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8.おわり

「よく来たわね」


 アマーレは便宜上、ユウナの首元に短剣を突きつけながら言う。


「お前が呼んだんだろ……」


 対するマーカスはそっけない。


 あたりは夕闇が迫った森の中。


 アマーレの指定した待ち合わせ? 場所にマーカスはきちんと遅れずにやってきた格好だ。

 しかも言いつけを守り、彼の半身ともいうべきジャンを伴わず一人で、である。

 態度の上では従順だった。


 しかし、それは、それほどまでにアマーレが取引に利用しているものがマーカスにとって重要だったからである。

 万一にも失うわけにはいかなかったものだからである。


 もちろんそれはユウナの身柄……であるはずはなく。


 あらゆる剣を宝剣へと変える力を持った伝説の武具。

『インヴグウェイの鞘』のためである。


「で? どうすれば返してくれるんだ?」


 面倒そうにマーカスが問う。


「そりゃあもちろん……」


 とアマーレは言い澱む。

 が、気を取り直して、


「わたしと付き合いなさい!」


「わざわざこんなところまで付き合って赴いてやったろう?」


「そういう意味じゃなくって!!」


「具体的に言えよ」


「け……結婚? とか?」


「それはできないな」


「じゃあ鞘も、ユウナも返さないからっ!」


 どちらかというと、アマーレはマーカスにとって大事な鞘よりもユウナが大切だったりもする。


「それは困る」


「だったら……」


「そいつは大事なものなんだ。

 返してもらうぞ」


 言うなりマーカスは抜き身で持っていた剣を振りかざす。


「鞘の力も借りないあんたが怖いもんですか!」


 激情に駆られたアマーレはユウナから身を離すと、マーカスへと魔術による攻撃を繰り出す。


 それを躱したマーカスが向かったのは、鞘を握りしめたアマーレではなくユウナの元だった。


 目前に迫ったマーカスの顔を見てユウナは記憶を取り戻した。


――あ……、あたし……


 ユウナの脳裏に、ある光景がフラッシュバックする。


 間近に迫るトラックの影。


――あ、あの時……あたしは……


  死   ん   だ   …   …




 ユウナの脳裏にはまたそれまでの経緯が思い起こされる。


 あの日――ユウナの体感時間からすればつい前日に、学校で聞かされた事実。

 彼女に告げられた悲しい真実。


 それは優奈の彼氏である正樹の死。


 友人たちの声掛けの全ては優奈の耳には入らずに、優奈は抜け殻として一日を過ごした。


 ただ毎日の繰り返しの習慣として心を失ったまま授業を受けて、昼食もとらず、ただ茫然と過ごしたのだった。


 そして帰宅の途中だ。


 正樹の通夜は今夜行われる。

 平常心――そんなものが保てるのであればだが――であれば、それは優奈にとって必須のイベントであり参列は不可欠だがそこまでも頭が回らない。


 交差点でふらふらと……赤信号にも関わらず道路へと出た優奈は車に轢かれ……。


 それがこの異世界への来訪の全てのはずである。


――あたし……死んだんだ……

  もう……戻れない

  戻ったとしても……まあくんはいない……


 すべてを思い出したユウナだったが、暖かいぬくもりに包まれていた。


 それはこの世界で自分を救い、そしてまた、今も人質となったユウナを護るべく奮闘してくれているマーカスの暖かさだ。


 マーカスに抱きしめながらユウナは思った。

 彼はひょっとしたらまあくんの生まれ変わりなのかもしれないと。


 自分はマーカスと結ばれる運命にあるんじゃないか? と。


 それを知ってか知らずかマーカスはとんでもないことを口にする。


「すまんが、アマーレ。

 お前の要求はのめない。

 俺が付き合うのなら、お前ではなくこのユウナだ」


 なんの脈絡もなく吐かれた言葉。

 が、それはアマーレに怒りを抱かせる。

 付け加えるならば、ユウナには、ある感情を抱かせた。


 あろうことか、それまで顔やスタイル(ルックス)はともかく、性格には難ありだと思われていたこのマーカスが途端に格好よく、そして頼りがいもあり、何より優しく自分を包み込んでくれる王子様のように感じられたのだった。


 一瞬にして。ユウナはマーカスに惚れてしまった。

 惚れきってしまった。


「この鞘がどうなってもいいっての?」


「そんなものは俺に必要じゃない。

 俺にとって一番大事なのはユウナだからな」


「きいい!!」


 アマーレのヒステリーが爆発する。

 ありったけの魔術をマーカスに打ち込んだ。


 通常であればそれくらいの攻撃は勇者候補であるマーカスにはなんの脅威にもならなかっただろう。


 マーカスの強さは彼自身の剣技にも由来するが、もう一つ。


 彼に貸与されている聖遺物。

 すなわち、『インヴグウェイの鞘』にその根源はある。

 それは所持者の魔力を剣に、刀身に貯める力を持つ。


 『インヴグウェイの鞘』に収められた剣はひとたび抜き放つと、時間制限はあるものの、マジックアイテムとして、あらゆる魔法を無効化するのだ。


 だが、今マーカスの手にする剣にはその効果が付与されていない。

 もちろんその効果が消滅するまでの時間を稼いだ上でのアマーレの待ち合わせ時間の指定でもあった。


「大丈夫だ!

 お前は、ユウナは俺が護る!」


 マーカスはアマーレに背を向けていっそう強くユウナを抱きしめた。


 いつもなら、魔術に対しての様々な対抗手段を持ち、サポートをかって出るジャンの姿も今はない。


 躱そうにもユウナを連れてでは、出鱈目にそして連続で放たれるアマーレの魔術に対しきれない。


 もちろん無策ではない。

 魔力を溜めた剣ほどではなくても、マーカス自身が気を高めることで幾分か魔術の威力を相殺、あるいは減じることができるのだ。


 とはいえ、全ての魔術を食らっていては、食らい続けていては到底もたないだろう。


 我を忘れたアマーレから放たれたひときわ大きな魔術がマーカスを直撃せんと襲い掛かる。


 巨大な爆発にマーカスとユウナは包み込まれた。


「しま……」


 そこでアマーレは正気に返る。


 いくら、嫉妬心からの激昂とはいえ、愛するマーカス、それに昨日出会ったばかりだが、かなり親密になって人付き合いの経験の少ないアマーレにとっては唯一無二の親友であるユウナを手にかけてしまった。二人の命を奪ってしまったという、取り返しのつかない事態を招いてしまったのだ。


 後悔が、アマーレを襲う。


 アマーレはその場に崩れ落ちた。


 が、爆発で舞い上がった砂塵の中に浮かぶシルエット。


 セーラー服のスカートをはためかせながら。


 ユウナはとっさにアマーレに習ったばかりの魔法障壁を作り自分の身を、そして勇者マーカスの身を護ったのであった。


「いいえ、勇者様」


 ユウナが口にした否定は、先ほどのマーカスの言葉、『ユウナは俺が護る!』に対して向けられたものだ。


「あたしが、勇者様を、マーカスを護るわ!」


 そう、ユウナには力がある。

 アマーレと戦っても勝ちうるだけの。

 マーカスが一切手を下さなくても守りきるだけの。


――異世界で出会った勇者候補は元彼そっくりのイケメンだったから……


 ユウナは思いだす。

 彼氏の正樹、まあくんの優しさを。


 そして気付いた自分を誇りに思う。

 マーカスの中にもそのかけがえのない彼氏と同じだけの優しさが溢れていることを。


 そして感謝する。

 彼氏を失い、自らの命を失った自分に対してこんなに素晴らしい新しい人生が用意されていたことを。


 ユウナはただ、心の内に沸き起こった想いを叫んだ。


「あたしは勇者様のためにすべてを捧げる勢いで頑張ります!」






~ fin ~

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