第32話 出発
「……ッ!」
何の脈絡も無く眠っていたミキトの意識が覚醒する、いきなり開いた眼に映る物は白だけだったが次第に像が見え始め色が見えてくる。
「ま、眩しい……」
開いた眼は空に向いていて雲一つない青空から遮る物の無い太陽の光は屋敷の庭に降り注いでいた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫……です」
目が覚めた俺に話しかけてきたのは胴着を着た男でも獣耳の生えた女の子でもなく普通の二十代後半の男だった。その男の服装は紺色の長ズボン、紺色の硬そうな襟の付いた上着に上から巻いた茶色いベルトのまるで憲兵の様な風貌だ。
「えーと、警察ですか?」
「けいさつ? 私は私設軍所属のマイク・レイスです」
「あー、はい」
ハロー、マイクと浮かぶが英語でなくても普通に言葉は通じる相手に英語で話すのは失礼だろうと思い普通に返事をした。
「身元の確認を行いたいのですがいいですよね?」
「? 大丈夫ですけど……」
まるで不審者に職務質問を行うような感じで俺に身元の提示を要求する。
「あっと……すみません身分を証明する物とかないです……」
この世界には一人一人が自分の番号とか持っているのか? と思っているとマイクの顔は険しくなりマイクと同じ服装の男を呼んだ。
「もしかして疑われている……?」
今の俺の状態は黒いフルアーマードボディジャケット黒いズボンで、寝ている間に脱がされたのだろう黒いフルフェイスヘルメットが横に置かれていた。ミキトの黒一色染められた服装は他の人から見たら怪しいことこの上ない。おまけに発見した時、きっと俺は燃えた屋敷の主のアリスを襲っていた様に見えたかもしれない。
「ちょっといいかな?」
マイクと仲間に囲まれミキトはお縄に掛かる――
「その男は屋敷を燃やした者じゃないわ」
お縄に掛かろうとしたミキトに凛とした声で声を掛けてくる女の声――
「アリスっ!」
凛とした声に振り向くとアリスがそこに立っていた。髪は銀色に輝き、少し釣り目がちな眼の中に白い瞳があった。キャミソール姿を隠すために布で体を覆っていた。
「その男はただの変質者よ」
「えええ!?」
冷めた眼がミキトに向けられていた。
「くっ……ふふ、んふふ……ふふふっ……嘘よ」
いつもはクールなアリスの顔に付いている釣り目は緩まり口元から笑みがこぼれる、笑みをこぼすアリスの顔はとても可愛く見えた――が
「ちょっといいかしら?」
可愛く緩んだ顔がいきなり無表情になり眼は釣り目に戻った。
え?今さっきの笑みは何? こわっ
小さな恐怖をアリスに覚えながらアリスによって人気な少ない所へと誘われる――
――「あの~アリスさん?」
ミキトはマイクと同じ服を着た男達が歩いている屋敷の庭を歩き先を進むアリスを追いかけるが先を行くアリスはミキトが話しかけても振り向かない。
”やっぱり怒ってるんだよな……”
あの時の失言を悔やむ、あの失言でアリスは暴走して屋敷は半分焼けてしまった。とても顔向けができない気がしてきた。
「たった一つだけよ」
「え?」
人気の少ない燃えていない屋敷の影に入るとアリスは振り返らずに話し始めた。
「どんな訳で本を盗むと言ったのかは詮索しないわ、ただし、一つだけ。絶対に守りなさい」
「な、なんでしょう」
今回の件については詳しく追及しないようだ。
心の広いアリスに感謝の気持ちで泣きそうだった。
だが次の言葉にミキトは本当に涙する。
「損害金としてネーブル金貨二百枚要求するわ、これだけよ」
「……二百枚!?」
この世界の金貨一枚の価値が分からなかったが二百枚という数字がデカいのは分かる、これはとてつもない金額だ……と思う。
「高くないですか?」
「屋敷が半分燃えたのにネーブル金貨二百枚よ? 安いものよ」
「屋敷が燃えたのは俺のせいじゃないのですが……」
屋敷が燃える火種となったのはエナの魔法のせいで俺は一切関係ない筈だがアリスにとってはあの場所に居た俺も共犯なのだろう、責任……とってよね……?という事らしい。
「たった二百枚よ、寝ずに働けば三十年で返せるわ」
寝ずに働いたら俺の魂が三十日で天に還ってしまう。
涼しい顔でそんな事を言うアリスは付け足してもう一言
「ソロモンの事は聞かないで」
「……分かった」
ソロモンの事については話したくないのか釘をさすアリス。ソロモンの事について聞きたかったが先手を取られたミキトは何も聞けなかった。
「ねえ、アンクレットを女性に贈る意味って知ってるの……?」
「えっ? 分かりません」
約束を交わしアリスは日の当たらないこの場所から日の当たる庭へと歩いていくとこちらに振り向き、いつの間にか足に着けていたアンクレットについて聞いてくる。
「このアンクレットはお前が私に着けたのよね?」
「……そ、そうです……」
もしかして洗濯洗剤ぶっかけてタイヤで拘束して足を固めて俺がアンクレットを着けた事を知ってるのか?
よく考えたら非常にマズイことだ……あんなアブノーマルなプレイをしたと知られてたら非常にマズイ。
アリスの暴走を止める為にアンクレットを着けた時の事を思い出し、その事をアリスが知っているのかと内心焦りながら答える。
「そうなの……」
鉄拳が飛んでくるだろう、そう思い身構えるているとアリスは納得したような恥ずかしいような嬉しいような表情がぐちゃぐちゃに混じった表情になり笑みを浮かべた口から一言。
「男性からアンクレットを女性に贈る行為は相手が何処かへ行ってしまわないように願っている事なのよ」
そう言い残しアリスはミキトを残し広い庭へ歩いて行った。
「あっそう言えばシーナは何処だ……?」
未だに姿を現さないシーナが心配になりミキトはアリスの言葉を深く読み取らずにシーナを探すことにした――
――「まだ車の中に居たのか?」
シーナを探し庭を歩いていると私設軍の女性達が車の周りで何やら悪戦苦闘していた、その現場に行くと車の後部座席で丸まっているキャミソール姿のシーナが車の中に居た。どうやらドアロックが解除できなくてずっと車の中にいたんだろう。
コンコン。
車のパワーウィンドウをノックし中にいるシーナを呼ぶとシーナは丸めた身体を起こし俺と目を合わせる――
「きゃあああっ!」
シーナと目が合ったと思いきやすぐさまシーナは腕で胸を隠し俺に背を向ける。
「見ないでくださいっ!」
ほぼ下着のキャミソール姿をミキトに見られ赤面しながらシーナはミキトの居るドアから反対のドアに離れる、そんなシーナにミキトはドアロックの解除の方法を教える。
「ドアノブの上に何かあるだろ?それを手前に引くと出られるようになる」
ミキトは短くシーナにドアロック解除法を伝えその場を後にした――
――「凄い燃えたんだな……」
鎮火した屋敷の中を歩いていると焦げや消火に使った水でできた水たまりが屋敷の廊下にあった、水たまりは燃えたカスが浸り黒く濁っていて水たまりとは言えなかった。高い天井は黒く染まり頑張って掃除した一階の大きな窓も熱で割れていた。
火によって黒く染められた屋敷を歩きながら火元の西棟へと行くが西棟は完全に燃え尽きて黒い山だけしか残っていなかった。
「全く、どうしてくれるものかしら」
振り向くとアリスが初めて会った時の部分部分しか守られていない甲冑を付け腰に日本刀の装備で立っていた。
「まあ、これから大変ですよね……」
「お前がこれから大変なのよ」
「そうでしたね……」
家を半分無くしたアリスに少しだけ同情するミキトだったが、その同情した相手に借金をしている事を忘れていたミキトだった。
「暫くは何処に住むんだ?道場?」
アリス程の金持ちなんだから人のツテや宿ぐらい簡単に取れるはずだ。実際アリスの口からは自分がお嬢様であると自負するように自慢してきた。
「まあ、道場でもいいけれど少し汗臭いのは嫌ね、私設軍にお世話になるのもいいけど少し面倒だし何より自由が利かなそうだしどうしようかしら」
「まるで全部何でも出来るけどやらない、みたいな言い方だな」
少しばかりの皮肉をアリスに言うが俺の皮肉をアリスは軽くかわして反撃してくる。
「だって道場も施設軍も全部私の物ですもの」
「……本当ですか?」
「私の名前忘れたの?アリス・シスト、この町の名前は? 言って見なさい」
「……シスト」
そうだった、こいつの名前はアリス・シスト、初めからシストって名前とデカい屋敷で大体分かっていた、こいつはこの町の最高権力者だと。
今屋敷で火事の調査をしている施設軍の奴らも多分アリスによって作られたものだ。
ミキトの結論が行き付くとアリスは自慢げに話し始める。
「この町は私の先祖が作った街で道場……行ったでしょう?あそこを建てて私設軍も作ったのよ、その他にも町の発展に貢献してきたのよ」
シストの歴史を自慢してくる。
「その他にも他の流派の武術を取り入れて新しい武術を作ったり兵士の育成にも力を入れて国の役にも立ったし――」
長々と話して止まらない、こいつこんなにお喋りだったか?
「それで――」
「ごめん、長い、結論は?」
女の長いお話に嫌気がさして何が言いたいのか単刀直入に聞く、俺に長いアリスのお話しを楽しむことは出来なかった。
「えっと、お前たち王都に行くのよね?」
「うん」
「……私も行きたいのだけど……」
「なんで?」
お金は持っている、この町はアリスの物といっても過言ではない、それなのになぜ王都に?と思ったがアリスは理由づけとしてシーナを出してきた。
「シーナが王都に行きたいって言うから……その……案内とか……」
「なるほど、屋敷は半焼、使用人は一人も居ない……そんな中出来た友達……」
「何かしら」
アリスが王都に行きたいと言った理由が分かった、アリスは心の内を読まれているのではないかという表情で俺を見ている。
この相手を追い詰めた感じ、最高だぜ。
相手を追い詰めたと確信した俺は最後にアリスの確信を突く。
「寂しいんだろ?」
「っ!///」
ボッとアリスの白い顔が赤くなり俯く。図星のようだ。
「分かるよ~寂しいよね~楽しかったよね~この三日間。それなのにまた一人になるのは寂しいよね~」
俯いているアリスに近づきニタニタとチンピラが獲物を舐め回すような表情でアリスに問いかける。今までこき使ってくれた分、ここで仕返ししてやる。
立場が強くなった途端に強気になるミキト、その姿は卑怯で卑劣だ。
「寂しさってつらいよね~うんうん、分かるよさびしいって、ねぇ~?」
”寂しい”というフレーズを強調してアリスをいたぶる。
「ひひっひ、ア~リスちゃ~ん?顔が赤いよ~?」
汚い笑みを浮かべアリスに詰め寄ったその時右肩に圧迫感が伝わる。
「ミ~キトさ~ん、な~にやってるんですか~?」
「……」
いつの間にかミキトの背後にはキャミソールからフリルの付いた白いシャツと黒いフリルのスカートに着替えたシーナが瞳孔の開いた眼をして立って居た、その眼には光が灯っていない。
「な、何というか……その……アリスも一緒に王都に行きたいってよ!」
「えっ? 本当ですか!?」
恐怖で固まった顔を無理やり笑わせアリスがパーティに加わることを教えるとシーナの顔は般若から聖母の様な笑顔になった。
「それは良かったですっ!……じゃあ、私の下着見ましたよね……?」
閑話休題、シーナは車の中での事について問い詰めてくる。
「あれは仕方なかったもので、不可抗力ですぅぅっ!?」
言い訳の暇なくシーナの細い腕がミキトの首をホールドし万力の様な力で絞め上げる、ミキトの意識は直ぐに落ちた―――と思いきや背中に柔らかい感触が当たっているのが分かり持ち直す。
”これは!!シーナの胸だ!”
こんな時に背中の感触に意識が行ってしまうのは男の性、不可抗力だ。
ミキトはなるべく長くこの感触を味わおうと意識が落ちるのを気合で踏ん張る。
「ミ~キトさ~ん?」
この邪な思いが密着しているシーナに悟られたのかシーナの腕に更に力が入る。
「うっ……ぐっぐぐ」
シーナの腕は完全にミキトの気道を塞ぎ動脈も圧迫していた――
――だがッ!ミキトの意識は落ちないッ!
”落ちるものか……この感触……死しても忘れることは無いッ!!”
男の執念、それだけが今のミキトを支えていた。
おっぱい、それは全ての男の偶像。元の世界では試験が終わる度に友達の家で遊び、夜になると自然と猥談になる、出てくる話題は好きな子・好きなタイプ……そして、好きなおっぱいの大きさ……元世界の男だけの会話が懐かしい……
ミキトの頭の中では友達との猥談が花を咲かせていた……
「やりすぎてしまいました……ミキトさんっ死んじゃダメですっ」
「大丈夫よシーナ、気絶しているだけよ、それに見て見なさい、こんなに満足した顔で気絶してるわ……」
シーナのアームロックによって意識の落とされたミキトは地面に横たわり空を見上げていた、その顔は首を絞められたとは思えないほど晴れやかで健やかに、そして満足げな表情だった。
”神よ……ありがとうございます”
ミキトはこの世に生を受けたことに感謝し、全ての万物を祝福し旅立った。




