4.奴隷契約
「これは、これは勇者様」
バレンスの街の入り口で門兵たちが、マーカス一行を出迎える。
かなり歓迎というか丁重に扱われているようである。さすがは勇者でありいっぱしの有名人のようだ。
「候補だが……」
マーカスは、軽く否定するがそれは相手にとって意味のないものだったようだ。
「いえ、数いる勇者候補の中でもマーカス様のお力、冴えわたる剣技は随一との評判です。
先の戦いでもさぞご活躍されたことでしょう」
褒め称える兵士の言葉にマーカスは表情を曇らせた。
確かに戦果は挙げた。だが、マーカスにとってつい先日の戦いは苦い思い出を伴うものだった。
それを知る者はジャンと一握りの者たちだけであり、もちろんバレンスの守備に就いている兵士には知りようもないし伝える義務もない。
「まあな」
マーカスは言葉を濁す。
「それに、ジャン様の魔法の腕も……」
と兵士はここぞとばかりに一行を褒め称えようとするが、ジャンがそれを制する。
「夜も遅いし、お腹も減ってるんで……」
ストレートな物言いに、兵士のミーハーな態度はひっこめざるを得なかった。
「これは、失礼いたしました。
では、マーカス様とジャン様。
決まりごとですので、お手数ですがプロフィールカードのほうを」
と、兵士は仕事に戻ったようだ。
「して、あちらの方は?」
とユウナに視線を投げてくる。
「奴隷だ」
それに対してマーカスは短く答えた。
兵士はマーカスのカードを確認すると、
「確かに。確認いたしました。
それでは、マーカス様、ジャン様、他、奴隷一名。
どうぞ、お入りください。
おい、開門だ!」
と、振り返り、門を開けるように指示する。
――他、奴隷一名って……
なんて扱いの酷さだろう。差別もはなはだしい。
とはいえ、奴隷なんだから仕方ないのか……。
と、ユウナは納得しがたい自身の境遇を感じつつも受け入れるしかなかった。
歩きながら耳をそばだてていると、兵士の囁きが漏れ聞こえる。
もちろんマーカスに聞こえないように声を潜めてはいるが、遅れて歩くユウナには、丸聞こえの部分もあった。
マーカスが奴隷を連れているということを単に驚いている声。
あるいは、下種な勘繰りで、ユウナを貶めるような言葉。(ただしマーカスに対しての配慮は失っていない)
ユウナの来ている服――ありきたりなセーラー服ではあるがこの世界では珍しいはず――について話す声も聞こえる。
『マーカスが連れている』という一点である程度の配慮はあるようだが、やはり奴隷に対する扱いというか差別的な視線がユウナには痛かった。
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街に入り、しばらく歩き、こじんまりとした宿に着く。
「前にも泊まったんだけど、料理が良かったからね。
部屋は狭いけど、多分いつでも空いてるし」
とジャンは言うと、宿の女将と手続きを始めた。
手続きは終わったようだが、ジャンは女将につかまってしまったようだ。
前線の状況をあれこれ聞かれたり、意味もなく労われたり持ち上げられたりと、話題は尽きないようだ。
「あ、あのう……」
マーカスと残されたユウナは恐る恐る声を発した。
特に何かを伝えたいというわけではなく、単に無言でいることに耐えられなかっただけだ。
未だユウナは猫かぶりモードだ。
この後、マーカスは傷ついた剣を修復するためになじみの鍛冶師の元へと赴くらしい。
それはマーカスの生まれた国であり、距離がある。
もちろん、この街にも鍛冶師は沢山いるが、そこはマーカスの剣を打った当人以外にはよほどのことが無い限りは頼りたくないというこだわりであった。
前線には勇者候補がまだ何人もおり、一人や二人抜けても大勢に影響はないという判断から。
連戦続きだったマーカスにはそれだけの余暇を与えられたのだという。
勇者候補であるマーカスは国王にも顔がきく。
そこでユウナをなんとか国民として奴隷という立場から脱却させるように依頼するというのが、とりあえずの方針だった。
その確認――特にそれまでの間の自分の立ち位置の見極め――をしたいというのがユウナが口を開いたささやかな理由である。
「なんだ?
心配せずとも飯は食わせてやる」
「そういうことじゃないんだけど……」
確かに、ユウナは空腹を感じ始めていた。
が、聞きたいのはそのことではなかった。
マーカスは命の恩人であり、後見人だ。勇者候補という誰からも一目置かれる身分でもある。
機嫌を損ねないほうが得策であるのは理解していたから、ただ気になったことをユウナは聞いてみただけだ。
「奴隷って普通はどんなことをするもの……なの……ですか?」
自分を卑下するわけでもなく、奴隷と言う身分が一時的で仮の立ち場だと信じる気持ちはあるが、自然と敬語になってしまう。
「まあ、俺達が奴隷を使うなら、戦闘用だな」
「戦闘?」
ここまでの道中で物静かだったマーカスがふいに流暢に話しだす。
「ああ。
奴隷とはいえ、剣術や魔術の才に秀でた者も多い。
俺は運よく、ジャンという優れた魔導師と共に旅をすることが出来ているが、そのようなメンバーに恵まれないものも多い。
他の勇者達が連れているのは大抵が奴隷だ。
いくらでも補充がきくし、いざという時の盾にも使える」
「そんな……」
まるで消耗品のような物言いだった。
ユウナは嫌悪感をあらわにするが、それに構わずマーカスは続ける。
「それが奴隷の役割だから仕方ないだろう。
主人のために忠誠を尽くし、場合によっては命すら捧げる。
もっとも、奴隷の多くは身の回りの世話をするメイドや執事のような役割や、農業や採掘なんて重労働に狩りだされるのがほとんどだがな」
「逃げたりはしないの?」
もっともな疑問を口にする。
「そりゃあ何人も逃げるさ。
だが、プロフィールカード無しではどこへも行けない。
戦闘力の無い物は逃げたところで捕まって連れ戻されるか、別の主人の元へ送られるか。
そもそも、奴隷契約の時点で服従が課せられる……のも知らないのか?
ひょっとして?」
「けい……やく?」
「そうか、言い忘れていたな。
いや、言うまでもないことだと思っていたが……」
そこで、マーカスは考え込むようにしてしばし黙る。
不敵な笑みを浮かべながら、
「奴隷は主人の命令には絶対服従と言うことだ。
奴隷が主人の命令に背くとペナルティーが与えられる。
それを含めての奴隷契約だ」
「ペナルティーですか……? それって……」
「死」
マーカスは短く答えた。
少しばかり補足を入れよう。
マーカスの語ることは真実ではある。
奴隷契約というのは、魔術によって主人と奴隷の間に絆を結ぶということである。
プロフィールカードのように、この世界では永続的な効果を持つ魔術が多数存在する。
そもそも魔術の才に恵まれない人々も多数いるために、奴隷契約という術式はプロフィールカード自体に組み込まれた機能であるのだがその説明は今はいらないだろう。
ともかく、プロフィールカードに相手の名前と魔力の波長――それは指紋のようなもので同じ波動を持つものは二人と存在しない――を記憶させると、奴隷は主人に抗えなくなる。
より正確に言うと、主人が奴隷に抗われたと感じた時に、契約不履行という判断が自動的に行われて、制裁が下されるのだ。
そしてその制裁とは、主人が感じた裏切られたという感情の度合いによってさまざまなバリエーションがあるが、もっとも低い程度の制裁でも身動きが取れなくなるほどの激痛である。
それが度を越すと、痛みによるショック死が訪れる。
この仕組みが確立されてから、奴隷が主人に歯向かうことができなくなった。
主人に気付かれずに反抗やサボタージュをする際には制裁は発動しないが、それはいわば賭けでもある。
また、この制裁は主人と奴隷の距離がどれだけ離れていようとも問題なく実行される。
奴隷がこの縛りつけから逃れようと思うのなら主人に気付かれぬまま一瞬で主人の命を奪うくらいしか方法はないのである。
「あ、あたし……、逆らえないってことですか?
その、マー……、マーカス様に?」
現状の理解がユウナに卑屈にもとれる態度をとらせた。
「俺の奴隷である限りはそういうことになるな。
一切の反抗を捨て服従するしかないわけだ」
そういいながら浮かべたマーカスの笑みは、冷静に見ればユウナへ安心を与えようとするために作られた表情だったのかもしれない。
が、ユウナにはそうは見えなかった。
非常に高慢に、そして多少な下品さを持って受け取られた。
「ちょっ……」
文句を言おうとしたユウナだったが、背後の気配に気づき、口をつぐまされる格好になった。
「これは、マーカス様。よくお越しくださりました」
宿の主人だろうか。丁寧に頭を下げて礼を尽くしている。
「ああ、ジャンの奴が飯が美味いからと言ってな」
「それは勿体ないお言葉。
大したものではございませんが、本日の食事も腕に寄りをかけさせてご用意させましょう」
「助かる」
言うと、マーカスはジャンと女将を見た。まだまだ話題は尽きないようで話し込んでいるようだ。
人の良いジャンが付き合わされているという状況にも見えなくもない。
「して、こちらの女性は?」
と、主人が聞く。
「なりゆきでな。
さっき拾った俺の奴隷だ」
あっさりとマーカスは言ってのける。
主人は頷くと、これまたいやらしいとも取られかねない笑みを浮かべた。
「そうですか」
――やばい……
ユウナの本能が乙女の貞操の危機を告げる。
――あたし……ヤバいんじゃない?
「今宵はゆっくり羽を休めてくださいませ」
「ああ、そうさせてもらうよ」