第一章の5 狼野郎とカルミア
応接間で会話を終え、その後は突然の訪問も無ければ特筆するべき事も無かった。途中中断となっていた剣の稽古をカルミアにつけてもらい。日が落ちる頃には屋敷内へと戻った。
寝室として貸してもらっている部屋には小さめの机に椅子。そして壁端には俺には十分過ぎるほどふかふかのベッドが置かれてある。
短期間に色々とありすぎて感覚が麻痺してしまったいるのかもしれないがこの状況に焦りはない。
むしろ充実感まであるんだが、しかし窓から見える風景には今でも心が躍る。
はるか遠くまで続く自然の風景、勿論、高層ビル群など見えない。
雲の切れ間に見えるは空飛ぶトカゲ。恐らくドラゴンと呼んで良いものだろう。
「窓を見るだけでファンタジーノンフィクションよろしく暇しないなぁ」
元々ゲームやアニメが好きな俺はそう思う。
一週間ほど前の自分がスクリーン越しに今の俺を見ることが出来たならそれ俺は自分自身を羨ましいと思うだろう。
だが興奮とは裏腹に眠気が俺を誘ってくる。
お生憎様、夢ならすでに見ているはずなんだがなぁ。
突然の異世界転移、可愛い女の子の騎士になり、剣の稽古をつけてもらう。そして突然の敵の訪れ。空にはドラゴン。はるか向こうにはまだ見る大樹の都に王都がある。
ワクワクと不安に思いを馳せて。俺は眠りに落ちた。
さあ夜が明けて、大樹の都までの壮大な冒険の始まりだ!と思ったのだが
道は全くもって険しいものではなかった。
素晴らしく乗り心地の良い魔法馬車もある。
道路も舗装路ではないものの綺麗に整備されているし
「フリシア様、おはようー。」
「あらあらフリシア様お出かけですか??」
「なんだ兄ちゃん新入りか??しっかりと姫を守るんだぞぉ。」
大樹の都までの道程の間、ところどころに小さな村などがあったが
どこの村もフリシアにはかなり友好的に見えた。
それに様付けではあるが村人達からの距離感は感じられずその点においては少しばかり安心ができた。
「いやあそれにしても今まではフリシア自身はただの女の子と思っていたがあんな特技...いや魔法か。魔法が使えたなんて想像していなかったぜ。」
そうなのだ。心配性である人達はすでにそわそわしていたかもしれない。
”領主不在の屋敷をそのままにしていて良いのかと”
だが、安心して欲しい。何も鍵も閉めず、何も対策もせずに出てきたわけではないので説明しよう。
「おはよう二人共。よく眠れたかしら?ことは急げということで早速、大樹の都に向かいたいのだけれど準備は出来ているかしら?」
俺達が玄関ホールに揃うより早く彼女は身支度を済ましていた。
荷物らしい荷物を持っていない俺としては身支度はすごく楽だったんだがな。
きれいに洗ったパーカーに意味を成さないスマホを装備。
腰にはアンジュ家から預かったベルトと剣。当たり前だが木刀ではない。
自分で言うのも何だがかなり不格好な騎士の完成だ。
「おはよう、フリシア、カルミア」
後ろに白髪を流し、白に赤のデザインと紋章の入った騎士服に身をまとい
肩からは同デザインのRPGなんかでよく見るマント。
カルミアの格好を見てさらに不安になる。
「騎士ってのは本当にこんな格好で居て良いものなのか?」
「良いんだよ。騎士ってのは格好で決まるもんじゃねえよ。ここだよここ。心で決まるもんだ。」
自分の胸をトントンと叩いて言葉をくれる。
「では二人共、何もないとは思いますが道中はよろしくお願いしますね。」
フリシアは玄関ホールをまっすぐと進み扉から出ようとする。
「おいおいちょっと待ってくれ。このまま出ていっていいのか?暫くこの屋敷を留守にするんだ。こう色々手配したりしなくていいのかよ」
そういえば自宅の鍵を閉めれてないなぁ。
人の家のセキュリティーの心配をしつつ外国にある自宅の戸締まりを心配する。
「ああ、それなら大丈夫だ。オワリ良く観ておけよ」
カルミアはフリシアをまっすぐと見る。
「オワリにはそういえば話して無かったですね。隠してたわけではないのですがごめんなさい。留守の間はいつもこうやって対応していたのですよ。」
フリシアは何かボソボソと言ったようだが聞き取ることはできなかったが次の瞬間、俺自身の目を疑った。
「よう俺、こうやって屋敷の留守の間は対応すんだよ」
「驚いたか?オワリ」
「驚かせてしまった申し訳ありません。でもこれなら安心でしょう?」
俺の前には俺が立っていた。俺だけじゃない。そっくりそのままコピー人形でコピーしたかのようにフリシアとカルミアももう一人立っていた。
「私も一応、魔法が使えるんです。とは言ってもまともに使えるのはこの姿送りぐらいですが。」
なーるほど。
実にファンタジー世界らしいセキュリティーサービスだ。
ほぼほぼ完璧にコピーされた本人のコピー。これ以上無い居留守だな。
この場合居るのに留守のふりをするわけではなく文字通り居る留守なのだが。
というわけで出発した俺らは今に至るわけである。
「よし、ここらで2回目の野宿だな」
屋敷を出発した昨日は小さな集落で休むことが出来たんだが。
今日はどうにもセウブケスが近いみたいで村などは近くには見当たらない。
カルミアが手慣れた様子で焚き火や寝床の確保を行ってくれている。
異世界でキャンプ、正直ワクワクする。
「カルミア、今日も稽古の内容はあれでいいのか?」
寝床の確保と食事を終え、カルミアに話しかける。
「おう、まずは剣の重さに慣れてもらわねえとな。」
出発の前日から剣の稽古は木刀ではなく本物の剣を使っている。
最初は少々重かったが不思議とそれほどの重さを感じることは無い。
俺は自慢じゃないがそんなに筋肉があるわけでなければ御存知の通り、剣を握ってまだ日が浅い...はずなのにどうにも手に馴染んだ感じがする。
「おーお、思ったより形になってるじゃねえか。それなら今日はいっちょ実戦と言ってもらおうか」
実戦?と思いながらカルミアの指の先を見る。
そこいたのは、狼のような獣である。
ああやっぱりこの世界にもモンスターはいるんだな。
「マジであいつを狩れっていうのか?だいたい騎士なのに最初の相手があいつかよぉ!」
カルミアを見るがカルミアはヘラヘラしている。
「大丈夫だ。あいつはエクセア領に生息するモンスターの中でも特に弱い方だ。それに普段は群れで行動する奴らだがどうにも1体しか見当たらない。お前のために神様が用意してくれたんじゃねーの?」
「それに何かあったら俺が助けるさ。更に言うなら姫の周りには並大抵のモンスターは近づくことが出来ねえ。姫の首輪には特殊な宝珠が埋め込まれているからな。」
どこに信用できる要素があるというのか分からないが、ここでビビって行けない奴がとてもフリシアを守る剣になんてなれるはずがない。
俺は覚悟を決めて標的へと近づいていく。
「こ、こんにちはー」
返事があるとは勿論思っていないが声をかける。
こっちに気付いた狼野郎がゆっくりと近づく。
と思った次の瞬間、目にも止まらぬ速度で飛びついてきた。
「あ、ぶねえ!」
!? 体が動くぞ。
運動神経は普通だった俺のはずだが敵の動きが見える。避けれる。
それにさっきも言ったとおり剣も手に馴染んだ感じがする。
狼の攻撃を避けつつ試しに剣を振ってみる。
ザッ!と飛びついてきた狼の体は着地を誤り滑る。
確かに俺の剣は狼に当たったのだ。
しかし仕留めるまでには至っていない。
「集中、集中!」
自らに気合を入れるために大げさに口にする。
なあに相手は獣だ。木刀とはいえ、今までカルミア相手に剣を振ってきたんだ。
不思議と動きが見える。体も動きが良い。
次の瞬間、また奴が飛びかかってくる。
サッとそれを避ける。そして。
「落ちろよー!!」
空中に居る狼野郎を剣で斬り落とす。
硬い皮膚を持つわけではない狼は十分に致命傷となったようだ。
「よっし!やったぞカルミア!みたかよ!」
カルミアに自分でも分かるドヤ顔をして声をかける。
「まあそいつは雑魚なんだがな。まあやるじゃねえかオワリ」
そんなやり取りをしているとガサッと暗闇が動いた。
赤く光る目が八つ...ってまじかよ!
「!? よけきれ...ねぇ!」
死ぬ死ぬ死ぬ!雑魚とは言えみて分かる。あんな4匹にまともに噛みつかれたら命がないのは俺でも分かる。
「油断してんじゃあねえよ」
その刹那、風が動いた。
俺に迫っていた狼×4匹は血まみれで地面に転がっている。
髪を掻き上げ、腰のベルトに剣を納めるカルミア。
「は、速い...。カルミアお前そんなに強かったのかよ!ってかありがとうぅ!」
目に捉えることが叶わないほどの剣。
「こんな雑魚狩って強いって言われても嬉しくねえよー」
ニヤッとしながらも手を差し伸べてくれるカルミア。
まだまだ本気を出し切っているわけではなさそうだ。
「二人共大丈夫!? 無茶しちゃダメなんだからね!」
フリシアが駆け寄ってくる。
そんな中、草原のはるか先、大きめの木の陰に何かが動いていた。
「アハハ。」
少女のような笑い声が俺の耳には聞こえた気がした。
しかしそれからは何も聞こえず何も見えない。
それにカルミアにもフリシアにも聞こえてはないようだ。
「無茶は出来るだけしねえよ。でも俺はフリシアを守る剣になるんだ。多少の無理は勘弁な」
頬を撫でる風が気持ちいい。
激しく動いたせいか眠い...。
「もう、オワリったら...。さあそろそろ寝ましょう。明日はついに大樹の都に着くわ。いざ街で仲間集め!って時に眠くて動けないなんてことになったら大変だわ」
俺が眠そうにしてたのが目に止まったのかフリシアが俺らに声をかける。
今晩はぐっすりと眠れそうだ。横を観たら天使の寝顔が見れるなんて最高じゃねえか。
といいつつも俺はちらりとしかフリシアの寝顔を見ることはできなかった。
眠気のバカヤロー!!
―――眩しい
太陽が俺にダイレクトに注いでいる。
起きてから2時間ほど進んだだろうか。
「ありゃなんだ?は、柱?タワー??」
視界の先にとてつもなく大きな柱のようなものが見える。
○○○ツリーとどっちが高いだろうかというほどの大きさだ。
「何言ってるんですか。あれは樹ですよ?言ったでしょう?大樹の都だと。」
で、でけえなおい!
何はともあれ、出発から2日、大樹の都を視界に捉えることが出来た。