貴族宅
冒険者組合から出た俺たちはミーナの誘いもあり、彼女の家へと向かった。
あまり足を運んだことのない貴族街……、どこもかしこも大邸宅ばかりの景色にシャルはおろか、俺もついつい見渡してしまっていた。
それをミーナは苦笑い気味に見ていた。
「こっちよ」
ミーナの案内の下、一軒の家にやってきた。そこはこの貴族街の中でも特に大きな家であった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
ミーナが中に入った瞬間に沢山の執事、メイドに出迎えられる。それだけで俺たちは呆然と立ち止まってしまった。
「どうしたの? 早く行くわよ」
ミーナに促されて俺たちはその後に続くがどうしても居心地が悪かった。
「ここよ」
ミーナが一つの部屋を指さした。なのでそこに入ろうとすると俺はミーナに止められる。
「ハクは待ってなさい」
それだけ言うと扉を閉められる。
えっ、俺は?
呆然と扉の前に立たされて十分ほど……ようやく扉が開くとそこにはいつものボロボロの服を着たシャルではなく、ヒラヒラのフリルがついたドレス服姿の少女がそこにいた。
「えっ? 誰?」
思わず聞いてしまう。
「わ、私ですよ」
その声で目の前にいるのがシャルだとはっきりとわかる。
でもとても信じられなかった。
「ふっふーん、すごいでしょ。この子素材がよかったらからついつい気合いが入っちゃったわ。この服は持って行ってくれて良いわよ」
「そ、そんな……悪いですよ」
シャルが必死に拒否をする。
「いいのよ。どうせ私が持っていても着られないんだし。(それにそんなフリフリ、似合わないし……着たいけど)」
小声で何かを呟くミーナは少し寂しそうな顔をしていた。
確かにどちらが似合いそうかと言ったらシャルのほうだろうな。ただ、ミーナも似合わないと言うこともなさそうだ。
そう思ったことを素直に言ってみる。
「別にミーナも似合うと思うぞ」
「なっ!!?」
ミーナは顔を赤くして驚いてくる。
「似合わないわよ! それよりお風呂に行きましょう。ダンジョンで汗をかいたでしょう」
今度は風呂へと案内してくれる。当然俺は一人で浸かっていたが。
中はとても広い風呂だった。俺が普段使っている宿だとこんな風呂がついているなんてことはなかった。鑑定所で働いていたときは風呂付きの部屋に泊まっていたのだが、それでも今のここほど広くなかった。
両手足を広げても全然余裕がある。
せっかくなので大きく伸ばして全身の疲れを取る。
それにしても、今日は色々あったな。
俺一人でダンジョンに入るはずが、気がついたらシャルと一緒にはいることになり、怪我していたミーナを助けたらこうして風呂を貰えることになった。
い、いや、ダンジョン内は危険がいっぱいなんだ。
明日は我が身なんだ。
ちゃんと気を引き締めないと。
俺には戦闘スキルがないんだから……。
それからそのまま寝室へと案内された。どうやら今日のところは泊めてくれるようだ。せっかくなのでお言葉に甘えよう。
ただ、少し気になったのはこの家に執事やメイドの人はいるが、それ以外の人が全然見当たらないことだ。
何か事情があるのだろうな。
さすがに会って一日のどこともわからない奴にそんなことを教えてくれるはずもないだろう。また明日もダンジョンに入るんだ。早く休もう。
俺は布団に入って寝ようとすると扉をノックする音が聞こえた。
こんな時間に誰だろう?
不思議に思いながら返事をする。
「誰ですか?」
「わ、私です。少しいいですか?」
その声の主はシャルだった。
それなら断る理由もないので部屋に招き入れることにした。
「鍵はかかってないから入ってくれ」
するとゆっくりと扉が開き、おそらく寝巻きなのだろう、ワンピース服姿で手に枕を持ったシャルがひょっこりと顔をのぞかせる。
何に怯えているのかわからないが、とにかく俺はシャルを手招き入れる。
「あ、あの……、こんな遅くにすみません」
シャルはまず頭を下げて謝ってくる。その顔には不安の色が見えていた。
「別にいいぞ。それよりどうしたんだ?」
寝る間際だった俺はベッドに腰掛けながら話しかける。
「実は……こんなすごい部屋に泊まるのが初めてで寝られなくて……、少し話し相手になってもらえませんか?」
確かに孤児院ならこんな広い部屋が一人に与えられるようなことはないだろう。むしろ、普通のサイズの宿屋に複数人で泊まるような感じだろうし、そこになれたシャルだとこの部屋は落ち着かないかもしれないな。
「あぁ、いいぞ」
そう言いながら俺は隣の場所をポンポンと叩く。すると、シャルは目を大きく見開き、少し恥ずかしそうにしながら隣にちょこんと座った。そして、お礼を言ってくる。
「ありがとうございます」
「別にお礼を言うことじゃないよ」
「いえ、このことだけじゃなくて、私とパーティを組んでくれたこともです。あのままハクさんに会わなかったら今も一人あそこで泣いていた気がしますから……」
「シャルは魔法の才能があるわけだし、そのうちいいパーティが見つかったかもしれないぞ」
「い、いえ、私はハクさんのパーティで本当に良かったです。良かったらこれからも一緒にいさせてください……」
「俺は嬉しいけどいいのか?」
シャルの顔を見るが、当の彼女はスヤスヤと寝息を立て始めていた。
それを見て俺は呆れ顔になりながら、布団をかける。