第30話 ソロモン
スッと右手を前に出しアリスは唱える。
「コントリーティオ」
「うわあっ」
ヴンッと聞こえたと同時にミキトの背にあった壁は消える。
「はあ、はあ、はあ、ア、アリス!少しでもいいから聞いてくれ!!」
ミキトはアリスに弁明しようとするがアリスの耳には届かない。アリスの表情は消えて涙の流れた跡だけが残っている。
――「アリスさん!どうしたんですか!?」
その時、シーナが西棟に駆けつけてくる、シーナが目のあたりにした光景は黒いフルフェイスのヘルメットを被り全身を黒で染めた装備の不審者がアリスと対峙している光景だった。
アリスは髪が黒く染まって眼が赤く輝いているがシーナは直ぐにアリスだと分かった。
「シーナ!今アリスは」――
――ドウッ。
「うげえええええ!!」
シーナに今のアリスの状況を伝えようと走りよるとシーナの拳がミキトのフルアーマードボディジャケットにめり込み、ミキトは屋敷の庭に飛ばされた。
「アリスさんっ!怪我はありませんか!?」
「……」
シーナはアリスの安否を確認するがアリスは無表情のまま答えない。
「アリスさん……?」――
――「うっうぅ~~~ッ」
広い庭の地面に身体を打ちつけ全身に痛みが走る、いや、鳩尾に激痛が走っている。プロテクターで守られているのにこの威力だ、シーナの拳を生身で喰らったら俺の身体は耐えられなかったであろう。
「確かに見た目不審者だけどさ……酷いよ」
状態を起こし腹をさすりながら西棟に目を向ける。よく見ると戦闘で気づかなかったが西棟の屋根に火が付いている。だが今は消火よりもアリスを止める方が優先される。
「アリスを止める方法は無いのか……?」
全ての物を消す魔法を扱うアリスに能力を持たない人間にできることは無い。そう、人間にはできない、何の能力も無い人間なら……
「助けてくれ、相棒」
俺では対抗できないであろう今のアリスに車でなら対抗できるはずだ。
――ダッ。
ミキトは車を駐車した場所に走って向かった――
――「アリスさん!どうしたんですか!?」
「……」
何も答えず表情も変えないアリスに駆け寄り肩を揺らすがアリスの目は虚空を見つめている。
「アリスさ……――ッ」
シーナがアリスに違和感を抱いたその時、アリスから衝撃波が生まれシーナは部屋の壁に吹き飛ばされる。
「――ッ、うぅっ」
背中を壁に打ち付け床に膝を付ける。
アリスは右手をシーナに向けて唱える。
「コントリーティオ」
――ヴンッ。
何かが走る音が聴こえシーナに襲い掛かりシーナは反射的に目を瞑り身構える――
――パァンッ!
何かを弾く音がしたと同時に目を開けるとシーナの前にはメタリックな白い装甲があった。
その装甲はこの世界の鉄で出来ているとは思えないほど精巧に加工され、どんな剣も槍も通さない絶対の盾に見えた。
「シーナ!乗れ!」
カチャッとドアロックの外れる音がして装甲が開く、この装甲を纏ったものはシーナの知っている中では一つだけだ。
――車である。
「ミキトさん!」
車の持ち主のミキトが中からドアを開けシーナを車内に避難させる。
「ミキトさん!遅いですよっ!何してたんですか!?今大変な事になっているんですよ!!」
「分かってる、分かってる」
フルフェイスヘルメットを脱いで俺の事を確認できたのか俺の登場が遅いと攻め立ててくるシーナだが俺の事を庭までブッ飛ばしたのはあなたですよ?
「アリスが少し暴走気味なんだがどうしよう……おぉふ」
車の中の安全地帯で作戦会議が開かれ助手席のシーナに話しかけるがシーナはセクシーなキャミソール姿で運転席に座っている、さっき見た姿と同じく薄いレースがほぼ下着姿のシーナを包んでいるだけで意外と肉付きの良いくびれた腰が最高だった……
「……ミキトさん……今の状況分かってます?」
「あっ……勿論ッス」
俺の目線を咎めシーナは俺を妄想から呼び起こす。大学生の男子がこんな狭くて暗い空間(車の中)にキャミソール姿の女子と居たら変な気が起きても不思議じゃない。仕方ない。
「簡単に説明するぞ? 多分アリスは今”ソロモン”ってやつの力が暴走しているのかもしれない、おまけにアリスは物を消す魔法みたいなものを打ってくる、これはやばいぞ……あと何か身体から衝撃波みたいなのをハァッ!って出してくる!!」
「……?」
足りない頭で今の状況を整理してザックリ伝えてみたがシーナには伝わらなかったらしく首を傾げていた。
「ごめん……詳しく一から説明する。まず俺がこの――」
――ガチャガチャガチャッ!
「うおおっ!?」
絶対に壊れない能力を持つこの車の中は完全な安全地帯と考えて警戒心の緩んでいたミキトはドアノブを引く音にビビってしまった。
「こ、怖……」
シーナに集中していたせいでアリスが車のドアの前まで迫っている事に気が付かなかった、アリスは右手を開いていないパワーウィンドウに置いて左手で車のドアノブを握っている。
表情は無く目に生気が見られないアリスの可愛い顔が運転席に座っている俺に向いている。眺めているような観察しているような感じの眼でずっと見ている。
ガチャガチャ。
ロックされたドアはいくら引かれても開くことは無かったがそれでも外にいるアリスは執拗にドアを開けようとドアノブを引き続ける。
「怖い怖い怖い」
友達にヤンデレが大好きな奴が「ヤンデレの子は眼のハイライトが命」などと言っていたが目の前にいるアリスの眼を見ても”かわいい”と感じなかった、銀髪から黒く染まった肩甲骨ぐらいまでの長さの黒髪を垂らしパワーウィンドウに張り付く様はヤンデレというより貞子さんだった。
「アリスさん何かに憑かれてしまっているみたいです……」
アリスの様子を見て俺と同じく悪魔にでも憑りつかれてしまったという印象をシーナも持ったようだ。
「ソロモンって何か聖書とかに出てきそうな名前だけどもしかして悪魔の力とかなのか?」
悪魔の力ならば神の力で倒せるはずだ! 確証は持てないが車の中に籠っているだけでは何にもならない。イチかバチかだが、俺の記憶の中では俺はパチンコで負けた事が無い! 賭けならば勝てる!
”神様!!お救い下さい!!我を助けて!!”
心の中で救済を求める子羊だが応答はやはりなかった。
「本当に助けてくれ……」
神に見捨てられた子羊は車の中で項垂れる。
「ミキトさん、アリスさんの意識を落としたら何とかなるのでは?」
「それは難しいと思う」
シーナが新しい解決策を提案するが最善の策とは言えない、魔力を噴出するのか始めの攻撃でアリスから弾かれた事を思い出す。
「コントリーティオ」
「うわあああっ!」
「きゃあああっ!」
アリスの暴走を止める方法を模索しているとパワーウィンドウに置いていたアリスの右手から衝撃が走り車に伝わる、衝撃は車を弾き飛ばし壁に打ち付けた。打ちつけた際の衝撃によってか天井の一部が車の屋根に降り注いだ、天井の一部の他に火の子も降ってくるのが分かる。
「敷地に逃げようっ!」
広い部屋の中とはいえ車には狭すぎる、広い敷地に出て車の機動力を生かす事がアリスへの対抗策になるはずだ。
――ブウウウウンッ。
アクセルを踏み床に散らばった本を引きながら大きな窓を突き破り野外に出る。部屋の中に居た時は分からなかったが西棟の屋根には既に火が広がり屋敷にも燃え移っていた。
「クソッ強すぎる!」
「……」
何者も寄せ付けない魔法と何でも消せる魔法を使うアリスを止める術が見つからない、そんな空気を感じ取ったのかシーナも黙っている。
アリスの暴走を止める術を考えていると車のラジオからヤンキー女神の声が聞こえてきた。
『……~~悪かったわミキト、少し用事があったのよ』
初めて俺に対して謝ったヤンキー女神は申し訳なさそうにしていた。
「えっ誰ですか?」
ラジオの事を知らないシーナが突然現れた姿の見えない声に驚いていたが今は説明する時間が無い、俺は直ぐにヤンキー女神に要求をする。
「悪魔とかに対抗できる術を俺にください!!」
『わかったわ……』
やけに物分かりがいいと思ったが切羽詰まった今の状況ではありがたかった。
『ネーブル金貨5枚ね』
やはりお金は取るようだ……




