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7.適性

 目が覚めると、ユウナ一人だった。


 夜中に、寝ぼけたアマーレに抱きすくめられたり、豊満にもほどがある胸に顔をうずめられたりと、熟睡はできなかったため、かなりの朝寝坊となってしまったようだ。


 アマーレの姿はない。


 街からそう離れても居ないとは思うが、山間にぽっかり空いた洞窟の中である。


「あたしをほってったってことは……」


 ここに居れば安全なのか? と疑問が沸く。

 外は魔物が出るから危険なのだったら、洞窟の中とはいえ、魔物に攻め入られる可能性は否定できないのでは……。


 様子を伺おうとユウナは洞窟の出口まで足を運ぶ。


 ふとその足が止まる。


 足元に目を落すと、。

 地面には複雑怪奇な文様が刻まれている。


 実は、これは魔物を寄せ付けないアマーレが施した防御結界なのであったがユウナにはそれが理解できない。


 が、なにがしかのよこしまな気配を感じもする。

 それ以上の接近を許さないというような剣呑とまではいかないが、肌にひりつくような拒否感をともなった違和感である。


 踏み越えるには相当の勇気も必要で、またその必要もなく、なんとなくアマーレの保護に甘える気持ちもあったユウナは、


「まあ、逃げなきゃ安全だってことだと思っとこっと」


 と、自分自身にいい聞かせるように気楽に呟くと洞窟の奥へと戻っていった。

 最奥まで行くと、外の光は届かないため、中ほどまで。


 まんじりと過ごしていると、ほどなくしてアマーレが帰還する。


「あっ、起きた? ユウナ」


「おはよう。アマーレ。どこ行ってたの?」


「えっと、マーカスに郵便を出して、あとは買い出しやら何やら」


 アマーレは大きなバスケットを抱えていた。


「大したもんじゃないけどね。

 お腹減ったでしょう」


 そうして、ユウナとアマーレで遅い朝食となった。


 パンとミルクという質素なものである。


 が、アマーレにしてみれば、金銭獲得の機会も少なく(アマーレは指名手配されているために、冒険者ギルドなどで仕事は請け負えないが、裏の仕事でなんとな食べ繋いでいる)、街にも正当な手段では入り込めない(転移魔法なんかで忍び込むことになるので方法が無いわけではない)状況での生活を強いられている。あまり強いられていなかった。


 それでも街での買い物というのはそれなりにリスクを背負うことが必要な行為であり、普段は狩猟、木の実の採取などより質素な食事をしているために、今日は奮発したとも言える。


 そんなことを露も知らないユウナは、


――なんか、結構歯ごたえのしっかりしたパンだね


 などと思いながらも文句も言わずに食事を摂った。


「で、これからどうするの?」


 ユウナの問いに、


「マーカスに出した手紙は昼までにはつくでしょう。速達で宿に送っといたから。

 夕方に待ち合わせてデートよ」


「……」


 そんなわけはないと、しかしユウナは突っ込む気にもなれずに黙ってしまった。


 気まずそうにアマーレが補足する。


「マーカスに時間と場所を指定したわ。

 時間は夕方だからそれまでは特にすることもないわねえ……。

 夕方に、なったらマーカスをおびき寄せて……」


 アマーレも馬鹿ではない。多少短絡的ではあるが。

 が、彼女の目的は、マーカスに自分に対しての気を惹かせるのが第一目的で、あわよくば、既成事実としての関係を持ってしまおうという不届きな考えであり、アマーレの誘惑にまったくもって屈しないマーカスに対しては攻めあぐんでいるのが現状。


 実質、剣の鞘とユウナの身柄をもって――おもに前者が重要視されている――マーカスをおびき寄せた後は基本的にノープランだった。


「強いね、アマーレは」


 とユウナは本心からそう言った。


 昨夜のうちに聞いたアマーレの半生――といっても、まだ十数年生きただけであるが――は、過酷で、ぬるま湯のような生活をしていた自分とは比べ物にならない。


 そもそも周囲の環境が異なるのだ。

 何不自由なく、戦争や紛争が起きていてもそれは別の国の出来事だと割り切れていた日本と、常に魔物の恐怖と隣り合わせで、挙句の果てには魔王軍の攻撃を受けているこの世界。

 さらに言えば、文明の発達度も全然違う。

 それは当然と言えよう。


「仮によ、まあ、わたしがマーカスを上手く言いくるめて思い通りにさせたとして、ユウナはそれからどうするの?」


 都合のいい未来像を描きながらアマーレがユウナに問いかける。


「う~ん。

 全然考えがまとまらないのだよ。

 身分的には一時のこととはいえマーカスの奴隷になっちゃたから。

 マーカスの懇意にしている王様にお願いしてプロフィールカードってやつ? それを発行してもらうってとこまでは考えてるんだけど。

 そっから先はまったくのノープランだよ。

 家に帰れたらいいんだけど」


「家がどこなのか忘れちゃってるのよね?」


 アマーレにはここがユウナにとっては異世界であることは隠している。

 だから、ユウナの言いようもあいまいになる。


「うん。国もわからなければ、帰り道も。

 なんの手掛かりもないんだよ。

 こりゃ困ったね」


「マーカスのことだから、プロフィールカードを手に入れるとこまでは面倒みてもその後は放置だろうなあ」


 他人事のように、アマーレは言う。


「他人事か!」


 ユウナは突っ込んではみるものの、まったく他人事なのだ。

 が、アマーレはユウナに自分と通じるなにかを見出したのか、


「暇だしさ、魔術覚えてみない?」


 と切り出す。


「ま、魔術~?」


「そう。覚えとけたら便利よ。

 まあ、わたしみたいに複数属性とか空間系とかそれこそ闇属性とかは無理だろうけど。

 家が見つかるまでは、自分の身は自分で守らなければならない。

 食い扶持も稼がなきゃいけない」


「そうだねえ。アマーレが教えてくれるってんならやってみてもいいかな」


 ・

 ・

 ・


 結論から言うと、ユウナには才能がありありだった。

 ありすぎて困るほどに。


 アマーレが自信を無くすほどに。

 アマーレが困惑してしまうほどに。


「い、以上でございます、ユウナ様」


 アマーレはうやうやしくかしずいた。


「ちょっと、アマーレ。

 それ、その態度止めて」


 結果だけを言うと、ユウナはアマーレの知る魔術の全て。

 アマーレが数年かけて身に付けた魔術を余すところなく覚えたのだった。


 ファイヤーボール、アイスクラッシュといった基本的な攻撃魔術から。

 アースウォールや、フレイムカッターという中程度の習得技術を要する魔術から。

 さらには魔族以外には使いこなせるもののいないという空間系まで。


「あ……ありえない……」


 調子を取り戻しつつあるアマーレは、それでもあっけにとられるしかなかった。


 魔術、魔法とはイメージの産物である。

 己に備わった魔力を精霊に働きかけて行使する。


 特殊な魔術は長い詠唱を必要とし、また自分の基礎能力以外の魔術を発動するにも詠唱や呪符、魔法陣が必要だが。

 ユウナは詠唱無しで上級と言われるレベルの魔術までを習得してしまった。


「いやあ、アマーレの教え方が良かったからだよ」


 ユウナは口ではそう言いながらも、そしてそれは半分は事実であったのだが、


――薄々はそうじゃないかとおもってたけど

  これって、所謂いわゆるチートってやつだね

  まあ、こんなわけのわからない世界にほっぽり出されるんだったらそれうらいの特典がないとやってけないのも事実だろうし


 と、あくまで前向きに受け止めた。


「はあ、わたしの数年間の修行はなんだったのか……」


「とはいっても、完全に制御するには時間が必要か」


「それは時間と経験が解決するわ。

 魔術で苦労するのは使いこなすことより、如何にイメージしてそれを発動するかっていう最初のところだから」


――ともかく

  なんか、生きる術は手に入れちゃったみたいだね

  あとは今後の身の振りようか……

  異界への扉とか異世界との召喚魔術みたいな手掛かりがあったらいいんだ


 と、ユウナは恐れずにアマーレに尋ねようとするが、


「ゴメン、時間だわ」


「あ、マーカスとの待ち合わせ?」


「そう、ごめんだけど付き合ってね」


 誘拐犯と人質は、自分たちの立場を忘れ、ともかく約束の場所へと向かうのであった。

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