エイリアンズ
古今東西、悲劇の種には事欠かない。
悲しくて、切なくて、どこか甘い恋の成り損ない。それは人がいる限り、何処にだって転がってる。うんざりするくらいだ。
なら。
一つぐらい、ハッピーエンドになったっていいんじゃないかな。
ねぇ、永琳。
――君は、誰だい?
――永琳よ。ただの永琳。
あの日も月が綺麗で、永い夜だったね。
君は屋敷を抜け出して、竹林の大岩まで走ってきて。
僕は日課の夜行中で、岩の真上に寝転んでた。
――すごいね、何でも知っているんだなぁ、永琳は。
――すごくないわ。こんなの知ってて当然だもの。
――すごいよ。だって、こんな事普通の人じゃ考えられないもの。
――そう、かな?
天才の君と凡才の僕が何だってあんなに仲良くなれたのか、今になって分かるよ。
僕は君に純粋な好意を与え、君は僕に知識を与える。要するに互恵関係さ。そのお陰で僕は少し賢くなり、良いとこのお嬢様の君と接する機会が増えたって訳だね。
君としては、羨望や嫉妬ではない純粋な感情に触れることができたって訳だ。
――綺麗?私が?
――うん。君は綺麗だ。この世界の誰よりもさ。
――私の何が綺麗だっていうの?
――うーん……いっぱいあるけど、強いて言うなら……
ハッキリ言おう。僕は君の事が好きだ。
それは君と初めて会った時から一度も変わらない。
でも……幾らIFを考えたって仕方ないけど、僕は時々思うんだ。
もしあの時、僕が君を好きじゃなかったら、僕があんなことを言わなかったら、
――向上心、かな?
もっとマシな未来になったんじゃないか、ってね。
――ねぇ、何をしているんだい?
――新しい研究よ。きっと気に入るわ。
あの日から君は変わったね。
何か発明したりしては、真っ先に僕の所へ駆け込んできて見せてきた。
月へと移住した後も同じだった。
――君は本当にすごいよ!流石は月の頭脳と言われるだけはある!
――そうでしょう!でもまだ進歩できるわ! もっと考えなくちゃ……もっと……
そしてそれは、僕が君を称賛する度にエスカレートしていった。最後の頃には、もう昔のような純粋さは欠片も無かった。
いや、もしかしたら、元から純粋では無かったのかもしれないね。僕達は、対等なんかじゃなかったから。
君は君を褒める僕を、僕は僕の理想としての君を好きになっていたんだ。
擦れ違いは極限まで行って、もう修復不可能だった。
僕が止めるべきだったんだ。関係の無い人が巻き込まれる前に。
――見て!ついに出来たのよ!
――これは。
――蓬莱の薬よ!輝夜の力を借りて、ようやく私達は永遠という新たなステージに辿り着けるの!
――なぁ、永琳。
――躯の柵から解き放たれ、私たちは更なる進歩を……!
――永遠は、素晴らしいものとは言い難いんじゃないか?
あの時の君の顔は今でも鮮明に覚えているよ。今まであって当然だと思っていたものが全て無くなっていた時の、あの無気力。僕の中の称賛も好意も全て消えて、密かに生まれていた軋轢が鎌首を擡げた。
――何故分からないの!?
――何故分からない!?
何故。何故。何故。
聞くに堪えない己の正当性の叫び。
言い争いは戦闘に変わって、更に月の戦力が僕に付いて戦争へ発展した。
結局、戦いは僕の勝ちで、君と輝夜は地球へと下った。幾ら君でも、月の総戦力相手じゃ勝ち目は無かった。
……離れていた間は、ひたすら君を倒すために力を溜め続けたよ。
皮肉なことに、僕が君を知ろうと思ったのはこの時だった。
君は月にとってなくてはならない存在だった。偉大なブレインとして月の民を代表するくらいに。
僕がいなければ、君はもっと別の生き方が……まともな生き方が出来た筈だ。
僕が歪めてしまったんだ。だから、君は僕が連れ戻さなければならない。
そう思ったんだ。
――久しぶりだな。
――帰りなさい。もう私達は月に帰るつもりはない。
僕が再び地球に降り立った時、君には分からなかっただろうけど、僕は嬉しかったんだ。
僕から離れた君は、僕といる時よりもずっと輝いて見えたから。
同時に確信したよ。
君には僕は要らなかったんだって。
だから、ちょっぴり寂しかった。
――っ!?
君には衝撃的だったろうね、君は僕の能力があまり強くないと思い込んでいたから。
隠していた訳じゃないよ。君が気付かなかっただけさ。
盲目的だったのも自己中心的だったのも、僕だけじゃなかったって事さ。
それにツクヨミ様から指導も受けたから、尚更だ。
けどそれでも勝てなかった。
あれだけ努力したのに、力が拮抗するぐらいにしか持ち込めなかった。
いや、むしろ良くやった方かな?子供の頃からすれば、僕が君と対等だなんてとてもじゃないが考えられなかったからね。
――あれは、援軍!?
予定ではすぐに来る筈の後続の部隊は、僕達の戦いが終息に向かう手前で漸くやって来たね。
けどその後の展開は、予定通りじゃなかった。
――!?
銃口は僕に向けられていた。
深く考えれば誰にだって分かった事さ。月の頭脳に巣食う病原菌は、本来ならば子供の頃に殺菌されていた筈。それが無かったのは、僕に利用価値があったからだ。僕の称賛というエネルギーを永琳に与えれば、途轍もない発明を生み出すんだからね。
その価値が無くなった以上、適当な鉄砲玉にして使い捨てるしかない。
実に合理的だ。
だが君は事もあろうに。
僕を、守った。
――永琳!しっかりしろ!永琳!
君は僕を守って、最後の力を振り絞って部隊を文字通り消し飛ばした。その衝撃は地形を根刮ぎひっくり返す程だった。
蓬莱の薬は変化を捨て去り永遠を得る物であり、肉体はどんな事があろうと、ほんの少しでも残っていれば再生する。
だが精神は別だ。
魂のエネルギーを全て使い果たした君は、その日から目を覚ますことは無かった。
輝夜と僕の力を持ってしても、君の莫大な力は補填できなかった。
君を元に戻すには、あの日君が失った魂のエネルギーと今まで君が寝ていた数百年分の総量を、君に与えなければならない。
正攻法では太刀打ちできない。
君に匹敵するほどの力を持った者を生贄にしない限りは。
ねぇ、永琳。
今日、漸く君を目覚めさせる手筈が整ったんだ。
もう君は機械の中で生活することはないんだ。自分の足で、真っ直ぐ歩けるようになるんだよ。自分の人生を、自由に生きられるんだ!
心配しないでおくれ。
笑っておくれ。
そしてどうか、覚えていて欲しい。
――僕が、君を大好きだったことを。
最近、変な夢を見るようになった。
やれ君はすごいだとか、やれ君は綺麗だとか、褒められるばかりの夢。
けど、夢に出て来る人だけはどうしても思い出せない。
思い出さなきゃいけない気がするのに、どうしても思い出せない。
記憶に作用する薬を飲んでみても、何故だか効果が無い。
月が綺麗な夜に限って、それは私の夢に現れた。
褒められるのは悪い気分じゃないけれど、その夢を見ると、何故だかとても懐かしくて、とても哀しくて……。
それは輝夜には言わないようにしている。
この前口が滑って夢の内容を言ってしまったら、突然泣き出して座り込んでしまった。
何が輝夜の琴線に触れたのかは分からないけれど、以来それは口にしない事にした。
今まで生きてきた中で、こんなことは一回もなかったのに……。
今日も月が綺麗な夜ね。
今日もあの人の夢を見るかしら。
……なんだか、隣が寂しいわ。