自慢の娘。
最近、3件隣の加藤さんが、我が家に昼にお茶のみにくるらしい。加藤さんは、60歳、35歳の息子さんと、30歳の娘がいる。
息子さんは、隣の県に就職して、独身である。娘さんは、結婚して、私がいた地方都市に住んでいる。
「お正月は、娘夫婦にハワイに連れていってもらったのよ。暖かくて、とても、良かったわ。笹原さんは、お正月は、どちらに行かれたんですか」
また、始まった。娘さん自慢が、これから延々と続く。
「うちは、婿の両親と一緒に、温泉に行きました」
母親が言った。
「温泉わねー。いつでも、いけるからね。ハワイなんて、いつも行けないですからね。全部、娘の旦那が、出してくれたんですよ。うちの婿は、大きな会社の息子なので、いずれ社長なんですよ」
だから、どうしたと言いたい。
「うちの娘、孫のために、朝4時に起きて、キャラ弁作ってるんですよ。幼稚園で子供が喜ぶ顔が見たいって、一生懸命なんですよ。笹原んちの京子ちゃんは、何時に起きるの?」
弁当に、そんなに時間をかけたくない。
「うちの京子は、6時半頃ですよ。そんな早く起きないです」
「まあ、働いてるから仕方ないですけど、京子ちゃんも、いい年のわりには、気持ちは若いのね。そんな遅く起きるんじゃ。今時の人ですねー。うちの娘は、若いのに、いつも動いてて、綺麗好きで、料理上手で、家事が完璧なんですよ。料理なんて、手の込んだもの作って、3日間煮込んだりするです。うちの娘、嫁ぎ先の近所でも、今時、出来た嫁だって、人気者の嫁なんです。うちの娘は、素直で優しい娘なので、誰からも好かれるんですよ」
素直で優しい?加藤さんの娘さん、昔から、ツンツンして、挨拶されたことも、なかったけど、結婚して変わったのかしら?
「やっぱり、女は、結婚して、専業主婦になるのが一番。うちの娘、可愛い顔してるし、性格もいいから、金持ちで、立派な旦那さんと結婚できたのよね。女は学歴は必要ないですよね。」
加藤さんの娘さんは、高卒で就職して、婚活して、結婚相手をみつけたようである。
「京子ちゃんは、お金のかかる有名私立大学でてもねー。結局、地元に戻ってきて、ちいさなお店をやってるんではね。夜まで働いてるし、大学にいかせた意味ないですよね。大学に行かせたお金勿体ないですねー」
加藤さんは、大学に行った私をかなり、やっかんでるようだった。
金持ちの旦那を見つけた加藤さんの娘さんは、それは、それで、すごいのだろうが、それを私と比べて、どうするんだろうか。
大学に行って意味がないと言い切れるのだろうか。勉強して無駄だったということが、あるのだろうか。
「京子は、私達が、無理言って帰ってきてもらったんですよ。私達が帰ってこいと言わなかったら都会にいました。」
うちの母親も、さすがに、カチンときたのか言った。
「でも、年下の若いお婿さんを連れて帰ってきて、稼ぎは、期待できないでしょう。結局、京子ちゃんが、オーナーの店で、店長してるくらいですもんね。笹原さんのお婿さん、うちの娘と同じ年じゃ、仕方ないですけど。うちの娘は、若いのに、しっかりしてますけど。やっぱり、男は顔じゃないですよね。稼ぎですよね」
加藤さんは、自分の婿とリョウタを比べ、かなり見下していた。
母親は、こういう人に対抗してもしょうがないと思って、それ以上、何も言わなかったらしい。
私とリョウタが、店が終わって帰ってきた。
「京子、今日も、加藤さんきて、また、娘さんの話で、飽きたわよ。もう、ちょっとしたことも自慢にするから、ある意味すごいわ」
「加藤さんの娘さんって、そんな評判よかったかしら?結婚して子供できて、人間出来たのかな。その娘さんの旦那さん。なんて会社?そんなに、大きな会社なら、私、知ってるはず」
「なんでも、不動産業らしい。たしか娘さん、藤田って名字になったはずよ。」
母親が言った。
「不動産業で、藤田?知らないな。個人の不動産かな」
大きな会社の不動産業なら、私の仕事上知ってるはずだが、知らない不動産業も、あるかもしれないからね。
「明日、集会所で、近所の婦人会あるから、憂鬱だわー」
母親は、明日も、加藤さんに会わないといけないらしい。
次の日。集会所で、近所のおばさん達は、集まった。
「うちの嫁、ギリギリまで寝てて、朝食、私が作るのよ。今時の若い人はねー」
佐藤さんのおばさんが嫁を言った。
すると、すかさず、加藤さんが言った。
「ほんとねー。今の若い人はね。うちの娘は、若いのに、朝4時に起きて、孫のお弁当作るんですよー。」
「4時じゃね。早すぎる。早く起きて、うるさくされるのも嫌だね。笹原さんの京子ちゃんは、何時に起きるの?」
佐藤さんのおばさんが、うちの母親に聞いてきた。
「京子は、疲れてるのか、遅いです。6時半に起きて、30分で孫のお弁当と、朝食作って、洗濯物干して、仕込みあるから、店に9時には行くんです」
母親が、正直に早く起きないことを言った。
「さすが、京子ちゃんね。京子ちゃんの手際よさなら、10分くらいで、美味しいお弁当作れるだろしね。やっぱり主婦は、忙しいから、丁寧にやってられないよね。早くて美味しいのが一番。時間かけりゃ、いいってわけじゃないよね」
ちょっと年輩の明石さんが言った。
「そうそう、早くて、美味しくできるなんて、さすが京子ちゃん。プロよね。資格も持ってるから、栄養のバランス考えてるだろうし、お弁当、ただ飾ればいいってもんじゃないよね。」
今度は、津久田さんが言った。
「でも、京子は、雑だから、丁寧にやってられないだけですよ」
母親は、いちおう謙遜した。
「雑じゃないでしょう。お店での盛り付けなんで、すごいわよ。プロよ」
津久田さんが言った。
「でも、京子ちゃんが、すごくても、お婿さんが、雇われ店長みたいなものでしょう。やはり女は、旦那次第よ。私の娘婿なんで、大きな会社の息子だから、年収がすごいです」
加藤さんが、負けじと、対抗しだした。
「別に、加藤さんのお婿さんの年収すごくても、この町に貢献してるわけじゃないからね。この町には、関係ないわよね。笹原さんのお婿さんのリョウタくんなんて、この町に貢献してるのよ。この間の特産まつりの動員数、いつもの10倍だったらしいわよ。やっぱりイケメンが、宣伝すると違うわね。経済効果すごかったらしい。やっぱり、町を活性化させる若者っていいわねー」
津久田さんが、リョウタをかばうように言った。
「でも、顔ばかりよくてもねー」
加藤さんは、まだ気に入らないようだ。
「リョウタくん。私みたいな年寄りに、ニコニコして、声かけて、挨拶してくれるんだよね。『おばあちゃん、風邪ひかないようにね』なんて言ってくれて。年寄りでも、若いイケメンに言われて嬉しいわ」
80歳になる立川さんが言った。
「イケメンに声かけられて、立川さん、ホルモンバランス活性化するんじゃないの。キャハハ」
明石さんが、笑った。
「そうよね。年をとっても、イケメンに優しくされるのは、嬉しいわよね」
津久田さんが言った。
「イケメンで、挨拶もきちんとするし、リョウタくんは、なかなかよね。やっぱり、京子ちゃんの躾がいんだろうね。今の時代、威張り散らしてる亭主関白じゃダメよね。女が上手く男を躾しなくちゃ。年収ばかりよくても、挨拶できないんじゃねー。感じ悪いわよね。」
明石さんが言った。
加藤さんは、みんなが、リョウタを援護したので、立場がないようだった。
店が休みの日。
津久田さんが、うちの家に来た。
「京子ちゃん。せっかく休みなのに、お邪魔して、ごめんね」
「全然いいですよ。ゆっくりしてって下さい」
私は津久田さんに、焼いたパウンドケーキと、紅茶をだした。
「京子ちゃん。このケーキ美味しいー。その辺のケーキ屋で、こんな美味しいケーキ売ってないわよ」
津久田さんは、パウンドケーキを絶賛してくれた。
私は、お茶をだしてから、私がいても話の邪魔だろうと、二階に行った。
「この間、加藤さんの娘さんが、帰ってきてたんだけど、回覧板持って行ったら、娘さん、挨拶もしないで、迷惑そうな顔をされたわよっ。感じの悪い娘よねー。子供もいるのに、挨拶できないなんてね。自慢の娘でも、それではね」
津久田さんが、加藤さんの娘さんの態度に怒って、母親に言った。
あれっ。近所でも、評判のいい人気者の娘さんじゃなかったっけ?
優しくて素直な娘さんじゃなかったっけ?
そういう性格のいい娘さんが、他人に挨拶できないなんてね。
誰だって、娘は、自慢したい。
自慢の娘だと言いたい。
でも、他人の娘をけなしてまで、自慢することなのだろうか。
それこそ、その自慢に、なんの意味が、あるのだろう。




