第2話 発進、異世界
9/14 修正
また眠っていた……
背中に当たるシートの柔らかさを感じる。全身の力は完全に抜けてシートに全体重をかけていた。そして車の外はは緑一色の広い草原だった。辺りに建物はない、人がいる気配もない、動物がいる気配もない、ただの野原だ。
「なんもねぇ」
この一言に尽きる
ここはどこか田舎の草原の中じゃないのか?そう思えるほど異世界感がない。
「まず何しよう」
いきなり何の説明も無しに異世界に飛ばされ漠然とした不安しかない。それに神の部屋でヤンキーに絡まれて(絡まれていない)能力貰って異世界に来たは良いがお金がない。
いや、お金はある、パチンコで勝った10万円が。
しかし異世界ではこのお金は使えないだろう金でもないこの紙でできたお金では物々交換もできそうにない。
持ち物は助手席に無造作に置かれていた印なしのビニール袋に入った大量のお菓子、車のドリンクホルダーに置いてある飲みかけのお茶、ポケットに入れていたパチンコ玉少量のみである。
「終わったかも…」
所持金ゼロ、チート能力無し、現在地不明。チュートリアルをクリアできずに終わってしまいそうだ。
だが俺は本当に異世界に来たのか?実感が湧かない。まあドラゴンとか戦闘種族とかに出会いたくないし始めはこんなんでいいか。
『あー、あー…聞こえる?』
車のラジオからヤンキー女神の少し高めの可愛い声が聞こえてきた。
「聞こえてます」
このヤンキー女神声だけ聴くとかわいいな。ミキトはラジオから出てくる声を姿は自分好みのショートボブの美少女の妄想で耳を澄ませる。
『簡単に言うわね。そこは異世界よ、多分魔法使う奴いるしドラゴンいるし多分魔王いるかも。えーっ
と、あと猫耳の奴とかロボットとかもいるかも』
多分、かも、とかこの世界のことを把握してなさそうな感じが漏れ出ている…
「本当にこの世界のこと分かってますか?」
『・・・』
返答がないただの屍のようだ。
「もしもー『 『うるさいー!異世界なんていっぱいあって1つ1つの世界の内情とか知るか!』 』
気が短い。というかそれ本当?つかえねぇー
車のラジオから出るヤンキー女神の高い声が車内全体に響いた。ラジオの向こうでヤンキー女神の荒い呼吸が聞こえてくる。
この世界の事を詳しく知ることが出来なさそなので他の質問をすることにした。
「ノーマルって言っていましたけどどういうことですか?」
『アンタは特に強くない雑魚ってこと』
ファーストコンタクトの一言が気になり質問するがヤンキー女神はゲームキャラのレア度の様にステータスの高くない奴をノーマルと呼んでいるのだろう事だけは分かった。だが知りたいのはもっと詳しい事が知りたい。ミキトはヤンキー女神に詳しく教えてもらえるよう追撃をかける。
「そういうことじゃなくて詳しく知りたいと申し上げて?いるのです。」
たどたどしい敬語でヤンキー女神の顔色ををうかがう。顔は見えないけど
『じゃあ能力の説明するわよ~』
あれ~?ラジオにはマイクが付いていないから俺の声は届かなかったのかな~?
俺の敬語は無かったようにスルーされた。何か意図的な意思が感じられるのは気のせいであろうか?
『ちょっと待ってなさい、えーとどこだっけ?説明書は~』
説明書ってなんだよ。ラジオの向こうの光景が手に取るように分かる。俺にはジャージ姿で汚い部屋から説明書を発掘しているヤンキー女神が見える。
『やべぇ無くした…… 能力の説明をするわ!!アンタの能力の元世界の日用品又は車部品・車関連商品
の召喚の仕方は…念じれば来る!』
説明書の発掘を諦めた様子のヤンキー女神は念じれば来るとバッサリとした説明で終わらせる。
俺の耳はヤンキー女神の無くしたという言葉をちゃんとキャッチしている。許せん。
「本当に大丈夫ですか?」
多分大丈夫でないであろうが確認を取る。
『次、車の能力』
またスルーされた!こんなの許せない!なんてひどいドライブスルーなんだ!あ、俺はドライバーだからドライバースルーか、なんつって……虚しい
二度目のスルーで完全にヤンキー女神のスルーは意図的なものだと発覚するがヤンキー女神は続けざまに車の能力の説明をする。
『絶対壊れない能力と永久機関は特に気にすることはないし、能力の万能は・・・念じれば何とかなるわ!以上! 』
異世界に来てまで根性論聞くことになるとは思わなかった。
俺の能力の説明と同じように簡単に終わらせた。
『なんかあったらこっちから連絡するから!! 』
これ以上の追及を逃れるためか一方的にラジオを切られた。聞きたいことは山ほどあったが取りあえずこれからどこに向かうか考えないとな、
ミキトは小さな液晶のボタンを押してカーナビを起動するが衛星の無い異世界ではカーナビは使えなかった。スマートフォンは大学に単位を取れていたかの確認だけして帰ろうとしていた為所持していなかった。
「詰んだ……」
お家に帰りたい。あとウンチしたい。
突然の便意に見舞われ腸の働きが活発になっている事に気づく。腸の中にある物が何処にあり何処に向かっているかが分かる。
何処かトイレが出来そうな所を探すがここは異世界の広い野原のど真ん中、公衆トイレなんて無い。
(やばい…異世界に来て初めてすることが野グソ?悲しすぎる)
最悪漏らすよりは野原の中で用を足す方が良い、恥ずかしいが。
「…いや!俺の愛車には能力がある!」
愛車のグロリアには他の車や他の乗り物になることができる万能の能力があったんだ。今こそ使う時だ!
危機は人を強くする。脳内に流れ出たドーパミンにより脳の働きが活性化し最善の策を導き出した。
(キャンピングカー、キャンピングカー、キャンピングカー…!)
無我夢中で念じるが変化は起きない
(ダメだ、ウンコしたい雑念が邪魔するのか?)
頼む!俺の肛門括約筋!活躍しないで!
もうだめだ、諦めかけたとき一般の車よりも低い俺の車の車高が明らかに高くなっているのが分かった。
内装も変化している。車幅は広がり天井も高くなりシックな茶色い内装は引き伸ばされていく。車は十秒もしないうちに人が三人は泊まれるであろうキャンピングカーになった。
「――! 」
ミキトはキャンピングカーのトイレに一目散に駆け込んだ――
――「助かった…さて、ケツ拭くか」
窮地を脱して一安心するが大変なことに気づく。
紙がない!!
一難去ってまた一難しかし心配ご無用、なぜなら
「俺の能力を試すか」
俺も能力を持ってんのさ、顔を少しキメて念じる。召喚は初めてだがやってやる。
召喚する物を強く頭の中でイメージして唱える。
「トイレットペーパーを下さい!!」
強く念じると右手にトイレットペーパーが握られていた。召喚時に魔法陣が出てきたり光ったりすることは無く気づいたら右手にトイレットペーパーを握っている感覚があった。
「簡単だな」
便座に下半身丸出しでカッコつけて言うがカッコ悪い。
召喚したトイレットペーパーでお尻を拭きトイレから出て改めてキャンピングカーに変化した車内を見る。
一番奥にはベットがあり手前にテーブル、ソファが配置されていてミキトの手前にはテーブルもあり天井には車内全体を明るく照らす照明が三つ付いている。床は茶色いカーペットで変形する前のグロリアの内装を連想させる。
広く開放的な車内はミキト一人だったら生活ができるぐらいだ。このままでもいいかもしれないが俺の愛車はグロリアだ!
(グロリアに戻れ!グロリアに戻れ!グロリアに戻れ!)
強く念じる。すると車内は歪み始め車高が低くなっていく、大きな動物の内臓の中にいる様に錯覚をする。
変形は数十秒で終わりグロリアにちゃんと戻ったか車外に出て確認をする。
「元に戻ってる」
車体はいつものホワイトで車高の低いいつも運転している愛車がそこにいた。愛車の確認を終え車内の運転席に座りガソリンメーターの確認をしたが満タンだ。魔力による永久機関も機能しているようだ。絶対壊れない能力が本当か確かめたかったが愛車を殴るなんてできるわけがなく確認は行わなかった。
「どうするかな」
右手をハンドルに置き助手席のお菓子が入ったビニール袋から飴玉を掴んで口に放り込む。飴玉は意外と大きくミキトの頬は飴玉によっておたふくの様に膨れている。
「ドライブに行きますか 」
ドゥゥルオオンッ
大きい飴玉を口に含みながらアクセルを踏むと今までで聞いたことのない爽快なエンジン音が車内に響く。
ガソリンの代わりに魔力を使っている為か馬力も上がっているように思える。改めてハンドルを握り直しグロリアに問いかける。
「ドライブに行くぜ相棒 」
どこに行くって?異世界に決まってんだろ!!……そういえばもうここが異世界だった。