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3.白き龍

 優奈が迷い込んだ異世界。それについて少々説明を加えよう。


 この世界に特に呼び名はついていない。

 単に世界と言えば、人類領域の全体を指し、それが全てである。


 人の住む領域は巨大な大陸のほんの一部であり、その大陸が人の掌握、および理解している全世界でもある。


 大陸の周辺には島々が点在するが、長距離航海技術を持たないこの世界の人々はそれ以遠の世界のありようを知らない。


 伝えられるのは伝説のみである。


 曰く、強大な魔物が巣食う別の大陸が存在する。

 曰く、別の大陸こそが魔族たちが占拠する暗黒の地である。

 曰く、大陸は一つしか存在せず、海の果てには巨大な滝が存在し、何物も近づけない。


 どれが真実であるかは、誰も知らない。知りようがない。


 ともあれ、人々はそれを気にする必要がない、あるいは気にはしていられない状況に置かれていた。


 大陸の東半分には国家や都市が点在、あるいは密集し、徐々に勢力を広めつつあった。

 余剰した土壌は十分にあり、大陸外に手を伸ばさずともいかようにも領土拡大が図れる状態であったことが一点。


 大陸の西側より、魔王が率いる軍が攻め入って来ているという状況がもう一点。


 現時点よりおよそ数百年の昔より。

 大陸の人類領域の西端に異形の者が現れて人々を攻撃し始めたという。


 その軍勢を『魔王軍』と呼び、さまざまな戦端が開かれ、戦乱が訪れた。


 人類は、各国間で領土を争う小競り合いを続けていたが、魔王の軍勢、魔族と戦うために人類同士での争いを休止し、連合討伐軍を組織した。


 マーカスやジャンも広い意味では討伐軍に所属している。

 騎士であれ、魔導師であれ、気楽な冒険者であれ。冒険者の一部を除いてほとんどは討伐軍での戦いで糧を得ているのが実情だ。


 魔王、魔族と称してはいるが、それが人外であるか否かは未だに明らかにされていない。


 が、魔の者として呼びならわされているのには相応の理由もあった。


 まずもって言語が通じない。

 ひろく普及している公用言語でもなく、そのバリエーションのうちに含まれる地方方言でもない奇妙な言語でコミュニケーションを取っている。


 魔族たちは奇怪な魔法を多数使用する。

 魔王軍との戦い以降、討伐軍側も魔法の開発を進め、今ではその技量の開きは僅かになったが、それでも魔術の威力、多様さは魔王軍に一歩譲る状態である。


 これだけを見れば、単に言語の違う、魔術の発達した未開の別勢力という見方をするのが自然であり、魔王や魔族などという大それた表現は必要なかったであろう。


 なにゆえに、魔王軍、あるいは魔族と呼びならわされているのか。


 それについての理由は大きく三つ。


 ひとつは単純に、その襲来を予測した預言者の言葉がそうであったからだ。


 西の地より魔の王が人類を滅ぼさんとして攻め入ってくる。


 預言は時期、勢力の特徴ともにをぴたりと捉え、信頼のおける情報として広まった。

 だが、預言者はその後の対抗手段や今後の魔王軍の動向の詳細を予知することなくこの世を去った。


 もうひとつは、敵軍が魔物を使役していたということ。


 どんな魔物であれ気性が荒く、操ることはできないというのが一般的だ。

(最近になって魔物を操る魔法が開発されつつあるがそれはまだ実用の段には至っていない)


 魔物と親和するのであれば、それは魔の物に違いないという理由である。


 そして、それらに比して魔王軍を魔族の集まりと認識させるもっとも大きな一点は、その者たちの異形である。

 多くは仮面をかぶり、その素顔を見せないが、幾人かの捕虜や死体から確認するに、魔族と言えど人間と大きく離れた容姿をしているわけではないことはわかっている。


 が、あるものは額や頭部に角を持ち、あるものは鋭い牙を構え、またある者は翼を持って飛翔し、あるものは先の尖った尾を備えている。


 まさに人外と呼ぶしかない形相だ。


 先の魔族の襲来を予見した預言者はこうも語った。


 魔族は黒き龍の助力を受けて、人類領域への侵略を開始したと。

 黒き龍の姿は確認されていないが、預言者への信頼から事実であろうと思われている。


 さらに言えば、黒き龍の存在を裏付ける事実がひとつ。

 預言者が語ったもう一つの内容。


 人類は白き龍の加護を受けて、魔族と対抗する術を得る。


 それが、現実となったからだ。


 16年ほど前。

 各地で大空を飛ぶ白き龍が目撃された。

 目撃証言は多数あり、白き龍は何匹もいるとも唯一匹が各地で目撃されたのだと語る説もある。


 龍の数はこの際においては問題ではない。


 龍は各地を飛び、稲妻を落した。

 その稲妻は生まれて間もない幾人かの赤子を直撃した。


 その雷に打たれた者たちこそ、魔族を打ち破る希望である勇者だと預言者は語った。白き龍より選ばれて力を与えられたのだと。


 その白き龍の加護を受けたうちのひとりが、優奈が出会ったマーカスである。


 マーカスは生まれながらに勇者として選ばれ、若き日より王宮で研鑽を積んだ。

 勇者候補のひとりとして。


 討伐軍に加わる際に、生まれた村の魔術師見習いジャンに請われて共に行動するようになった。

 その辺りの話はまたの機会にしよう。


 ともかく、生まれながらにしてマーカスは特別な、選ばれし者なのである。

 勇者候補たちは成長し、仲間を募り、各地で戦果を挙げている。

 マーカスとジャンも同様である。


 白き龍に護られた彼らには剣、あるいは魔術に秀でた天賦の才が与えられているのだ。


 戦いから距離を取ることを許されない代わりに、所属する国家や、討伐軍から多数の特権も与えられている。


 それは優奈の異世界での今後に大きく影響しよう。




 ともあれ、現実に目を向けると、


「ど、奴隷~?」


 優奈は思わず声を大きくした。


「まあ……、消去法ってほどのもんじゃないけど、そういうことになるね」


 ジャンが補足する。


「プロフィールカードはさっきも言った通り、生まれてすぐに聖職者に与えて貰う身分を保証するための組み込み魔術なんだ。

 そんなにお金もかからないし、街によっては誰でも無料で与えられるから」


「そう、奴隷層の人間でもない限りはな」


 マーカスの言葉は冷たい。優奈が奴隷であるかもしれないという事実を卑下しているわけではなさそうだが、事務的な口調は優奈の気持ちへの配慮を欠いているのは間違いなかった。


「あ、あたし……」


 優奈は迷った。いっそ事実をありのままに話してしまおうかと。

 全てを忘れた記憶喪失だと偽ったが、記憶が戻ったことにすればいい。


 奴隷扱いされるようなことになるよりかは、変人扱いされたほうがふさわしいかもしれない。


 が、迷いはすれど決断はできない。


 優奈にすべてを話すきっかけを与えのはマーカスの言葉だった。


「奴隷で無いとすれば、捨て子の類か……。

 魔族の送り込んだ間諜か……」


 間諜って……。スパイみたいなものだろう。


「そうは見えないけどね」


 ジャンはあくまで優奈寄りの立場で言葉を紡ぐが、マーカスの目には猜疑が浮かんでいるのは明らかだった。


「あ、あたし、奴隷じゃないって!」


 思わず、優奈の被る猫がはがれかける。


「それに、魔族なんかじゃありません……。

 実は……」


 意を決した優奈は全てを語った。


 あの時、あの場所で魔物に襲われる直前の記憶が無いのは事実であること。

 そして、元々はこことは違う世界に居たということ。


 長い話にはなったが、マーカスはともかくジャンはこまめに相槌を打ちながら丁寧に聞いてくれたようだった。


「ユウナの言ってることがほんとだったら、プロフィールカードが無いのも納得できるけど……」


「にわかに信じられんな」


 マーカスはやはり冷たい。まあくんだったらもっとあたしに親身に接してくれるのに……。という優奈の想いは期待以上のなにものでもなく、この場にとっては意味のない物だった。姿は似ていても別人なのである。


「ともかく。僕らもずっとこんなとこでだらだらしているわけにはいかないからね。

 ユウナをどうするか決めないと」


「まあ、引き渡してしまうのが手っ取りばやいな」


「あの、それってどういう……」


 優奈の問いに、ジャンが言いづらそうに、


「僕らは僕らのありのままを話すから、ユウナもユウナで事実を話すんだよ。

 あそこに、門兵がいるだろ。

 彼らに取り次いでもらう」


 ジャンが示す方向には確かにいかつそうな兵士がたむろしている。


「そしたらあたし……どうなりますか?」


「まあ、奴隷商に引き取られて、どこかに売り飛ばされるのがオチだろうな」


 マーカスが他人事たにんごとのように軽く言う。

 確かにマーカスにとっては他人事ひとごとなのだが。


 優奈は請うような目でジャンを見つめてすがるが、


「まあ、プロフィールがないってことはそういうことだから」


 とジャンも否定はしない。


「こっ、困るんだけど!」


「でも、プロフィールカードを持たない人間は奴隷ってのが常識だからねえ。こればっかりは……」


 さすがにジャンは申し訳なさそうに言う。

 マーカスは、さらに、


「が、お前の言いようでは、それこそ魔族の手先として処刑されても文句は言えないだろうな」


 と追い打ちをかけてくる。


「そんなあ……」


 優奈はその場にがっくりとしなだれた。


 が、マーカスは何も誇張をしたり、優奈を困らそうとして作り話をしているのではない。

 事実を事実として述べているだけだ。


 奴隷には人権が与えられていない。

 それがこの世界のおきてである。


 プロフィールカードを持たざるものは人として扱われない。

 奴隷の中には脱走を図り、自らの境遇から脱しようとするものも数居るが、プロフィールカードがその後の生活を阻む。


 裏ルートや土地土地の支配者の許可を得て奴隷から市民へと転身するものもいることにはいるが、それには金が掛かったり、なにより奴隷の主人の了解が必要だ。


 逃げた奴隷は、いくら身なりを幾ら整えようと、遠い異国へと逃げ延びようとも――そもそもほとんどの街では入るのに検閲があるためにプロフィールカード無しでは入場すら叶わないのだが――奴隷と言う身分を偽ることも、脱することもできないのだ。独力ではほぼほぼの場合という条件はつくが。


「お願いします助けてくださいなんでもします」


 優奈は懇願する。それはそうだ。

 奴隷というのもありえなければ、処刑というのもまたありえない。

 が、優奈にはその不自由な二択が与えられているのだから。


「まあ、街に入るくらいだったらユウナをなんとかする方法が無いわけじゃないけどね」


 ジャンが救いの手を差し伸べる。


「うん?」


 マーカスが怪訝な視線をジャンに向ける。

 優奈もジャンを見つめて続く言葉を待った。


「とりあえず、ユウナをマーカスの奴隷ということにしたら街には入れるでしょ。

 あとは適当なところで、プロフィールカードを付与してもらえば……」


「断わる」


 言い終わらないうちにマーカスがジャンの言葉を切った。


「でも、それ以外に方法がないじゃん。

 それともほっとくの?」


「ジャンの奴隷にすればよいだろう」


「僕の枠は一杯なんだよね。マーカスは空がまだあるだろ?」


「それはそうだが……」


 マーカスは簡単には首を縦に振らない。


「で、適当な理由を付けて、どこかでユウナにプロフィールカードを与えて貰えばいいじゃん」


「それまで、この女を連れていくと言うのか?」


「しばらくは、暇でしょ?」


「…………」


 その後もジャンとマーカスは言い合いを重ねていたが、結局マーカスが折れたようだった。


「仕方ない。名はユウナでいいんだな?」


 マーカスの問いに優奈はこくこくと頷く。


「ショウ、プロフィール」


 マーカスは自らのプロフィールカードを開いた。


「カードを穢したくはなかったのだが……」


 しぶしぶといったふうに、マーカスが何かを唱えると彼の手のプロフィールカードが淡く輝いた。


「終わったぞ」


「えっ、あ、はい」


 優奈のほうにも何か手続きが必要かと身構えていたが、特にその必要はなかったようだった。


「じゃあ、早速街に入ろうか。

 宿を探さなきゃね」


 とジャンは軽い足取りで街の検閲所へと向かっていく。


 マーカスもそれに続いた。


 ユウナは後れないようにそれに着いていく。


 こうして、ユウナは異世界で勇者候補のマーカスの奴隷としての一歩を踏み出してしまったのだった。



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