83 勝敗は
慎太サイドの話です。
急迫する剣影。
禍々しい覇気を纏った魔剣が無抵抗の少年を袈裟懸けに斬りつける。
湧き上がる飛沫。紅が空間を汚染する。
漆黒の戦士は振り下ろした剣を一瞥し、下半身に力を入れる。落とした剣筋を無理やり軌道修正して、斬り上げる。逆袈裟斬り。
泉の如く再度少年の体液が虚空に噴き上げる。赤一色に染まった剣が生命を宿したように鼓動した。
「魔剣ブラッドサクソン」
斬り上げた姿勢のまま、男が呟く。
「陛下より賜ったこの剣は、人を斬れば斬るほど切れ味を増す。殺せば殺すほど成長する、生きた剣。四条慎太、お前が斬られる度に我が剣は威力を増す」
「……」
「武装し、剣を抜け。このままでは、勝敗は火を見るより明らかだ」
男、グラインが剣を構えなおす。翻意を促すその双眸には、明確な殺意が滲んでいた。
強者の威圧。それは、弱者に震えを齎す示威。
しかし、同じ強者にとってそれは興奮以外の何者でもない。
「……あと、五秒」
「……剣を抜く気はないということか」
既に二太刀も浴びた少年は、目に見えた傷に痛痒すら覚えていないのか、呑気に数字を減らし始める。
その表情、一挙手一投足をとってもダメージを受けた様子は見られない。
驚愕と共にそれを感じ取ったグラインは、静かに殺意を増幅させた。
構えた剣を僅かに返す。
「お前がタフだということは分かった。このまま斬り続けても十秒以内には倒せまい」
「よーん、さーん」
「しかし、人である以上弱点は必ず存在する。全ての者に共通する弱点、それが――」
抉るように地を蹴る。リノリウムの床が悲鳴を上げ、僅かに黒く染まる。
床を摩擦で焦がすほどの脚力を見せたグラインは、それまでの巧みな術はどこへやら。ただ愚直に剣を構え駆ける。攻撃は単純明快。斬りや払いのような線状の攻撃ではない。
一点に絞った、点状の集中攻撃。
圧倒的な速度で慎太に迫ったグラインは、速度を加算した全身の力を余すことなく剣に伝達させ、一気呵成に貫いた。
水平に構えられた剣が、深く少年の胸を抉る。
貫いたのは――。
「――心臓。どんなにレベルが高かろうと、ここを潰されれば終わりだ」
それは、レベルの問題ではなく、人間の構造上の問題。人が生きるのに血や酸素が不可欠な以上、その殆どを送出している器官を潰されれば確実に死ぬ。
今回もそうだ。
手に入れた力に舞い上がり、過信した相手を幾度となく斬り伏せてきたグラインにはそうなることが容易に想像できた。
「――ガハッ!?」
斬られたときとは比べ物にならないほどの血が漏れる。
勢いよく喀血された血は、止まることを知らないかのように溢れ続ける。
足元に血の池をつくった少年は、やがて喀血すらしなくなり音もなく項垂れた。
立ったままなのは、最後の意地か。グラインは賞賛と呆れを混ぜた視線を寄越した。
「お前も人である以上、致命傷は避けられない。最初から全力で戦っていればよかったものを」
武人らしからぬ決着に、珍しく愚痴が口をついて出た。
彼ほどの強者を、こんな方法で死なせるのは惜しかった。
現在がグラインの中で過去になりつつあり、足早にその場を去ろうとしたときにその声は響いた。
「――確かに、こんなのもらったら致命傷だわな」
「――ッ!?」
聞こえるはずのない声が、背後から木霊した。
聞き間違えるはずがない。これは、今しがた殺した筈の少年の声。
顔を俯けたまま、慎太が続ける。
「あぁ、いてぇな。でもよ、俺は死なねーんだ。なんでか分かるか?」
驚愕を顔に貼り付けたグラインの双眸が、面を上げた慎太を映す。
瞳に反射するその像は、確かに笑っていた。
「生憎となぁ、俺はもう人間じゃねーんだよ!」
左眼を紅く濡らしながら、口許を獰猛に歪ませる。
隠す気すらない獣の殺意に、グラインは咄嗟に剣を構えた。
「約束の十秒、きっちり果たしたぜ? 次は――」
瞬間、慎太の姿が掻き消える。
「――俺の番だ」
真横から届いた声に反応し、剣を振るう。まぎれもなく最高の一撃。
恐怖の中にあっても、将軍の剣は鈍らない。
だが、相手が悪かった。
「おいおい。なんだよこの程度かよ」
気付けば、自慢の剣が片手で止められていた。
横腹を狙った一撃は傷はおろか皮膚すら裂けていなかった。
十秒が経った。つまり、彼は本気だ。
目を澄ませば、高密度の魔力が慎太の全身を覆っている。
グラインは剣を抜こうとして、しかし抜けない。それどころか一歩も動けない。
片腕だけで、完全に御されている。
「どうした? ほら、高みまでのぼってこいよ?」
「グッ、アァッ……!」
それは、いつか男が少年に告げた言葉。
まだ、少年が無力だったときに振るわれた言葉の鞭。
『悔しければもっと強くなれ。俺と同じ高みに来い。お前にはその可能性がある』
今では、男の言った高みは遥か眼下にある。足下にすら及ばない。
意趣返しのつもりか、慎太はあのときの言葉を返した。
苦悶の声を上げる男を鼻で笑い、腕を振るう。
「がぁっ!」
魔剣が血を振りまきながら虚空を踊る。手のひらから離れた獲物を一瞥して、グラインが後退する。
一歩後ろに下がったとき、目に入ったのは傷一つない少年の姿だった。
「ば、馬鹿な……!?」
慎太はさもなんでもないかのように返す。
「ああ、傷? あんなのすぐ再生するぜ?」
言葉の通り、心臓を貫いた一撃も服の上に染みを残すのみに終わっている。
あまりにも、実力がかけ離れている。
慎太にとって、十秒のハンデなどただの児戯に過ぎなかったのだ。
勝敗は、戦う前より決していた。
「だが、それでも陛下のために――」
「あー、はいはい。お疲れさまでーす」
格闘術の構えを見せたグラインに、慎太は無遠慮に接近。無論、知覚が不可能な速度で。
まるで慎太だけ別の時間に生きているような動き。グラインが慎太の姿を認めた瞬間には、既に頭蓋を握られていた。
「――こいつの記憶を書き換えろ。『リライト』」
慎太の手の中で淡い光が弾ける。
頭上を柔らかい光が包んでいく。
それが、グラインの見た最後の光景。視界が暗転し、背から崩れ落ちる。
ドサッという音と共に記憶を失くしたグラインは、何事もなかったように一室へと運ばれる。
決闘の後に残ったのは、城内の慌しい喧騒と拭き零した血だけだった。
――同時刻。
「踊りましょうか、姫」
少女と青年の勝負もまた、終わりへと近づいていた。
たぶん、これが今年最後の更新になるかもしれないのでおまけつけときました。
おまけ
慎太:後始末面倒くせーな……。くそっ! 俺の血しつけーな! なかなか落ちねーよ!
ハンデなんてやらなければよかったと後悔する慎太だった。
おまけのおまけ
兎:よう! 久しぶりだな読者の諸君! 今か今かと出番を待ち続けている元独身サラリーマンの坂下徹也(32)だ!
冥爛:もう五ヶ月も出番のない愛莉の召還獣、冥爛じゃ。
皆月:ヒロインなのに姫よりも出番の少ない皆月愛莉です! 待ちきれないので後書きに出てきました!
結城紅:見事に出番のないキャラばかりだ。あと少ししたら恭平君もここの仲間入りか……。
皆月:この小説、主人公とヒロインに対する冷遇ぶりが半端ないですよね。(べりあるだけ厚待遇)
兎:それどころか、俺たちを覚えてくれているかどうかすら怪しいぜ?
冥爛:最近は主人公とヒロインのいない中話が続くしの。それで成立するとかもう、なんなんじゃこれ。
結城紅:うん、それね。僕も思ってた。でも、なんでだろうね。本編よりずっと楽し――
皆月:『ファイア!』
結城紅だったもの:……。
兎:返事がない。ただの屍のようだ。
冥爛:妾たちが出るのはあと二話ほど先になりそうじゃな。
皆月:次は姫と死体屋の決着。姫のユニークスキルの能力が分かるかも。
兎:みんな! 俺たちのこと忘れないでくれよな!
皆月、兎、冥爛:よろしくお願いします!
結城紅:来年もよろしくお願いします!
皆月、兎、冥爛:!?




