自殺
首に縄をかけて、端はドアノブにしっかりと結ぶ。次は失敗などしたくない。以前は引っかけたまではいいが、無意識に身体が暴れて、縄が外れて死にぞこなった。次は失敗しないはずだ。
さしあたり苦しいのは最初だけで、あっ、と思ったときには手にも足にも力が入らなくなるはずだ。よし。準備が出来た。あとは首にかけた縄に体重を掛けるだけだ。始めは少々苦しいが、しばらくすると、目の前がぼやけてくる。だんだんと意識が遠のくのが分かる。目の前が真っ白になって…。
「何だよ。お前さん、また自分で首吊っちまったのかい?」
「えっ」
唐突に声を掛けられて俺は驚いた。気がつくと光に満ちた空間に居た。
「まったく、まだあんたは死んじゃ駄目なんだよ」
目の前には中性的な顔立ちをして、事務的な笑みを浮かべた人物がいた。
「あんた誰だ!?ってか、ここ、どこ?」
俺は質問した。
「私は死者の魂をあの世に送る管理者だ。ここは、まあ、さしあたり、受付といったとこかな」
辺りを見ると確かに受付のような小さなカウンターが傍にあった。
「ってことは、死んだのか、俺?」
しかしながら、彼は首を横振り、
「いや、正確には、まだ死んではいない」
と言った。それから話を続けた。
「ここから現世に突き返せば、本人は生き返る。程度の差はあるけどね」
程度の差という言葉が引っかかったが、俺はさらに質問した。
「さっき、まだ死んじゃだめだとか何とか…」
彼はちょっと困ったような表情で、
「それは、まあ、あの世にもスケジュールというものがあってだね…寿命とか事故や病気で死ぬのはだいたい決まっているんだ。だが自殺と言うのは厄介なもんで…特におたくの国からは自殺者が多くて、こちらとしては困っているんだよ。まったく。これは突発的なものが多くて…って、ほんとはこの話はしちゃいけなんだけどねぇ」
と言った。
「俺はそんな説明求めてないですけど…」
そう答えると彼は言った。
「まっ、ともかく、ささっと現世に返ってくれよ」
「ここまできて帰れるかよ。生き返ったら、また死んでやる」
俺がそう言うと、彼はあきれた顔をして言った。
「それだから困るんだよな。あの世だってスペースは有限なんだから。人生を全うした魂はあの世に行ってからしばらくすると、再び現世に戻るか、違う次元に移行するんだけど、そうじゃなかったり、自殺した魂はずっと居座ってしまうんだ。もうそろそろ収容スペースがパンクしそうなんでね。だから、出来る限り、自殺者の魂は現世に戻ってもらう必要が有るんだよね。ただ、あまりにも肉体の損傷が激しい場合は別だけどね。あんたは運がいいよ。友人が訪ねてきて間一髪で助かるら。ほら、そうと分ったら現世に戻った!戻った!」
その直後、目の前が真っ暗になり、俺は、まるで自由落下して行くかのような感覚に陥った。
気がつくと俺は床の上に仰向けで倒れていた。
「大丈夫か?」
友人の声がした。起き上がると頭がクラクラした。
「まったく!君は何してんだい。もうちょっと僕の訪ねるのが遅かったら、死んでたよ」
「すまんな」
そう言いながら、俺は、さっき見たのは夢だったのだろうか、それとも本当なのだろうかと、ぼんやりする頭で思ったのだった。