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5.闖入者

 ジャンとマーカスと三人で宿の食堂での食事となった。


 メニューは薄い色をしたスープとサラダ。

 それと、何かの肉を炒めたもの。パン。


 ジャンとマーカスは果実酒を飲んでいるが、ユウナの前には似たような色をしたジュースが置かれている。


 ジャンもマーカスも自分と同年代くらいだが、立派に勇者などをやっているのであり、飲酒は特に咎められないのだろう。異世界ではよくある話である。


 ユウナも、同じものを勧めれたのだが、丁重に断った。

 ユウナは酒という物はこれまで舐める以上の量を口にしたことはない。


 平均的な女子高生であればそれは当然のことである。


 折角の異世界であるからと羽目を外す気にもなれなかった。

 なにより、酒の力で前後不覚にでもなってしまえば……。

 今宵一緒に泊まるのは、若い――そして健康な――男子二人である。

 健康であれ健全なのかはわからない。


 ぶっちゃけいうと、酔わされて、意識を飛ばされて、その後に万一の事態があれば……というのを恐れていたのだった。




「とりあえず、明日ユウナの買い物してそれから出発かな。

 それでいいよね?」


「好きにするがいいさ。俺は行かんがな」


 もちろんこの会話の前者はジャンで後がマーカスである。


「なんかごめんね」


 ジャンの心配りにユウナはただただ恐縮するしかできなかった。


 未だ、ユウナはセーラー服姿であり、着替えの類は持っていない。

 ジャンとマーカスも手荷物は少ないが、それは戦場を転々とする者たちにとっては当然で、最低限の着替えぐらいは持っている。あとは都度都度現地調達して補うというのが一般的らしい。

 金に困らぬというのは勇者としてのささやかなメリットらしい。


 ユウナはジャンには恐縮を示しつつ、マーカスに対しては無視を決め込んだ。落ち着き、それなりに打ち解けて態度はかなり砕けた物になっている。


 先ほどは宿の主人に阻まれたが、あの時のマーカスはそれなりに雄弁で出会ってから初めてといっていいほどユウナの会話に付き合っていた。


 が、ジャンを前にするとやはりマーカスの無口、無愛想は引き立ってしまう。


 この後も会話をするのはほぼジャンとユウナのみでマーカスは時折軽く相槌を打つだけでの食事がすすんだ。


 ・

 ・

 ・


「さてと……」


 ジャンを先頭に三人は宿で取った部屋へとたどり着く。


「一部屋……ですか……」


 ユウナが不安げに漏らす。


「ここだけしか空いて無くてね。悪いんだけど」


 すまなそうに言うジャンには目もくれず、マーカスは二つあるベッドのひとつに荷物を置き、占拠してしまう。


「いいよ。僕はそっちで寝るから。

 毛布は追加で借りれたからね。

 ベッドはユウナが使って」


 ジャンが指したのは何の変哲もないただの部屋の隅の床である。


 男二人との宿泊などユウナには初めての経験であった。

 部屋が無いのであれば仕方がない。


 その部屋も三人で泊まるには多少……どころかかなり狭めの部屋だった。

 ベッドが二つと、小さなテーブルがひとつ。

 椅子が二脚。

 他には何もない。

 ユウナの知るのはレジャー用の旅館、あるいはビジネスユースも見込んだそこそこのクラスのホテルの部屋ぐらいであり、広さ的には後者に近い。


 ベッドがあり、雑魚寝にならないのを幸運だととるべきか。


 マーカスはともかく、ジャンが襲い掛かってくることはないだろうとユウナは思う。

 マーカスにしてもジャンがいる状況で襲い掛かってくることはないだろうと信じる。

 よって自分の身は安全である。今宵においては。


 という三段論法で自らを納得させると、ユウナは、


「いえ、あたしがそっちで寝ますから」


 と、床の毛布にくるまった。


 どちらかというと、マーカスの隣のベッドで寝るよりもくつろげるだろうという打算もあったりなかったり。


「そう?」


 ジャンはそれを聞くとそれ以上は強要しなかった。




 部屋の明かりも落ち、窓から差し込む星月明かりのみとなる。


 さすがにユウナは今日の様々な出来事、得た知識で精神的には疲れていたが、肉体的にはそうでもない。

 多少の距離を歩いたのみである。

 なかなか寝付けそうにない。


 寝返りを打つこともためらわれ、居心地の悪さを感じながらユウナは目も閉じずに考えていた。


 ジャンの親切心はどうやら本物のようであり、ユウナにとっては非常にありがたい。

 マーカスも、ぶっきらぼうではあるが、ここまでにおいてはユウナに害を為すようなことはしていない。それが事実だ。

 どちらかというと無遠慮で、無関心。

 ユウナのことを厄介者と考えているようでもある。


――それはそれで悪いことじゃないんだよね……

  変に色目使われるよりかは……


 強制力を持つ奴隷の主人として、契約の持つ強制力を盾にユウナに無理難題やはたまた卑猥な命令を下さないだけ恵まれていると考えるべきか。


 ひとしきり考えを巡らせ、ユウナに微睡まどろみが訪れる。

 

 ユウナが眠りについたかその直前か。

 そんなタイミングで事は起こった。


 気配を感じてユウナは目を開ける。


 目前にはユウナに覆いかぶさろうとする体制の人影。

 一瞬ジャンなのかマーカスなのか見定めかねたが、髪の輝きからそれがマーカスだろうと見当をつけ、冷静な分析と平行してユウナの中の乙女が悲鳴を上げさせる。


「ひっ!」


 だが、即座にユウナの口を押えたマーカスの手によってそれは遮られた。


――夜這い? 襲われる!?


 マーカスは口に一本立てた指を当て、静かに、と示す。

 そのままマーカスはユウナの傍に立てかけてあった剣を手にする。

 音を立てぬように静かに鞘から剣を引き抜く。


 剣が放つ淡い光が当たりを照らすが一瞬にして消えた。


「声を出すな」


――あっ……剣をとりに?


 気が付くとジャンも起きだし、窓際に立っていた。

 マーカスもジャンと同じく窓の反対側から外を伺う。


 剣呑な空気を感じてユウナは身を縮める。


 が、そのまま時は流れていく。


 マーカスとジャンはずっと窓際に立ったまま。

 窓の外から襲来するものも現れず。

 もちろんドアからも。


「どうやら行ったようだね」


 ジャンが言うと、マーカスも構えていた剣をおろして身を楽にした。


「そのようだな」


「な、なんだったの?」


 とユウナが聞く。


「ああ、いつもの夜這いだよ。

 未遂に終わったみた…」

「いや、来る!」


 ジャンが言い終わらぬうちにマーカスは剣を構えなおした。


 直後、轟音。

 ユウナの視界が赤く染まる。


 窓ガラスが割れ、部屋中が炎に包まれた。

 その炎はユウナにも迫ろうとしている。


抗魔陣アンチスペル!!」


 が、ジャンの詠唱とともに炎は一瞬で消え失せた。


「ジャンだね!

 まったくあんたはいつもいつも邪魔をして!!」


 その女の声は部屋の中から聞こえた。


「邪魔はそっちだよ。

 平穏な眠りを妨げてるのは……」


「……」


「わたしの恋路を邪魔する奴はゆるさない!」


 そう叫んだ女は、纏っていた黒いマントを脱ぎ捨てる。


 驚くことにその中は黒い下着だけの恰好だった。


 女は、持っていた短剣でジャンに襲い掛かる。


 身軽に動くためにもマントを脱ぎ捨てたのであろうか。


 ジャンに向けて振り下ろされた短剣をマーカスの剣が受け止める。


「マーカス!! あんたまで!!」


「ジャンに……手を出すな!!」


 女の短剣を受け止めたマーカスだったが、女はそのまま短剣を押し込むようにしてマーカスを威圧する。


 ふとその女の視線がユウナに向く。


「誰よ!? その女!?」


 女の問いにマーカスは、


「奴隷だ」


 と短く真実だけを述べる。


「ふざけないで!!」


 叫びながら女は飛びのくと、ユウナの背後に回る。


 一瞬にしてユウナの首筋に短剣があてがわれる。


「動くな! 動くとこいつの命はない!!」


 ユウナが人質に捕えられ、ジャンもマーカスも手の打ちようを失った。


「何が奴隷よ!

 こんなガキをっ!

 なんのつもりよ!」


「まあまあ、アマーレ。

 ちょっと落ち着いて」


 ジャンの言葉は若干の落ち着きを取り戻して見えた。


「これが落ち着いていられるもんですか!

 マーカスったらっ!

 わたしよりこんな乳臭い小娘のほうが好みだっていうの!?」


「正直に言えばどちらも好みではないな」


 心底面倒くさそうにマーカスが答える。


「つ、強がっていられるのも今の内だけだからね!」


 アマーレは半べそを掻きながらぶつぶつと呟き出した。


転移魔法ワープスペル!?」


「あとで、恋文届けるからちゃんと読みなさい!

 それまでこの女は預かっておくから!!

 待ち合わせに遅れたら承知しないから!」


 捨て台詞を吐くと、アマーレは詠唱を完了させる。

 マントだけを残し、その姿は部屋から消え去ってしまった。

 もちろん、ユウナも道連れにして。

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