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2.勇者候補

「……」


 少年は言葉を返さない。


 優奈は自分の良く知る記憶の中の正樹と見比べた。


 優奈の目の前の少年は確かに、正樹に似てはいる。

 が、よく見ると違いは明らかだった。

 髪の色、身長、それでも顔つきは瓜二つのようだ。

 仮に正樹がハーフで欧米の血が入っていたらこんな感じに生まれていたはず、というように。


 優奈の漏らした言葉にも何の興味も示さずに、ただ所在無げに佇んでいるだけだった。

 そんな彼の発する空気も正樹とは異なったものだ。

 正樹はもっと優しく包み込むような温かい印象を与えてくれるのだから。


「マーカス。

 この子、街まで送ってってあげようか」


 優奈の背後から赤髪の少年が話しかけた。

 優奈が振り返る。


「僕はジャン。で、そっちがマーカスね。

 キミ、名前は?」


「優奈です」


「どうしてこんなところに?」


「えっ?」


 優奈は言い澱む。それはこっちが聞きたいぐらいだ。


「あの……」


 おずおずと優奈は状況を把握しようと質問を繰り出そうとして思い悩む。


 何から聞けばいいのだろうか。

 自分を助けてくれた二人の素性? それとも現在位置?

 襲ってきた獣の正体?


 考えれば考えるほどわからないことだらけだった。


「とにかく行くか」


 正樹そっくりの少年――マーカス――は、構わず歩きだした。


「じゃあ、歩きながらってことで」


 赤い髪の少年も一緒に歩き出す。


 優奈もそれに着いていくしか選択肢はなさそうだった。


 ・

 ・

 ・


「じゃあ、記憶喪失ってことなのかなあ」


 ジャンが赤い髪を指先でいじりながら、納得しかねるというように呟いた。

 そしていろいろと教えてくれる。


 もう一人の少年、マーカスは勇者候補として魔王の軍勢と戦っている剣士だそうだ。

 ジャンはそれをサポートするパーティのメンバーで魔道師であるらしい。

 

 優奈が今いる場所は、グリーブ公国という小国家の辺境。

 聞いたこともない名前だ。


 優奈を襲ったのは、ワイルドウルフ。

 野生の狼ということなのだろうが、生息域も広くポピュラーな魔物(・・)だという。

 普段は群れで行動することが多く、数が多ければ手を焼く相手だそうだ。もっともそれは一般的な戦力を持つ相手にとってはということで、ジャンにやマーカスにはなんの脅威でもないということまで丁寧に説明された。


 今日は何日なのかという問いには、竜滅歴738年、黄月の12日だという意味不明な答え。


――ひょっとして……異世界トリップってやつ?


 薄々と感じていた疑念が現実のものとなりつつあった。


 ここが日本ではなく、現代でもない。魔物が存在する。

 マーカスは魔王と戦う勇者で剣士。

 ジャンは魔導師らしい。ということは魔法が使えるようだ。


 二人は、魔王軍との大きな戦いを終え、休息と補給のために旅をしている途中だという。


 なにからなにまでファンタジーだった。

 これが異世界トリップでなければなんであろうか。


 ひるがえって、優奈のほうはといえば、尋ねられることにまともに答えられない。

 いや、警戒心からまともに答えることが出来なかったといったほうが正しいか。


 日本人であること、女子高生であること。そんなことを答えても相手の疑惑を募らせるばかりなのかもしれないという懸念。


 優奈は名前以外の一切の記憶が無いというように偽って、適当に受け答えをすることを選んだ。


「まあ、この辺りをうろついていたんだったら、バレンスから来たんでしょ。聞き覚えない?」


「バレンス?」


「一番近くの街だよ。反対側には要塞しかないし。そこから来たってことはないでしょ。僕たちはずっとそこにいたんだし。

 あそこは、最前線だから。一般人が立ち入れるところじゃない。

 ってことは街から来たってことになるだろ?

 ユウナを知っている人が街に居るか、街に着いたら何か思い出すと思うんだけど」


 ジャンは気さくに話かけてくれる。

 一方のマーカスは押し黙ったままだ。


「…………」


 もちろん、そんな要塞も知らなければバレンスなどという街にも聞き覚えは無い。

 が、優奈は適当に相槌を打っておく。


「だといいんですけど……」


 自分を助けてくれたとはいえ、相手の素性は明らかではない。自称が自称で真実は別方向に存在する疑念もある。


 とりあえず、優奈は猫を被ることを選択していた。


 ・

 ・

 ・


 小一時間ほど歩いて、辺りがすっかり暗くなった頃。


「ほら、見えてきた。

 あれがバレンスの街」


 見ると前方には高い石垣のようなものが見えてきた。

 横に広がり、その石垣の曲面は何かをぐるりと囲っているようである。


 街というよりそれこそ要塞のようだ。

 聞くと、この辺りは元々最前線であったために要塞都市としての機能を備えた街として防壁が作られたという。


 巨大な自然石で組まれた石垣の一部は煉瓦で覆われた壁になっており、その手前には深い堀。

 上げ下ろしできる橋が架かっていた。今はその橋は降りている。


 見張りなのだろうか。兵士が数人立っていて、付近には何本も松明がくべられている。


「そうだ。プロフィールカードはもってるよね?」


 ジャンが優奈に聞く。


「プロフィールカード?」


「まさか、持ってないとか?」


「あの……なんのことだか……」


「それは面倒だな……」


 マーカスが心底面倒そうに呟いたのが優奈の耳に入った。


 確かに自分を助けてくれたのはこの人だし、ここまで送って来てくれたのも感謝はしているが、人当たりのいいジャンとは違って無口だし、優奈を連れてきたのも事務的、あるいはジャンがそう提案したからであって、自主的ではない。いまいち優しさに欠ける。


 顔は瓜二つでも優奈に対していつも優しかった彼氏の正樹と性格は大違いのようだ。


「それは困ったなあ。

 プロフィールカードが無ければ街に入ることはできないんだよね。

 でも持ってないってことはないか」


 ジャンが言うには、プロフィールカードというのはこの世界の身分証のようなものらしい。

 普通に生まれ育ったものであれば誰でも持っているもので、その人物の出生や身分を保証するものだ。

 いわば、身分証明の簡易的なパスポートということらしい。

 魔力を帯びていて、偽造はほぼ不可能。仮に出来たとしても万一発覚すれば重罪に問われる。


 失くしたらどうするのか? という疑問が生じるが、そもそも失くすようなことはありえないということをジャンが行動によって説明する。


「ショウ、プロフィール」


 ジャンが唱えると、ジャンの右手が淡く輝きカードが現れた。


「見てみて」


 ジャンがそれを優奈に見せてくる。


 名前や出身地、クラスなどが記載されている。

 日本語ではないが何故だか優奈には読めてしまう。

 そういえば、先ほどからジャンやマーカスと話している言語も日本語ではない。

 まあ、異世界トリップなんだったら細かいことを気にしてもしょうがないかと優奈は深く考えるのを諦めた。


 問題は、今後の自分の身の振り方だ。

 元の世界に帰れるようにというのが、第一目的ではあるだろうが。

 それにしてもその方法はまったくわからない。


 正直に話せばこの二人は味方になってくれるだろうか?

 そんなことを考える優奈にジャンが話を進めていく。


「まあ、覚えてなくっても、プロフィールカードを失くすなんてことはないだろうから」


 生まれてすぐ、魔術によってプロフィールカードは本人に植えつけられるような感じで付与されるそうだ。


 そして肌身離さずというわけではなく、少量――ほんのごく微量――の魔力を消費することで必要な時に具現化される。

 決して手元から離れない。


 意識を保てないほど魔力が枯渇した時には、出現させることはできなくなるが、そもそもそういう時には意識が失われているために出現の手続きを踏めない。

 つまりは、意識ある限りはいつでもどこでも取り出せるというのがプロフィールカードの特性であるらしい。


 つまりは結果として失くすことなどありえないし、出せないなんて状況に遭遇することもないということだ。


 それはこの世界の人々はそうなのかもしれないが自分は違う。


 が、ものは試し。

 優奈はジャンに教えられたとおりに唱えてみる。


「ショウ……プロフィール……」


 運が良ければなんらかの反応があるはず……、という優奈の期待はむなしく砕け散った。


「出ないね……」


 感情を押し殺したような声でジャンが呟いた。


「コツとか……?」


 自分はもちろんこの世界の住人ではないために魔力がない、あるいは出現させるためのなんらかの術を知らない――例えば頭の中で念じるイメージなど――可能性にすがって優奈は聞いてみたが、


「唱えるだけ……のはずだよ」


 と無残にも否定される。


「ということは、奴隷か……」


 マーカスが小さく漏らした。


――ど、奴隷?


 優奈の頭に不安がよぎる。


――奴隷ってなに? どういうこと?

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