負傷者
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油断せずにシャルは呪文を唱える。
「◯◯□◯、ファイアー」
さすがに何度も人と戦ってきたゴブリンだけあって、呪文の詠唱には驚いていない様子だった。しかし、シャルの手から火の玉が飛び出したあとに、その顔は驚きへと変わる。
「グルッ!?」
この通路では避けきれないほどの大きな火球がゴブリンを襲い、そのまま相手ゴブリンを焼き尽くしてしまった。
後に残されたのは赤色の魔石だけだった。今回は素材が落ちなかったようだ。
それにしてもレベル10のゴブリンを一撃とは……。どのくらいの強さだったのかはわからないけど、少なくとも俺が戦ったやつよりは強いだろう。
そして、シャルは初戦闘で疲れたのか、少し息を荒げていた。
いや、それだけではない。どこか顔色が悪いようにも見える。
「少し疲れました……」
シャルは棍棒を杖代わりにしてなんとか立っている様子だった。
そういえば聞いたことある。
魔法は精神力を使うから日に何発も撃てない。撃つ数には限りがあると……。
そして、魔法を使いすぎると疲れがドッと出ると……。
今のシャルがその状態なのかもしれない。
ただ、それも経験を積んでいけば次第に撃てる数が増えるらしい。
「それなら少し休もう——」
「キャーーーー!」
俺が提案しようとしたその時にダンジョンの奥の方から悲鳴が聞こえる。
「ハクさん、行きましょう!」
疲れてるはずのシャルが強めの言葉で言い放つ。
「あぁ、行こう」
俺はその言葉に頷く。
ただ、ダンジョン内の出来事だ。俺たちが危険にさらされるのならその時は見捨てることも視野に入れないと。
先を走っていくシャルの後ろ姿を目で追いながら俺は覚悟を決めていた。
声がしてきた場所は初めてゴブリンと戦った、少し開けたところと似た少し広めの空間だった。
そして、その部屋の中央に倒れた人たちが何人かいた。
四人組のパーティか……。
ただ、俺の【詳細鑑定】によると生きているものはほとんどいない。一人だけ……赤い長髪で宝石が幾つも付いた高そうなローブを着込み、その一部分がやけに盛り上がった少女だけがまだ息があるようだった。
【白色冒険者証、レベル3】
【風魔法、レベル0(宝玉)】
【強化魔法、レベル1】
【妨害魔法、レベル1】
この倒れてる少女もシャルと同じ魔法使いのようだ。ただ、顔を真っ青にして血を流している様子を見るとあまり長い時間置いておくわけにもいかない。
しかし俺たちはその空間には入らずに様子を窺っていた。
その少女らを囲むようにたくさんの狼型の魔物が陣取っていた。
おそらくこの魔物にやられたのだろう。
『ウルフ、レベル3』
【疾風】
レベル自体はあのゴブリンの方が強かったな。ただ今回は数が多い。一、二、……全部で八体か。すでに倒されてる分も含めると二桁以上の数がいたのだろう。
すでに魔力の限界が近いシャルと戦闘スキルのない俺。
実際にパーティが組めるほどの……、やはり戦闘スキル持ちの人らだったのだろう。そんな彼らが倒されるほどなのだ。
やはり戦うべきではないだろうな。
そう判断した俺はシャルを見つめる。
「ここはかわいそうだけど……」
見捨てよう……、そう言いかけた時にシャルがそっと首を振る。
「いえ、やります。やらせてください」
強い視線を向けてくるシャル。
しかし、今のままでは無謀にしか思えない。
「いや、今のままでは無謀だ。あれだけの数がいると俺たち二人ではどうすることも……」
「私の魔法なら……」
「もうあまり数が撃てないよな? 今のままでは無謀だ」
「なら、一撃で複数倒せばいいのですね」
「それなら問題ないが……」
「わかりました。やってみますね」
シャルは呪文を唱え始める。しかし、その呪文はいつもと少し違うようだった。
「△◯◯□、ファイアー」
いつもの大きな火炎玉ではなく、小さな火炎玉がいくつもシャルの手から飛び出してくる。
その威力、一発一発は大きな火炎玉に及ばないものの、今までもオーバーキルだったのだ。
そこまでの威力がなくても十分倒せる威力のようだ。
複数個の火炎玉をなんとか躱そうと早い動きで躱していくウルフたち。しかし、数が多すぎる弊害でその回避力をうまく利用できないようで、次第に追いつめられては火炎玉にあたり、倒れていった。