88 黒の感情
新年あけましておめでとうございます。
永らく、本当に永らくお待たせしました。
またゆるりと再開していきたいと思います。
「やっぱレベルが足りねーな」
唐突な一言が狭い室内に反響した。
灼熱の大地を後にした三人。そのうちの一人、兎の姿を象った日本人、坂内徹也が発した言葉だった。彼は矯めつ眇めつ一着の装備品を眺めていた。相対するように床に座る冥爛もまた、一振りの大剣を前に息をこぼす。
「妾もじゃ。武器に要求されるスペックについていけんわ」
彼女の眼前に事もなげに置かれている大剣。華美な装飾はなく、合理性を追求したフォルムは一見そこらの剣と同じように窺える。しかし、一度でもそれを握れば誰しも理解するだろう。
冥爛が婉然とした挙措で大剣の柄を握り、持ち上げようとする。彼女の腕が僅かに力み、直後に手を柄から離した。
「見ての通りじゃ。妾の膂力を以てしても持ち上げることすらかなわん」
手首をふらつかせながら、溜息をついた。
外見が女性であっても、冥爛は高位の召喚獣だ。その彼女が音をあげるというのだから、大剣の重量は筆舌に尽くしがたいのだろう。
愛莉は今一度大剣を眺める。
華美……というより、およそ装飾と呼べる類のものは一切施されていない。彫金師も匙を投げるほどの硬度なのか、それともアイデアの枯渇か……。いずれにせよ、はっきりしているのは、これがただの剣の形状をなしているだけのものであるということ。その証左は、何よりも大剣自体が雄弁に語っている。
「【|鉄塊《mass of steel》】……」
「名は体を表すというが、これはまさにその通りだよなァ。と、言っても、steel は鋼鉄だから正確には鋼鉄の塊ってとこか」
「他のドロップ品と違い、装飾の度合い……緻密性も特段と低い、というより、無に等しいしのう。妾の審美的価値観には一切引っかからん」
「仕立て直してもらうわけには……いかないよね?」
愛莉の視線が大剣から、グラサンをかけたウサギへと移る。同時に、グラサンに反射する自身の姿も視界に入った。
みすぼらしい、襤褸の貫頭衣。それが彼女の纏う全てである。手足には装飾品もなく、瑕疵のある肌を晒すばかり。彼女のアイテムボックスに低級の武器こそあれど、身に着けられる衣服は影もない。
ウサギが申し訳なさそうに顔を伏せる。
「確かに、オレのユニークスキル『転職』を使って『工具師』になれば、ある程度装備の適正レベルも下がる。けどよ、同時に装備のスペックも落ちちまうんだよ。それに……」
僅かに顔を上げたウサギの深紅の双眸が愛莉を捉える。
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皆月愛莉 16歳 女 レベル84
人族
職業:契約師
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兎のレベルが182、冥爛のレベルが139であることを鑑みると、レベルの差は歴然だ。勇者の資質によりステータスは常人の二倍だが、愛莉は後衛にしては魔力も高くなく力もあまりない。突出したものがなく中途半端なのだ。故にレベルだけでなく装備が要求するスペックもクリアできていない。
愛莉のレベルが両者と比較し低いのは、偏に後方支援に徹しているからである。
彼女が新たに習得した支援魔法。クイックフォース、アームフォース、マジックフォース、フィジカルフォース。何れも強力な魔法だが、自身に付与したところで魔宮の下層相手には力量が不足する。故に、後方支援。加えて、後方支援ということは、経験値をもらえる範囲に入れない可能性がある。
下層に行けば行くほど、彼女は自分の首を絞めることになる。それでも、彼女が最下層を目指すのは――。
「――早く、行かなくちゃいけないんだ。私が穴に落ちた……死んでしまったって、自分の所為にするような人だから。恭平君は……。もう、私は……」
彼女の瞳が揺れる。
――彼の重荷にはなりたくない。
その願いは、果たして誰のためなのか。
彼のためと口にしてきたが、その実私は、きっと――。
「……悪いな嬢ちゃん、オレの技量じゃ嬢ちゃんが装備できるものは作れねえ」
「……うん、わかってるよ。ごめんね」
「すまねえな」
言って、ウサギが大剣の柄に手をかける。
冥爛の柳眉が僅かに歪む。彼女の表情の変化など歯牙にもかけずにウサギは大剣を持ち上げた。
「さすがよの」
「まあ、持ち上げるだけで精一杯なんだがよ。嬢ちゃん、アイテムボックス出してくれ。そこに仕舞い込む」
「あ、うん」
呆けた顔から一転、慌てた様相で愛莉はアイテムボックスを発動させる。
ウサギは額に汗を滲ませつつも、虚空に大剣を押し込む。なんとも珍妙な絵面だが、三人の中で最も強いのが彼なのだということをその光景は言外に示していた。
「はぁ、ったく、高レベル過ぎて使えねー装備しか落ちねえなここ」
益体のない愚痴をつきながら、一仕事終えるウサギ。それを目端に捉えた少女は、不安げに問いかける。
「何度も聞いて悪いんだけど、五十階で終わりなんだよね?」
「ああ、そんなところだと思うぜ。五層下までの気配しか感じ取れねえし」
魔宮が五十階層で終着を迎えるということをいとも容易く認めるウサギ。その肯定を受け、少女の不安は僅かに払拭される。
「そうか、あとちょっとだよね」
自身に言い聞かせるように呟く。
傍から見れば、いじらしいとも取れる様相に、しかし二人は異様なものを覚えつつあった。
少女の焦慮。妄執。苛立ち。高揚。それ以上に――。
「……あと、五層だよ。先を急ごう?」
少女は何をそこまで急ぐのか。
少年に会いたいという欲以外の何かを感じつつも、二人は従うしかない。
少女の胸中に咲く花々。連綿と続く毒々しい紅の色。少女の心象風景は一面を薔薇に覆われている。枯れては咲き。咲いては枯れる花々。散った徒花は数知れず。少女が少年のことを想えば想うほど花は咲く。自らを害する薔薇が咲く。
花弁が舞う庭園。その中央に咲き誇るものは、焦慮でも妄執でもなく――。
どうしようもない、劣等感だった。
それは呪いに他ならない。彼女の風景は一変する。
薔薇が、黒百合へと。その身を染めていく。
黒い花弁が舞い散る。
彼女は自覚してしまった。この感情は、少年のためではないと。
少年に抱いていた、劣等感だと。
それに気づかぬ振りをして、彼女は笑って下層の闇へと踏み出した。
新作を二つ出しました。
両方共にダークファンタジーで、挿絵があります。魔王の方は表紙もあるので是非読んでみて下さい。
血染めの魔王は勇者を嗤う
http://ncode.syosetu.com/n4469ds/
魔女戦線
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