第39話 黒い戦士
――「アンタ、本当にクソ雑魚ノーマルね……」
呆れたと言いたげな青い眼がこちらを見て呟く。
「……あっ、クソヤンキー……」
「は?」
「あ……いや、すみません」
ヤンキー女神に謝りながらボーッとした頭で立っているミキトは白い無限に広がる白を見ていた。
「ここは神の部屋ですか?」
「そうよ」
「俺、死んだのか?」
「そうね、あと”また”死んだのよ」
俺の質問を訂正してヤンキー女神が今起きている事実を伝えた。
「車ッ! グロリアは? 俺の愛車は? 今は戦闘機になっているかもしれないけど……」
車がない事に気が付き辺り一面、白い空間で車を探すが車はおろかタイヤの影も無い。
「車なんて必要ないでしょ? もう死んでるんだから……」
死者に口なし、車なし、ヤンキー女神は目の前の死人に教える。
「――……ッ! 異世界転生は……しないよな……」
最後のあがき、と土下座をしても今回はもうダメなようだ……。ヤンキー女神も失望、絶望といった表情をしている。
「ホントっ……もうゲームオーバーね……」
「何で女神様まで死にそうな顔しているんですか……」
ヤンキー女神の顔は今の状況に置かれたミキトより悪かった、もう後がない首を括る直前の人の顔だ。
「もう死んだ様なものよ……アンタが死んだんだから……」
「……?」
そんなにも俺の事を思ってくれていたの? なんやかんだで慈悲深い女神様なんだな、いつもの気だるげな雰囲気が無いからかしおらしく見えて可愛く見えてきた。
「女神さま……あなたは最高の女神様だったよ……」
「うるさい……」
今にも泣き出しそうな儚い少女が目の前にいた、俺の異世界生活は王都に着かずして終わったけれど悔いはない、目の前の女神様に導かれるままに逝こう……そう決めたミキトは最後に一つだけ尋ねる。
「女神様、お名前を教えて頂けませんか?」
「なんでよ……?」
自分の名を聞くミキトの真意が分からないと質問を返すヤンキー女神にミキトはありのままを伝える。
「俺はもうすぐ消えるんですよね? なので消えてしまう前に、慈悲深い女神様の名前を聞かせて欲しいのです。 どうか、最後の慈悲と思って教えてください……あなたの名前をきっと忘れませんから」
「な、なに言ってんのよ///」
ミキトの懇願に頬を染め戸惑うが最後の願い、と聞き入れる。
「アタシの名前は……エスト――『まだゲームは途中だ……』」
「!? なんだ!?」
女神様の名前を聞き逃すまいと跪きながら目を閉じていると女神様の声とかぶり地鳴りのような声が聞こえてくる、その声はゼウスを彷彿とさせるような野太い声だ。
「えっ? でもコイツは死んだはずじゃ……」
女神様は顔を何もない白い天井に向け姿の見えない声の主に聞き返すと姿無き声の主は女神様の疑問に答える。
『そいつは生き返る……戻るのだ、プレイヤーよ』
「プレイヤー?」
俺の事をプレイヤーと呼び姿無き声の主は異世界に戻れと命令する。すると俺の身体は指先から透明になり地面の白が手のひらを抜けて見えるようになってくる。
「や、やったわ……まだ終わってない……」
消える俺をよそ目に女神様は安堵の表情を浮かべ息を漏らしている、その姿は死刑直前に無罪を宣言された死刑囚の様だった。
「た、助かった……んだよな?」
身体が消えていくと共に感覚も消えているので死に近づいているように思える。本当に戻れるんですか? 異世界に?
「あっ」
感覚の消えていく身体に恐怖を覚えながら気づいたようにミキトは女神様に名前を聞き直す。
「女神様っ! お名前を教えてくださいっ!」
もう胴体は消え首だけになっていたミキトは首だけで女神様の名前を聞こうとする。
「うわっ! きもっ……話しかけんなっ」
浮かぶ生首に対して率直な感想だったがすごく傷つく、先までのしおらしい慈悲深い女神様は居らず、そこにいたのはただのヤンキーだった……
「アタシに借金しているの忘れないでよね!」
「……」
心まで裏切られたミキトにヤンキー女神は慈悲の心無く追撃を掛ける。ミキトに返事をする気力は無くただ消えていくのを待つのみ。
スッ。
――ミキトの身体は完全に神の部屋から消えた――
「良かったわ~、これで続行ね」
ミキトが消え、白だけが存在する神の部屋でヤンキー女神は一息つこうとするがまたも姿無き声の主に阻まれる。
『内容の変更がある……お前も向かえ……』
「……えっと、向かうってもしかして……」
『異世界だ……』
「……ハァ~」
変更があるならば仕方ない、どうやら行かなければいけないようだ……。
「参加型のゲーム、ね……」
ヤンキー女神は呟き異世界に行く準備を始めた――
――「――……うっ……生きてる……」
落ちた意識、いや、止まっていた脳が魂を取り戻し起き上がる。戦闘機は森に突っ込んだためガラス部に土や根が覆い、光を遮っていた。
「俺は何回意識落ちるんだ……」
異世界に着てから事あるごとにミキトの意識が落ちている、意識が落ちすぎて脳に障害が出ているのでは? と心配になりながら空を見上げドラゴンを探すが逃げたのか居なかった。
「なんとかなったのか……」
取りあえず身体の方は大丈夫かな?
「ミキトっ」
「ミキトさんッ」
身体に異常はないか確認とするとヘルメットを脱いだ後部座席のアリスとシーナが声を掛ける、声を掛けてくるアリスとシーナの白目は赤い血管が走り充血して潤んでいた。
「ミキト……大丈夫なのよね?」
「ああ、大丈夫だ……」
珍しくアリスが俺の心配をしてくれる……と感慨に浸る暇なくシーナも安否を尋ねてくる。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって……少し口の中を切った位だ」
「見せてみてください」
起きてから口の中で苦い鉄の味がしたが墜落した時の衝撃で口の中を切ったのだろう、と考え問題視していなかったがシーナは重症かもしれません、と上体を前に座っている俺まで乗り出し顔を両腕でガッチリとホールドする。
「シーナさん?」
少女漫画の男主人公の様に強引なシーナの左腕はガッっと俺の後頭部に回り固定すると空いた右手を伸ばしてくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと」
シーナの腕の中で抵抗できないミキトはギュっと目を閉じ身構える。
スッ。
眼を閉じて身構えるミキトの下顎にシーナのきめ細かな肌の感触が伝わりミキトの顎を捕まえる。
”顎クイッ!?”
少女漫画の顎クイッが今起きている……シーナはミキトの顎をクイッと上げ――
――ガッ。
「ほがっ」
シーナの右手はミキトの顎を上げずに思いっきり下に引き強引に口を開けさせた。
「ほあぁああああ」
「動かないでくださいッ」
鉄を握りつぶせるのではないかと思えるほどの握力でミキトの顎を離さないシーナ、ミシッと骨の軋む音がミキトの頭の中で聞こえる。
「ほほあああっ」
「動かないでくださいッ! 口の中が見えませんッ」
抵抗すると更に力を込めてくるシーナの握力に抵抗しない方が身の為と、されるがままのミキトだった――
――「どこも異常ないですね、大丈夫ですっ」
入念なシーナの検診が終わり解放されるミキト、ミキトの顎にはシーナの手形がクッキリと残っていた。
「顎伸びてないよな?」
「鼻の下が下品に伸びてるわ」
アリスに確認を取るが興味ないという様に自分の身体の確認をしながら素っ気なく答える。
「なんだよ……」
「別に、顎も伸びればバランス良いんじゃないかしら」
ワザとそっぽを向いているように感じられるのは気のせいか? と思ったが顔に擦り傷一つないアリスに疑問を持った。
「……何でお前ら無傷なんだ?」
俺は今は無傷だが死んでたんだぞ? 何でお前ら無傷なの?
「防御魔法を使ったのよ……」
「いや、待て……俺にはその魔法掛けてないのか?」
二人が無傷の理由は分かったが俺に防御魔法を掛けてくれなかった事に解せないミキトは責め気味にアリスに理由を尋ねる。
「……ッ、掛けようとしたけれど範囲外だったのよ……すまないわ……本当よ……」
「ああ、なるほど……いや仕方がないよな……なんていうか、ごめん」
悔いるように理由を話すアリスに責めるように尋ねた事を恥ずかしく思いながら謝る。
――「外が騒がしくないですか?」
外に注意を向けていたシーナが外から聞こえる音をキャッチしミキト達も外に注意を向ける。
「え? そうか? 何も聞こえないぞ」
何か聞こえるかと耳を澄ますがやはり聞こえない、だが獣人もどきのシーナの耳は確かに音を拾っているはずだ。ミキトは意を決して戦闘機の風防ガラスを開くと風防ガラスを覆っていた土が上がら落ちてきてミキトに降りかかる。降りかかる土はミキトの頭に注がれ顔に流れ落ちてくる。
「クソッ」
舌打ちしながら土を払う。
「うわっこれは酷い森林破壊だ……」
顔を出し辺りを警戒しながら木々を見るが戦闘機の不時着のせいで木々が折れて直線の道が出来ていた。
「自然保護官とかこの世界にはいないよね?」
居たら絶対逮捕の案件だ、折れた木は綺麗な木輪が見え、自分たちのせいではないと思うが小さな火もついていた。
「傷は……なしっ」
戦闘機になった車のボディに土や根が付いていたが傷は一つも見られずボディに土が付いているだけだった。
「ミキトさん、あそこに誰かいます」
後ろの操縦席から森の中に誰かいると警告するシーナ、戦闘機の傷を確認していた俺は直ぐにシーナの指した方へ向く。
――「黒い流星の戦士……」
ミキトが森の中を注視するとそこに甲冑を身に纏い片手には大剣、人が振るような刀に見えないほど大きく太い大剣を持った三十代程の男だった。堀の深い顔に無精ひげを生やし切れ長の目の中に見える瞳は赤く光っている。
その男はミキト達を見てこう言ったのだ……黒い流星の戦士、と……
「流星の戦士?」
男が口からこぼした言葉がミキトにはどういう意味なのかまだ分からなかった……




