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おかしな短編

サイボーグは恋を避ける

作者: 井川林檎

アニメなどでは、変身する際、魔法の小道具やなんらかの些細なきっかけが魔法を始動させるものです。



※下品、お馬鹿、意味不明 注意

 特殊な能力を秘めたわたしたちは、一見普通の人間と同じである。

 普段の生活それ自体は他と変わらず、たぶん、周囲の誰も、わたしがサイボーグであることなど気づきもしないだろう。


 わたしたちが――同じような定めを負う者が他にもいるという――なんのために産み出されたのか、いつも不思議な指示を出す「彼」がなにものなのか、未だ分からない。

 わたしが、自分の特殊さに気づいたのはある日突然の事であり、きっかけがないままであれば、未だに自分がサイボーグであることすら知らずに過ごしていただろう。


 そう。

 自分がサイボーグであることを、知らずに今も過ごしている何人かが、他にもいるのである。

 この能力は恐るべきものであり、自分の定めを知ったその日から、あなたは人の世の愛から離れることになる。


 愛してはならない。

 ……というか、愛しても惨めになるだけなのだ。




 「サイボーグ5号、聞こえるか」

 「彼」からの指示は、いつも唐突に、時ど場合を考えずに直接に送り込まれる。

 深い声音の「彼」はぎこちない日本語を使い、おそらくこの人は日本人ではないのだろうと思われた。


 「新宿区に奴らが現れた。ビルを破壊しはじめる前に、食い止めろ」


 ちなみにこういった指示は、仕事の会議中や、トイレ中や、自宅で風呂に入っている最中でも容赦なく送られる。

 指示は絶対であり、従わないことはあり得ない。

 「彼」はサイボーグにとって支配主である。


 そうだ。

 たとえ、吉野家で並盛を注文し、どんと目の前に置かれ、箸を手にした瞬間であろうとも。

 

 そして、その指令が下った時、サイボーグは速やかに「力」をリリースし、現場に向かわねばならないのだった。

 リリースするには「あること」をしなくてはならず、その「あること」をした直後、大急ぎでその場から姿を消さねばならない。そうではないと、自分がサイボーグの能力を発揮し、瞬間移動したり飛翔したりする姿を他人に診られてしまうからである。


 だから、その場にいた人は、「あいつ突然逃げた」と、思う。

 牛丼にいたっては「食い逃げ」と思われ、もう二度とその店に行けないのだった。


 (なにも、人前で『それ』をしてから、大急ぎでその場を離れてサイボーグ化しなくても良かろうに)

 と、心の底から嘆かわしく思う。順番が間違っている。


 指示→「それ」→逃亡→リリース

 ではなく

 指示→逃亡→「それ」→リリース

 であるべきだと思う。どうしてそうじゃないのか。

 

 そもそも、どうしてリリースするのに「それ」をしないといけないのか。


 わたしたちの支配主の考えていることは謎であり、それ故のサイボーグの悲しさだ。

 逃れようのない定めを背負い、サイボーグは永遠に孤独。

 



 サイボーグの事情のために、わたしは恋を諦めていた。

 好きになってはならない、万が一誰かを好きになったら、絶対にリリースの際、同席していてはならないと思い詰めていた。

 (……人を好きになることなど、わたしたちには許されない)

 いつしかわたしの心は凍り付き、恋や愛など忘れかけていた。


 だが、この頃、行きつけの喫茶の新人ウエイターが気になっているのである。

 ヒイラギ君という。エプロンに名札がついているから、名字だけは分かるのだ。


 すっとした長身で、鼻筋が通っていて、まつげがふっさりと影を落とすようだ。

 さらりとした髪の毛は清潔感に溢れており、絵から抜け出したような綺麗な人なのだった。


 「モーニング、お持ちしました」

 そう言って注文したものを運んでくれた時の声も良い。

 ささやくような、控えめだが意志の強そうな――。


 カップをテーブルに置く指のかたち。

 一番近い位置に来る横顔の瞬間。


 ……つまりわたしは、ヒイラギ君に片思いをしていたのだった。

 (いけない、こんなのはいけない)

 傷つくだけだ。

 

 


 ああ、「それ」さえなければ。

 サイボーグだろうと何だろうとこの際、自分がなんだろうと好きなものは仕方がない。

 問題は「それ」なのだった。

 「指示」が下った直後のお約束、力をリリースするために必要な「それ」……。



 

 時が過ぎるにつれ、想いは熱く切なくなる。

 毎日でもヒイラギ君の顔を見たい。そう思った。

 通えば通うほど、運命の悲劇が早まることは分かっていた。だけど止められなかった。


 そしてある日。

 「モーニング、お持ちしました」

 ヒイラギ君がトレイを持って通路を歩いてきた時、「彼」からの指示がきたのである。


 「サイボーグ5号、聞こえるか。上野動物園のパンダの檻付近で奴らが現れた。速やかに駆逐せよ」


 

 ……パンダ。


 「彼」から指示がきたら、即座に反応するのがわたしたちの常である。

 だがわたしは、その時、人の心を取り戻していた。

 できない。今ここで。そんな。


 ……パンダのために?

 (確かにパンダは希少だし、みんなの人気者だけど、だからといって、どうして今)

 (なんでわたしに指示が下るのか。他にもサイボーグはいるはずなのに)

 (いっそのこと、聞こえなかったふりをしてしまおう)


 今まさにヒイラギ君はテーブルに近づき、潤んだような綺麗な瞳でわたしを見つめているのだった。

 ああ、いつも来てくれているお客さんだ、位には思ってくれているだろうか。

 微かに微笑む唇。それは営業スマイルなのか、それとも、ちょっとくらいはわたしに好意を持ってくれているのか。


 (ヒイラギ君)

 わたしは膝の上の拳を固く握りしめる。

 指令を受けた時の常として、頭ががんがんと脅迫されるように痛む。この激痛にせかされるようにして、たまらなくなって、我々は「それ」を行い、力をリリースするのである。


 (こんちくしょう)

 と、わたしは思う。悲しい怒りで全身が震えるようだった。

 わたしの心は血の涙を流す……。


 (リリースする方法を、敢えて『それ』にした理由を、こんちくしょうに、いつか説明させてやる)

 納得できるようにな。いや、とうてい納得できないだろうけれどさ。


 ずきんずきんずきんずきん。

 パンダパンダパンダパンダパンパンパパンダパパパパパパパ……。



 「サイボーグ5号、速やかに駆逐せよ。このままでは奴らはパンダを捕獲し悪のエナジーに取り込むだろう」

 愛らしい希少動物を、そのようなことに利用させては、断じてならぬ。

 一刻の猶予もならぬ。さあ、今すぐ、今そこで、さあ。さあ。


 折しもその時、ヒイラギ君はわたしの真横にきて、トーストとゆで卵、湯気のたつコーヒーをテーブルに置いたところだった。

 美しい横顔がわたしの目前にあり、しかもなんということか、彼はそっと横目でわたしを見たのだった。

 

 視線が、合った。

 はじめて、彼が、わたしを見た……。




 「サイボーグ5号、さあ、サイボーグ5号」

 ずきんずきんずきんずき……

 パンパンパパパパンパンパパパンパ……


 パンダアアアアアアア!? 



 「リリース!」

 と、「彼」の絶叫が脳裏でこだました。

 そしてわたしは、サイボーグの掟に従ったのである。



 「君、いつもこの席に座るんだね……」

 と、ヒイラギ君が囁くような声でそう言った瞬間、その声に覆いかぶせるように。




 ぶぶー、ぶひ、ぶぶぶぶっ……ぶるぶるぶるぶりゅう。


 「……」

 「……」


 ありえない沈黙が落ち、わたしは立ち上がって、絶叫しながらその場を立ち去ったのだった。

 「うあああああああああああっ」

 

 パンダなんて、パンダなんて、全部黒くなっちまえ……!


 


 わたしたちサイボーグが力をリリースするには、大音量の屁を放たねばならないのだった。

 放屁と共に失ったわたしの恋。

 悲しみの定めに涙が散り、わたしは喫茶を飛び出すと、そのまま空高く飛翔したのだった。


 「そうだサイボーグ5号、それでいい」

 おのれの定めを忘れるな……!



 

 自分がサイボーグであることを、知らずに今も過ごしている何人かが、他にもいるのである。

 この能力は恐るべきものであり、自分の定めを知ったその日から、あなたは人の世の愛から離れることになる。

パンダが全部黒くなったら、ただのクマ。

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