きたかったが今のミキトの優先順位はジープを大型のセミトレーラーにする事だった。



――「ここら辺だな」

ジープを隊が野営の準備を行っている場所から少し離した広い平地まで移動させ停車する。既に窓の外は日が落ちて暗闇に包まれていて、離れた野営所で火が焚かれ小さな光を無数に作っていた。


「よしっ……セミトレーラーになれ!」


グググ。

ジープの運転席でミキトは唱える、それに応える様にジープは躍動し変形していく。


グググ。

「この変形にも慣れたな」

うごめくその様は魔獣の腸内にいる様に思えるがミキトは何回もこの状況を経験している為もう驚かない。それどころかただのアトラクション感覚だ。


ググ……グン。

「終わったか」

変形を終えジープは大きなトレーラーを牽引したセミトレーラーとなった。

ジープの運転席は青や赤のボタン、ランプの備え付けられたセミトレーラーの運転席となりフロントガラスは大きく見開いて視界を広くした。


「ポチッとな」


ウィィィ……――

ミキトが備え付けのボタンを押すと後方から何かが動き出す音が聞こえてきた。

 セミトレーラーの荷台のトレーラー部分が開いているのだ。

 開く際に生じる音は機械的な特徴のある音で今、ミキトの乗っているセミトレーラーが異界の物であると象徴する。


ウィィィ……――ガタッ


何かが突っ掛かり止まる音が聞こえるとそれ以降、機械的な音はしなくなり暗い辺りの静寂が戻ってきた。


「よし……」

トレーラー部分が完全に開いた音を確認したミキトは高い運転席からステップを踏んで降りる。扉の大きさ、重さなど愛車グロリアと違う事に違和感を覚えるがそれもその内に慣れるだろう。

 

「位置指定、トレーラーの中。来い! 絆創膏! 包帯! 消毒液! ティッシュペーパー! ウェットティッシュ!」

開いたトレーラーの中に大量の医療品を召喚するとトレーラーの一角に大量の医療品が山ずみになって召喚された。

 山の中の召喚物を一つ一つ手に取り確認する。

良かった召喚できてる。

 日用品の中に絆創膏などの医療品が入っているかと心配したがすべて召喚できたようだ。


「さて……」

ミキトは少し離れた野営所に目をやり歩き出した。




「失礼します。ライン・オーガスさん、今よろしいですか?」

「ミキトさんですか、どうぞ」

「失礼します」

ライン・オーガスの了解を得てテントに入る。

 野営所では火を起こしている兵や武器の手入れをする兵、負傷者の看病をする兵など皆、多忙に追われて騒がしい空間の中に他のテントよりも少し大き目の、一目で上の者がいると分かる根城がありそこにライン・オーガスが居ると見て出向いた。


「何かありましたか?」

「いえ、何かあった訳ではないんですが……」

ライン・オーガスの無精ひげを生やした顔には疲労の色が見て取れて、また何か問題ごとが? というような顔をしている。

 隊をまとめる者はこんな物だろう、他人よりも苦労して苦悩する。目の前のライン・オーガスは自分の中の社畜のイメージとピッタリ合っていた。


「負傷者をより衛生的で安全な場所に移動させて治療をしたいのですがよろしいでしょうか」

「治療ですか!? しかし今、医療品の支給は使い果たしています……」

「医療品は簡素な物ですがこちらで用意させてもらいました」

「本当ですか!」

難題の一つを解決し荷が軽くなったという様にライン・オーガスの顔は明るくなる。

「ありがとうございます。直ぐに移動させましょう。……衛生兵! 今からこの人の指示に従って負傷者を移動させるんだ!」

感謝感激と喜びを伝えながらライン・オーガスの指示により負傷兵はミキトのセミトレーラーのトレーラーの中に運ばれた。


「衛生兵は……これだけか」

負傷者をトレーラーの前に移動させた後、衛生兵を集めたがミキトの前には三人しかいなかった。

 少なすぎないか? こんなもんなの? 

この隊にはざっと三百人は居たはずだ、それに対して衛生兵が三人はいくら何でも少なすぎる。


「指示をお願いします!」

所々違和感を感じるが今も怪我を負った兵士がこのセミトレーラーに押し寄せている。

ミキトに違和感の正体について考えている時間は無かった。


「では二人は特に重症の兵士の怪我を見てください。……治癒魔法ってあります?」

「ありますが全ての人は治療できません」

「なるほど、では直しきれなかった場合は包帯と消毒薬があるのでそちらで対応お願いします」

「分かりました」


「残りの一人は軽傷者の治療、処置をお願いします」

「はいっ」

「では、お願いします」

ミキトの掛け声と共に指定された担当に回る三人の衛生兵達、その動きは迅速でまさに衛生兵と言える物で感心した。


「意外と指示を出すのが上手いじゃない」

指示を終え一息ついた所にアリスがやってくる。その後ろではシーナがアリスに隠れる様についてきていた。


「当たり前だろ。弟にはコンビニまで走らせ、後輩には自分が楽するために命令してたんだから」

「こんびに? は分からないけど命令だけは上手いのが分かったわ」

褒めているのか馬鹿にしているのか分からないアリスの言葉はひとまず置いておく。


「今人手が足りないんだが看病に回ってくれないかな?」

「いいわ」

「えっ、いいの?」

お嬢様のアリスが引き受けてくれるとは思わずシーナに頼んだが意外や意外、アリスが即答で引き受けた。

「私もやります」

アリスが引き受けたからか遅れてシーナも名乗りを上げる。


「ありがとう、じゃあアリスとシーナで軽傷者の治療を頼む」

「わかりました」

「わかったわ」

ミキトの指示で動き出す二人。

二人は的確に押し寄せる負傷者を重傷者、軽傷者と捌き消毒と包帯で応急処置を施していた。

 シーナは初め、戸惑いながら負傷者に声を掛けていたが三人、四人と処置していく中で慣れたのか率先して負傷者の看護に回っていた。

「これは……酷い傷ですね、消毒液掛けときます」

「いてててて、いたい!」

ブジャッっと消毒液を乱暴に傷口に噴出させるシーナ。

慣れたといってもそれは他人との会話に慣れたというだけの事で治療に関しては素人以下だった……


(こんな傷唾付けとけば治るとか言い出しそうだな……)

荒いシーナの治療を見て心配に思ったが兵士に対してならばこのぐらい大丈夫だろう。


「シーナ! 包帯が足りないわ!」

「はいっ」

そして衛生兵よりも的確に迅速に捌き治療をするアリス。

その姿はベテランの看護婦長と言える程で負傷者の手当てに奔走するアリスの顔はいつものクールな顔と違い必死の表情で初めて見る顔だった。

 ご飯を作ったりと意外と献身的な面があるのだとこの場で再認識させられた。


「ミキトッ! 突っ立ってんじゃないわよっ!」

「はいっ!」

何もせず立っているミキトに喝を入れる。

 アリスの俺に対する当たりの強さがあった事を再認識させられた。



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