誰かに伝わればいい。
映画が一般公開された。
主役が今人気の若手俳優のためか、連日満員だった。
エンディングのピアノ曲が話題になっている。20年前に、ヒットした曲だということを覚えている人も、初めて聴いたという人にも好評価だった。
20年前に、この曲を弾いたサユカさんのCDが、また売れていた。
RSKのミニアルバムのレコーディングは終わった。ホームページにミニアルバムの予約が、けっこう入っていた。
「京子さん、県内だけじゃなくて、関東の方からの予約も入ってますよ。」
真吾くんが予約状況を見ていった。
駿くんと、カンジくんがいたバンドのファンも予約しているのだろう。
あとは、ジャケットの撮影とMVの撮影しなくてはいけない。
ディナータイムに、珍しく義姉が子供を連れてきた。
「珍しいですね。お義姉さんがくるなんて」
リョウタが義姉に言った。
「今日、仕事が、やっと休みで、旦那も遅いし、夕飯の支度が、面倒で、外食にしたの。子供達が、京子おばちゃんの店がいいというから、来たのよ」
義姉も、パートリーダーになって忙しいみたいだ。
「お義姉さん、いらっしゃいませ。仕事忙しいんですか?」
私はホールに出て、義姉に、挨拶をした。
「もう大変よ。パートリーダーになったら、パートをまとめるのを大変で。年配のパートは言うこと聞かないし、4時間くらいの主婦のパートは、お喋りばかりして帰るし、若いパートは、やる気ないし。もうクタクタ。上に立つってラクじゃないわね。改めて京子さんの大変さが分かったわ」
私は、今は特別、仕事の人間関係では大変ではないが、OL時代は確かに不満ばかりだった。
義姉も気楽な気分でパートしてたから、パートリーダーになって大変さが実感したらしい。
そういうわけで義姉は、夕飯作るのが面倒になったわけだ。
「京子おばちゃん。ボク、たらこパスタがいいー。ピザも」
有くんは、義姉の話はどうでもいいらしく、早く食べたいみたいだった。
「莉菜ちゃんは、なんにする?」
私は莉菜ちゃんに聞いた。
「莉菜も、たらこパスタがいいー。あとプリン」
でも、有くんと、莉菜ちゃんは、たまの外食で、嬉しそうだった。
「京子おばちゃん。ボク、大盛りね」
有くんは、また大きくなって食欲旺盛だ。サッカークラブに入ってるらしい。
「リョウタくん。そういえば、アルバムいつ出るの?」
義姉がリョウタのバンドに興味あるとは信じられないが、リョウタに聞いてきた。
「レコーディングは終わったんで、発売は来月です。」
なんでも義姉の職場に、RSKのファンの若い子がいるらしく、聞かれたらしい。
「どこで、売るの?」
「ホームページで、予約受け付けてるんで送ることも、できますし、ここの店でも売りますよ」
義姉達が帰ったあと、リョウタが言った。
「お義姉さん。前より話やすくなったね」
確かに、前よりは、刺々しさはなくなった。
公務員の妻とはいえ、働いて子育てすることの大変さが分かったのかもしれない。
江口さんからサユカさんのコンサートのチケットが届いた。
うちの県でやるらしい。
しかし、4歳の恭ちゃんはコンサートは無理だろう。
恭ちゃんをおいて行くのもな。
リョウタと二人で行ったら恭ちゃんも、ついていくと言うだろう。だからサユカさんのコンサートを行くか悩んでいる。
「じゃあ、慶子さん誘って行ってきたら?オレと恭は、マンションで待ってるから」
リョウタが、そう言ってくれたからコンサート行くことにした。
サユカさんのコンサートは満員だった。
世界的なピアニストになったサユカさんは今は46歳だ。
コンサートが、終わってから、私は楽屋に行った。
「京子さん、お久しぶりです」
サユカさんは、私を覚えていてくれたようだ。
「映画見ました。あの映画に京子さんのピアノ、はまってましたね。素敵な音色でした。」
「ありがとうございます。サユカさんの今日のコンサート素晴らしかったです。見にきて良かったです。これからも、活躍を期待してます」
私はサユカさんに言った。
「私が今。こうしてピアニストを続けていられるのは、京子さんの曲に出会ったからです。」
第一線でプロのピアニストで、やっていけるのは一握りだ。
サユカさんは、こうして20年もピアノを弾き続けている。
それは、サユカさんのピアノが好きだという人が沢山いるからだろう。
あの20歳の音大生のピアニストが、私の曲を弾けなかったのは弾きたい気持ちが弱く、誰にも伝わらなかったからだ。
歌詞がない分で、音で伝えなくてはいけない。
たった一人にでもいい。伝えたいという気持ちは大切だ。
サユカさんは、私の曲を全国に伝えてくれた。
「おかえりー」
リョウタと恭ちゃんがマンションで待っていた。
RSKのアルバム、宣伝しなくちゃね。
リョウタの曲を、一人でも多くに、伝わってほしい。




