社用携帯。
真吾くんが店に来た時に渡した。
「真吾くんの社用の携帯を渡しとくね。けっこう仕事の話で携帯ですること多いと思うし」
「えっ。いんですか」
真吾くんは携帯を渡されて、少し躊躇したようだ。
「うちの頼りになるマネジャーなんだもの当たり前でしょう」
真吾くんは、ホッとしたような顔をした。
「ありがとうございます。オレ、RSKの新曲売れるように頑張ります」
日曜日。
「京子、波野さんが来たわよ。真吾くんのお父さん。お米を一俵頂いたわよ」
母親が呼びにきた。
一俵も。しかも真吾くんのお父さんが来るって、どうしたんだろう。
私は挨拶するために下に降りて行った。
「京子ちゃん。いつも真吾がお世話になってます。そのお礼と言ってはなんだけど、うちの米、食べてください」
真吾くんのお父さんは、私に頭を下げた。
「こちらこそ、真吾くんには私と主人もお世話になってますので、こんなに頂いていんですか」
私は恐縮して言った。
「いんです。私の気持ちです。 3年前、私が体調を崩して、思うように農業が出来なくなり、それで真吾が帰ってきて、農家を継ぎましたが、真吾は私と違って頭が良かったもんですから、東京の大学行かせたんです。東京で、それなりの会社に就職したので農家を無理に継がせる気は無かった。東京でサラリーマンやってた真吾には、田舎で農業ばかりじゃ、やり甲斐ないだろうと思ってました。我慢して農業を継いでるのも、わかりました。私も体調も良くなってきたので、真吾夫婦を都会に戻そうかとも思いました。紀香ちゃんだって、これから孫のために都会の生活のほうがいいだろうし。
だから子供が産まれたし、都会に戻ってもいいと。農業は、真吾の姉の旦那にお願いしてみるからと真吾に言ったんです。
そしたら、『オレは、今、リョウタくん達のバンドをRSKのマネージメントにやり甲斐を感じてる。RSKの曲を日本全国に聴いてもらいたい。そして、京子さんの元で働きたい。京子さんは、先を読んで的確な指示で今までいない素晴らしい上司だ。だから農業をやりながら、マネージャーの仕事をやりたい。だから、ここにいる。オレが農業を継ぐ』と言ってくれましてね。
私も、本音は娘婿に継がせるより、自分の息子に継いでもらったほうがいいに決まってます。孫とも離れるのは寂しかったので真吾が、そう言ってくれたので、嬉かったです。それも京子ちゃんのおかげです。ありがとう」
真吾くんのお父さんは、また私に頭をさげた。
それは親なら自分の息子に継いで貰いたいだろう。
真吾くん、ありがとう。
東京の企業で働いた真吾くんからすれば、こんな小さな事務所のマネージャーなんて、張り合いないだろうと思っていたから、そう思っていてくれて嬉しかった。
私も頼りになる最高の部下をもって、幸せです。
だから真吾くん、駿くん、カンジくんに迷惑かけないように、この事務所を続けられるように頑張る。
真吾くんの言葉で励みになった。
真吾くんのお父さんが帰ってから、私は恭ちゃんとスーパーに行った。
「もしかして、京子ちゃん?」
70歳くらいの老人の女性が私に声をかけた。
「私、工藤です。」
それは、高校まで習っていた私のピアノの先生だった。
「松坂健人くんが主演の映画を見ました。もしかして最後のピアノ曲は、京子ちゃんが弾いたのではないですか」
工藤先生は、私のピアノと気づいたようだ。
「はい。私が弾きました」
「やっぱり。あのピアノを聴いて、京子ちゃんのピアノの音だと分かりました。あの音は京子ちゃんにしか出せない音だから。まだ京子ちゃん、ピアノを弾いててくれてるんだと嬉しかったです」
工藤先生は家で、まだピアノを教えてるそうだ。
「高校生の孫がね。あの映画のピアノ曲が大好きで、一生懸命練習して弾いてました」
先生は、嬉しそうに言った。
「わたし、ピアノ教室やって良かった。家で教室を開いて初めての生徒が京子ちゃんでした。京子ちゃんはコンクールでも優勝したし、こんな個人のピアノ教室で習わないで、大きな音楽教室に習いに行ったほうがいいくらいの素晴らしい才能を持っていました。でも大学にいくまで、ずっと私の教室に通ってきてくれて、ありがとう。」
先生は、本当に嬉しそうにお礼を言った。
「ボクも、ピアノするの?」
先生が恭ちゃんに言った。
「ボクはママのピアノで歌を歌うの。パパもだよ」
「そう。それは素敵ね」
先生は、恭ちゃんに微笑んだ。
そして松坂健人くん主演のドラマが始まった。
エンディングに流れるRSKのラブバラード。
ピアノは、私が弾いた。




