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6.黒き魔女

「で、さあ、あいつったら酷いのよ?」


 ユウナはアマーレの愚痴にうんうんと頷きながら茶をすすった。


「アマーレさんも大変だね~」


「あ、アマーレでいいわよ。わたしもユウナって呼ぶから」


 なんとユウナはアマーレとなごんでしまっていた。


 立場的には誘拐犯(かつ強姦未遂の確信犯)とその被害者(人質)である。


 が、ふたりは同性の同年代ということもあり、また元々気質的には相性が良かったのだろう。


 何故だかすっかりなじんでしまっていた。


 初めは怯えて口数少なかったユウナだった――もちろん(拘束こそされていなかったが)、刃物を突きつけられて脅されていた経験も作用し――が、アマーレのこぼしたマーカスの愚痴にふと反応をしてしまい、そこからアマーレの苦労話を聞くことになり、そのままずるずると今に至る。


 アマーレとマーカス(ジャンも含め)の関係は複雑怪奇だった。


 幼馴染であり、アマーレの初恋の相手がマーカスであり、そして現在魔女として追われる身でもあるアマーレがなんとか肉体関係を結んでしまおうと付け狙っているのがマーカスである。


 それだけを聞くと、


「ちょっと……何言ってんのかわかんないですね~」状態だが、アマーレは順を追って話をしたために、ユウナの理解を置いていきぼりにすることはなかったのも二人の仲が短時間で接近した理由であった。


 



 黒き魔女アマーレ。

 彼女はその出自からして特別であった。と言われている。本人はそれをあまり認めたがらないのだが。


 彼女は最近増え始めた魔族と人間のハーフであると言われている。


 魔族の中には人間と見分けがつかないものもいる。

 また、表面上の姿を見る限り、その差がわずかであるものもいる。


 戦乱の最中傷いた魔族を、それと知らずにたまたま気まぐれに手当したことがきっかけで。

 あるいは、人間の世界へ送り込まれたスパイの役割を与えられた魔族が周囲を欺きながら。


 きっかけは様々だが、魔族の中で人間の世界へと侵入を果たしたものがいる。

 魔族という立場を隠して人間界に溶け込んでいる者も数多いとも言われている。

 そしてそんな中で混血児が生まれていく。


 アマーレの父がどのような経緯で人間領域に入り込んだ魔族であったのかは定かではない。

 それどころか父が誰だったかすら伝えられていない。魔族であったすらも。定かではない尽くしだ。


 アマーレの母は父親を明らかにせず、アマーレを女手ひとつで育てていた。

 それは、マーカスやジャンの生まれ故郷でもあるジナミ村という小さな集落であった。


 生れ落ちた日より、白き龍の勇者としてその将来を期待されていたマーカスだったが、幼少時代は特別視されずにありのままに育てよという国王の方針でありきたりな生活を送っていた。

 魔族の襲来に備えて、周囲を警護する兵士が割り当てられていたことと、それらの兵士がたまにマーカスに剣術を指導する以外は、ごく普通の少年期を過ごしていた。


 マーカスの一番の友人であるジャンの人柄もあって、周囲の子供たちとも分け隔てなく接していた。


 そんな中の一人がアマーレであった。

 いわゆる竹馬の友とでもいうべき間柄である。


 剣に長けたマーカスと魔術の才に恵まれたジャンとアマーレ。

 三人はともに成長して将来は戦いの中――もちろん魔王軍を殲滅するため――へと赴くことを約束もする中だった。


「でね、わたしの母が病に倒れて亡くなっちゃったのよ」


 あっけらかんと語るアマーレに悲哀の口調は見られない。

 不幸には慣れきってしまったのだとアマーレは言う。

 そしてそれからがほんとうに大変だったとアマーレが言う。


「とにかく、その頃にはわたし達……、元々が勇者候補だったマーカスはともかくとして、ジャンもわたしも将来は有望な戦力になるって注目されててね。ジャンとわたしは魔法使いとしてだけど。

 王都に移り住むことになったのよ。親元を離れて、いわば戦いのエキスパートとして勇者とその一行という名に恥じない力を身に付けさせるために。

 サンクロアド国ってとこで生まれた勇者はマーカスだけだったから。

 国としても力を付けさせたかったんだろうね。

 ちょうど、魔族の攻撃が執拗になってきた時期でもあったから」


 アマーレはよどみなく話を続ける。


「でさあ、魔術の修行をしているときよ。

 変な噂が立ち始めたのよねえ。

 わたしが、魔族の血を引いているんじゃないかって。

 そりゃあね、わたしは……どちらかというとジャンよりも、才能あったから、魔女とか呼ばれ出してね。そう言われるのは嬉しさ半分、不安が半分ぐらいの感じでね。

 少しは調子に乗ってたんだろうね。

 わたしはさ、そのころからマーカスにぞっこんだったから、自分がマーカスを裏切るとか人間に牙をむくなんて考えてもいないし、そもそも魔族だなんて聞いてもないし。

 教わる魔法を片っ端から習得していったわけよ。

 マーカスの力になるんだって。

 あまりの、成長っぷりにそれを疑う人が出てきたらしくって。

 そうそう、魔族の血を引いてるんじゃないかって。魔族の手先なんじゃないかって。

 で、秘密裏に行われたわたしの実家の調査かなんかで魔族の痕跡が見つかったとかね。そんなことになって。

 今も本当のことは明らかになってないわ。

 ほんとにわたしの父親が魔族だったのか。それとももうちょっと遠いご先祖様が魔族だったのか。

 はたまた、わたしの力を恐れた何者かの陰謀なのか。

 とにかく、わたしは殺されかけた。

 人間には習得できるはずもない魔法を操る魔女という異名は魔族の血を引く忌み子として素直に受け入れられたわ。

 そっから、ずっと追われる身よ。

 幸いにしてそれまでに身に付けた魔術によって、なんとか逃げのびているっていう肩身の苦しい生活も何年も続けてたら次第に慣れたわ」


 この頃は、まだユウナも警戒心を緩めずに、顔をひくひくさせながらアマーレの話を聞いていただけだった。


 そのあと、話はアマーレが人目を忍んで細々と暮らしていた時代の苦労話へと移り、マーカスが勇者として戦果を挙げて人々の話題に上り始めた数年前へと時代がすすんでいく。


「で、懐かしくなるのも当然でしょ?

 幼馴染で元々は一緒に魔族と戦おうって誓い合った仲間なんだから。

 たまたま、近くにマーカスが来てるってのを聞いていてもたっても居られなくなって」


 アマーレは言葉を自分に都合のいいように言葉を選んでいたが、ユウナには何がどう間違ったのか感動の再会を果たすはずが逆夜這いを仕掛けることになり、アマーレはマーカスに追い払われたのだと聞こえた。

 

「あいつはねえ、ホモじゃないかって疑ったわよ。

 わたしの誘惑を断るなんて」


「えっ?」


 そこでただ聞いているだけだったユウナが初めて話に食いついた。


「ホモ?」


「そう、ジャンと言い仲なんじゃないかって噂は方々で聞くわね。

 実際どうなの?

 いつも宿は同じ部屋だし。怪しいそぶりとかなかった?」


 アマーレがユウナに尋ねる。身を乗り出して。その時には既にナイフで脅すことも忘れていた。


「えっと、あの二人とは出会ったばかりで……」


 そして逆にユウナに今までの経緯を話す機会が与えられた。

 もちろん、こことは違う世界から来たということは隠してだが、ユウナは誰かに聞いてもらいたいという欲求を振り払えずに簡潔にこれまでのいきさつを話したのだった。

 相槌を打つアマーレは相手が自分の攫った人質だということをすっかり失念しているようでもあり、ただ単に自分の知らないマーカス情報を得ようと真剣に話を聞いていた。


「奴隷ねえ。

 マーカスの奴隷嫌いは有名なはずなのに……」


「面倒くさかったのかもしれないです。

 あたしを放り出すわけにもいかなかったようですし、ジャンの提案に渋々と言った感じで……」


「あいつはジャンの言うことだけは昔っから聞くからね」


 そんなこんなで共通の知人であるマーカス談義になり、気が付くとユウナとアマーレは馴染んでしまっていたのであった。


 アマーレとすれば、自分の夜這いを拒み続ける朴念仁という愚痴を吐く相手、いうなれば聞き上手をずっと心待ちにしていたのだった。

 彼女の孤独な人生は、良き話相手を求めていた。

 相手を警戒し、自分を押し殺したユウナは、マーカスの性格や性欲の有無的な話は自分の未来にも大きく関わってくるために、アマーレの話を丁寧に聞いては相槌を打った。


 また、たった数時間の繋がりではあるが、マーカスに対しての不満も少し溜まっていたために自然とアマーレに同調する。


 そんなこんなで、アマーレとユウナは馴染んでしまっていたのである。


 が、ふとユウナは思い出した。


「で、これからあたしってどうなるのかな?」


「ごめんなさいね。

 やりたくないんだけど……。人質でいて貰うことになるわね。

 マーカスをおびき寄せるのと、あたしの言うことを聞かせるための」


「そうですよね……。

 でも……。

 あたしなんかのために来るかな?」


 ユウナの疑問ももっともである。

 偏向的な情報とはいえ、アマーレから聞くところによるとマーカスの性格はあまりよろしくないようだ。


 拾ったばかりの奴隷に対して、そこまで親身になるのか? という疑問が当然のごとく沸く。

 さらに言えば、自分には害はないことはわかったが、マーカスにとってアマーレは言葉を選ばずに言うならば、かなり厄介な存在のようである。

 高度な魔術を使いこなし、そして夜這いをかけて、あるいは脅し透かしで肉体関係を強要して既成事実を作ってしまおうというとんでも女なのである。


 関わり合いにならないために、無視を決め込むということもあるのでは?

とユウナが不安に考えてしまったのも無理はない。


「そこはぬかりないわ」


 アマーレは自信満々に言った。


「あいつの大事な装備の一部を拝借して来たから。

 これを取り戻すためにもやってくることは間違いないわ」


 と黒光りする剣の鞘をユウナに見せる。


「王家より与えられた特別な力を持った鞘よ。ただの鞘じゃなくて、これがマーカスの強さの秘密でもある。

 マーカスにとってもっとも重要なアイテムだから」


 なるほど。アマーレはぬかりない。

 どさくさに紛れていい仕事をしているようだ。

 ならばユウナは要らなかったのでは? とも思うがそこはマーカスの傍に女の影があったということに逆上して勢いで……ということであり、使えるものはなんだって有効利用するのがアマーレの生き様でもあり。


 結局、アマーレは自分の人生に意義を見出そうとマーカスにちょっかいをかけている悲しい女であり、悲劇のヒロインだった。

 ちょっと直情的すぎるのと、将来の展望を何も考えていないところが心配ではあるが。


 元々夜更けの時間帯であった。

 すっかり話し込んでしまった二人であったが、明日の対決に向けて休養しておかなければならない立場のアマーレに従って休むことになる。


「寝ましょうか。

 こんな何もない洞窟で悪いけど。

 ああ、それから、外は魔物が出るから一人で逃げようなんて思わないでね。

 ここに居る限りは安全だから」


「はい……」


 

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