第37話 ドラゴン
「いてぇ~」
右手で赤くなった額をこすりながら血が出ていないか確認する。その間にも空いた左手はオスプレイの離陸準備を進めている。
――バラバラバラ……
太いプロペラが回転し空を切り始め音を立てだす、始めはそこまで大きな音ではなかったが次第に音は大きくなっていった。
「アリス、シーナこれを着けとけ」
運転席のハンドルから手を離し後部に座るアリスとシーナに召喚した耳栓とフルフェイスヘルメットを手渡す。この耳栓があれば機内に鳴り響く騒音を遮ることが出来るしその上にヘルメットを被ると更に遮断性が増し頭も守ることが出来る。
「ミキトさん、これは何ですか」
とシーナは手のひらに置いた黄色いスポンジを見せてくる。
「それを耳に入れて音を遮るんだ」
プロペラの音で自分達の声が聞こえにくくなっているのでいつもより大きな声で耳栓の事を教えるが説明が聞こえたのはシーナだけでアリスには聞こえなかったらしく同じ質問をしてくる。
「ミキト、これは何なの?」
「その聴こえない耳をかっぽじってよーく聞けよ? それを耳にねじ込むんだ」
同じ質問をされるとオウム返しされた時みたいに少しイラッとするよな? アリスの質問に少しばかりイラッとしてしまった俺は始めの方の言葉は小さく話し、終わりの方で要約して大きな声で伝えた。
「……分かったわ、耳をかっぽじって耳にねじ込むのね?」
この騒音の中だから聞こえまい、と発した言葉をアリスは小さな耳でキャッチしていたようでミキトに聞き返す。
「ねじ込みまではしなくていいかな~、はめ込むくらいで大丈夫だ」
「ダメよ、ちゃんと耳かっぽじってねじ込むわ」
「え?」
自分ではなくまるで他人にする、と言っているようなニュアンスで話すアリスに聞き返そうとするがミキトが聞き返す前にアリスはミキトの背後を取りひざ裏を蹴って跪かせ左腕でアームロックを極める。
「うッ……ふはっ」
跪いたミキトはアームロックを極められ動きが取れなかったがデジャヴを感じていた。
”胸当たってるッ! アリスの胸当たってるッ”
以前にもシーナにアームロックを極められた時シーナの胸の厚さと柔らかさには興奮したが今首元に感じている感覚は新感覚だ。何か硬いような柔らかいような不思議な感触が首元を襲う。
”シーナ程ではないがこれも中々……”
どうしてこうも女性の胸は柔らかいのか、何か詰まっているのか、いないのか……
「えい」
「ちょっ……痛ッ」
頭の中で独り哲学を展開しているとアリスの細くて白い指が俺の右耳を凌辱し始めた。耳の穴を片手で無理やり広げアリスの指が俺の中に侵入してくる。
「あああああああッ」
「ほ~ら、かっぽじってるわよ、これでいいのかしら?」
加虐的な笑みを浮かべ凌辱されていないミキトの左耳に口を近づけてくる、吐息と女子特有の甘い香りが俺の左耳を凌辱する。
「ああああああッ♪」
俺の両耳はアリスの凌辱を受け入れて只、遊ばれるしかなかった……――
――「これからは言葉に気を付けなさい」
女王様からの凌辱に俺はなす術も無く完敗した、悔しい……でも、良かった……
試合には負けたが勝負には勝った、そんな気分だ。
「……」
機内でうつ伏せに倒れる凌辱された俺の情けない姿をシーナはただ黙って見ているだけだった。
――「そろそろ離陸できるな」
アリスによってかっぽじられて開いた耳の穴にミキトは耳栓を詰め、その上からヘルメットを被る重装備と、今から戦地に向かう兵隊の様だった。
「ちゃんとベルトは締めたか?」
声を大にして後ろのスペースの壁沿いに設置されている椅子に座る二人に確認を取る。
「大丈夫ですっ!」
「大丈夫よ」
元気なはきはきとした声で返してくれるシーナ、静かに、あまり声をはらずに返すアリス、この二人を比較すると性格も身体も対になっている事が分かる。
「では……」
確認を終えたミキトは離陸に入る……前に機内にアナウンスを流す。
「え~機長のミキトでございます、この度はオスプレイにお乗りいただき大変光栄に思えます。これより当機は離陸し王都へと向かいます、飛行中、小さなアクスっ、アクシデントが起こるやもしれませんがどうか落ち着いて対処してください。では、これよりオスプレイの離陸を開始します。皆さん、良い旅を」
ふぅ~ちゃんと言えた、途中噛んじゃったけどいいか……
飛行機の離陸前に機長が乗客に向かってアナウンスする様にミキトも模倣してオスプレイの離陸前にアナウンスを流した。
「テイクオフッ!」
グイッ。
重いハンドルを引きオスプレイを離陸させる。プロペラは更に回転率を上げて騒音を爆音に変える。唸るプロペラの音は地を揺らし草を揺らし空気を切り裂く、オスプレイの外観は龍、ドラゴンとも形容できるはずだ、この姿をこの世界の住民が見ていたら腰を抜かすに違いない。
――バラバラバラバラバラバラバラバラッッ
フッっとオスプレイから一瞬、重さが消えると同時にオスプレイは地を離れ高度を上げていく、オスプレイは垂直離陸で上がっていき、オスプレイの下の草や小川にはオスプレイが作った風により波紋が広がり草を倒し水面を激しく波立たせているのが操縦席から見えた。
「――ッ! ――っ」
後ろからアリスが騒ぎ立てるがプロペラ音によってかき消されミキトは気づかない。
バババババババッ。
プロペラ音は短いリズムの騒音になり機体が安定していく。
――グッ。
ハンドルを握った手はミキトの意思に従わずにオスプレイを前方へと進め空を駆けていった――
――フィィィィィン。
離陸して数分、オスプレイの駆動音は騒音から高音になり大きな声で話しかければ会話ができる程度にとどまっていた。
「おおおっこれが異世界の全貌か……」
ミキトはハンドルを握りながら操縦席からの異世界の景色を見渡す、ミキトの眼には排気ガスで濁った空ではなく澄んだ青い空が広がり、眼下には森、草原、川、山などの自然が整備されていない元の形のままで大地に住んでいる。
「おっ、シストだ」
遠くにあるシストが小さく目視できたが流石にクルックスは見えなかった。
「――キトっ、ミキトッ」
「何?」
眼下に広がる自然に目を奪われていたミキトにアリスから声を掛けられ惜しみながら目の前に広がる自然から目を離し振り向くとアリスが座席から喚いていた。隣で静かに座っているシーナと比べるとどっちがお嬢様か分からなくなる。
「空を飛んでるわよっ」
「当たり前じゃん」
「落ちないわよね?」
「何とも言えないな」
魔法で空を飛べないのか? とも思ったが今の高度は大体二千五百メートルぐらいだ、生身でこの高度までは魔法を使ったとしても飛べないのだろう。
アリスは気流によって時より揺れる機体にビクつきながらベルトを掴んでいる。
「え~当機は安定飛行に入りました、皆さま、安全ベルトをお外しください」
機体が安定し揺れが少なくなったのでもう大丈夫だろうと、不安そうに足先を動かすアリスときっちりとした姿勢で座っているシーナにアナウンスするとシーナは直ぐにベルトを外し近くの丸窓から外の景色を眺め始めた。
「た、高い……」
丸窓に子供の様に顔をベッタリと付けて興味津々と外の景色を楽しんでいる、一方のアリスはまだ不安なのかベルトを外さず座席に座り、固くなっていた。
「シーナ、隣座るか?」
「いいんですかっ?」
小さな丸窓に顔を付けて外を眺めているシーナを二席ある操縦席の空いた左側に呼び寄せるとシーナは機内を軽いステップで駆けて隣に座ってくる、座った時にフワッとした香りが操縦席に流れミキトの鼻孔をくすぐる。
「……高いっ! あっ、シストが見えますよ! ミキトさんっ」
「もう見えないんだが……」
俺の視力ではもうシストは確認できなかったが獣人もどきのシーナの眼には確かにシストが見えているようだ。
「王都はまだ見えませんね~」
上体を操縦席のフロントガラス近くまで乗り出し王都を探すがまだ見える訳が無い、離陸してから十分ほどしか経っていないのだから。
無邪気に楽しんでいるシーナを隣の操縦席で見ていられるのはこっちも楽しかった、彼女が居たらシーナがいいな。
そんな妄想をしながら二人、外の景色を楽しむ。外の景色は少し雲がかかっているがその雲の動きを眺めているだけでも楽しい、いや、楽しいのは隣にシーナが居るからだ。
元世界で飛んでいたら遥か下に存在する家やビルが密集してもっと面白い景色になっていたに違いないがこの高度でもはっきり確認できる大きな湖は太陽の光が水面を反射して宝石のように輝いている。その周りには荒い岩肌の見える崖があり威風堂々としていた。無機質な作られた風景も良いものだが自然のままの景色は都会育ちのミキトにとって初めて海を見た時の感動と同じぐらいの胸の高鳴りを与える。
「高度もっと上げるか?」
「もっと上がるんですか!?」
「こんなの低いぐらいさ」
あははは、うふふふ、と仲良く操縦席で微笑みあう二人、主観ではカップルがイチャついている様に見えたが客観では黒ずくめの二人組が笑いあっている何とも恐ろしい図だった。
”いや~最高、楽しすぎ~!”
二人の旅はまだ始まったばかり、ミキトにはこれから起こる苦難や災難なんてシーナさえいれば乗り越えられると確信していた。
「これ以上、上げないでちょうだい……」
楽しく笑いあう二人の後ろから弱々しい声が聞こえてくる。そうだった、この旅にはもう一人いたんだ。
弱々しく二人の会話に水を差してくる黒いレディースジャケットの女、アリスは高所恐怖症なのかオスプレイの壁に沿って足元を確認しながら歩いてくる。
「――ッ! アリスッ! そこは危ないッ!!」
「ひやぁぁぁぁぁあああっ」
よたよたと壁沿いを歩いてくるアリスに離陸前にやられたアームロックの仕返しとばかりにミキトはアリスを驚かすとアリスは弱々しい女の子の声を上げてその場にへたりこんだ。
「……ドッキリで~す」
「……」
おどける声でアリスにネタ晴らしをするがアリスはその場から動けず壁を掴んでいる。ヘルメットで表情は見えないがきっと涙目になっているに違いない、仕返し完了、とミキトはスッキリとした晴れやかな気分になる。
「ミキトさ~ん?」
「冗談だったんだよ……」
隣に座るヘルメットの下から刺さるシーナの視線にたじろぎながら弁明する、シーナと結婚したら絶対尻に敷かれるな……俺は胸派だが。
シーナはミキトを咎めた後、後ろでへたりこんでいるアリスに駆け寄りお姫様抱っこでアリスの軽い身体を抱きかかえる。
「大丈夫ですか? 後でミキトさんに仕返ししましょうね」
「シーナ……」
操縦席の後方ではアリスとシーナの百合世界が広がっている。シーナはまるで少女コミックに出てくるイケメンの様にキザにアリスを抱きかかえ、抱きかかえられたアリスは弱々しい少女だった。
と、俺の脳内で再生されていたが、もう一度言う、今俺達は黒一色の装備なんだ、はたから見たら黒ずくめの女が黒ずくめの女をお姫様抱っこしている図なんだ。
と現実に向き直るミキトはシーナの言葉を聞いていなかった……シーナの恐ろしい仕返しがこの先に待っていると気づかずオスプレイを王都に向け操縦するミキトだった……




