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貧乏神様

作者: ヤンビー

僕には幼ごこちに覚えている奇妙なことがあった。


確か小学校に入るか入らないかくらいのとき。僕は家にやってきた祖父母に連れられ東京へ寺参りに行った。

それでその帰りの電車の中でだ。向かいに座っていたおじさんが僕の手相も見るわけでなく突然こう言うのである。

「君は将来、お金に困ることのない立派な人になるだろう」と。


あともう一つ。当時はあまり気にはしていなかったことだが僕が所持しているカバンやリュックの底からは長い女の髪の毛のようなものが何本か必ずと言っていいほど出てくる。あの日が来るまでずっとそうだった。



その日はどんよりと曇っていてそのうえ北風の冷たい日だった。町内会で自分の番が回ってきたということで母は町で祀ろわれている祠の掃除に今から行くという。冬休みで実家に帰省していた大学生の僕はその手伝いに付いていくことにした。


そのほこらというのは人の気配がほとんどない林道の中の巨大な樹の懐にあるもので地元の子供たちからはトトロの森として肝試しに絶好の場所として親しまれ、大人たちからは奇妙なことが起こるところだと噂される。そんな所だった。


寒いので掃除はてきぱきと終わらせて早く帰ろう。一通り掃除を終え僕はちりとりに集めた枯れ葉を穴へ捨てに裏の方へ行った。


パキッ・・・。枝を踏み抜く音。

僕の背後の方から聞こえる。なんだろうか。狸かな。でもこんな時期に出てくるとは間抜けな奴だな。そんなことを思いながら何気なく後ろを振り返る。


・・なんだあれ!?

木々の間からくすんだ灰色の服を身にまとった何者かがこっちにゆらゆらと近づいてくる。最初は浮浪者かと思った。僕が当時住んでいた辺りでそんな感じの人が結構いたのだ。

いずれにしろ気味が悪い。見なかったことにしてさっさと帰ろう。そう思うのだが何故か体が一歩も動かない。これはおかしい。


再びその人を見る。そして気付いた。その人が髪の長い女で着ている服のあわせが左前になっているということに。


僕は驚きのあまり叫ぶこともできずに立ち尽くしているとその女はどんどんこっちへやって来て僕の腕をがちっと掴んだ。その力は女のものとは思えないほど強かったが何故か痛くはなかった。でもそれが余計に恐怖で僕は半狂乱になりながら女の腕を引き離そうとする。女には予想外なことに触れられることができた。けれどその感触が人のものとは思えない異常なものであった。

かさかさしていたのである。それも滑ってまともに掴むことができない程に。


女は次にもう片方の腕を僕の胸の辺りにやってくる。今度はその腕に質量はなく胸を突き抜けていくのだ。どうも女はそうやって僕の中に入ってこようというつもりらしい。


このまま僕はどうなってしまうのだろうと思っていると、異常な声を聞きつけた母がやって来て彼女も今までにないヒステリックな声を発しながら女の腕を掴んで僕から引き離した。確かこのとき母は手首の辺りを掴んでいたと思う。


「何やってんの?早く逃げなさい」

その声にあてられ僕はすぐさま表まで駆け出し、そこに止めてあった自転車を飛ばした。それはもう必死に。


しばらく自転車を走らせ、林道を出るあたりでさすがにもう巻いたかなと思い後ろを見るとあの女が信じられないような速さで僕の後ろを追って来ていて、それももうそこまで迫っている。

これは追いつかれる。そう頭では思っていたが他にできることはなく、何よりパニックであったため僕はそのまま自転車を飛ばした。


そして遂に車が行きかう大きめの道へ差し掛かろうかというとき大変なことに気付いた。そういえばこの自転車、ブレーキが効かないぞ。僕はどうも自転車の乗り方が悪いらしく、パッドのところをすり減らしてブレーキが効かなくさせることが多々あったのだ。


僕は為すすべもなく、スピードが出たまま車道へ突っ込み左からやってきた車に衝突し意識を失った。


次に気付いたときには病院のベッドの上であった。自分の体のことよりまずあの女はどうなったという思いが先行し辺りを見るがその姿は見当たらない。

しばらく待っていると看護師がやって来て僕の容態を話してくれた。

特に目立った外傷はない。ただ首を少し痛めた可能性があるから念のためギプスをつけさせてもらっている。と。

結構な事故だったのにそれだけのケガで済んで本当に運がいい。次はそんなラッキーなことはないから気をつけなさいよ。そうとも話してくれた。


一応、様子を見るということでその日は病院で過ごし次の日に退院した。退院するや否や、婆ちゃんの知り合いの住職さんのところへ行ってお祓いを受けてきましょうという母の提案で家にも帰らずそのままの足で電車に乗り、東京にあるというその寺へ向かった。


寺は住職が一人で運営しているこじんまりとした所であったが、その割に庭が信じられないくらい綺麗な少し変わった感じの所だった。

僕はすぐさま寺の中に案内され奥の方で住職から一連のお祓いを受ける。母の方は昨日の内にすでにしてもらったらしい。

お祓いが終わると終始険しい顔をしていた住職は一転して顔をほころばせ「もう大丈夫ですよ」とそう言った。

一応、念のためにとお札をもらい何かあったらすぐに連絡をという言葉を受け賜わってから僕らは寺を後にする。


せっかく東京に出てきたのだからと僕は普段はとても行かないような高級な店に母を連れていき僕のおごりで昼食を振る舞った。せっかくのバイト代が犠牲となったがおいしいおいしいと母が言ってくれたので何よりだ。


その後はしばらく各所を巡って時間をつぶしてから夕方の電車で帰宅した。電車を降りるとき向かいに座っていたおじさんが顔を上げてこっちをみたような気がしたが首のギプスが邪魔で確認することはできなかった。


それから数日、数か月経っても不思議なことは何も起こらない。数年経つころにはそんなことも忙しい日々の中ではほとんど忘れかけるぐらいであった。

ただあの日から変わったこと。カバンの底にたまる正体不明の髪の毛が一切出なくなった。ああ、それともう一つ。重大な方の変化だ。子供のころより一貫して貧乏生活を強いられていた僕であったがあれ以来、金に困るということが不思議となくなったのである。まあ社会人になったので当然といえばそうか。でも僕のような奴が良企業に就職できたことといい、異例のスピードで出世したことといいなんだか僕を取り囲む大きな何かが変わった。そんな気がするのだ。


そして先日、大金はたいて今住んでいる家を母が一緒に住めるようリフォームしたので長いこと世話になったこの家とも遂に縁が切れる。もうかなり老朽化しているから母が離れるのと時を同じくしてここは取り壊されて更地になる予定だった。


僕があの日出会ったあの女が一体何だったのか未だに真相は分からないままである。

悪霊だ。母はそう主張するが僕にはなんだかそうは思えない。


あの女のかさかさした不気味な腕は人肌の温もりがあった。それにどこか懐かしい匂いが彼女からしたような気がした。


この家に僕が生まれる前から住みついていた貧乏神。僕はあの女がそうだったのではないだろうかと思っている。

僕の為に敢えて身代わりになることを選んだ貧乏神。そんな存在がいたのかと

考えることだって悪くないだろう。そう思うことで明日からの仕事も頑張れる気がするから。

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