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82 魔女の力

本当遅くなってしまいすいません。

 痛い、頭が痛い。

 痛烈な痛みが脳裏を駆け抜ける。


「あっ、はっ、はぁ……」


 まるで頭蓋に焼き鏝でも突き入れられたかのように、頭痛がする。

 脳漿が溢れてしまいそうな生理的嫌悪を催す感覚。

 視界が真っ赤に染まる。


 ――君に入れたのは、ただの抜け殻だ。言わば、中身の伴わない箱。


「何が抜け殻よ……」


 痛みのあまりに歯をかみ締める。


 ――それは直接君に力を齎すわけではない。しかし、使いようによっては絶大な力となる。


 脳裏に響く男の声が喧しい。

 先のリプレイが繰り返し頭を叩く。


 ――中身の『眼』はどこかに行ってしまってねぇ。まあでも、君にはそれで十分だろう。では、頑張ってくれたまえ。


 蹲る彼女を背に、男は闇に消えていった。その情景が鮮烈に思い出される。


「これで、中身がない……?」


 それじゃあ、中身のものを持っていった人間はどんな痛みを味わったっていうの? 

 この痛みを超える痛みを受けて、人間でいられるの?

 灼かれる思考の中で、疑問が反芻する。

 よろつく足が絡まり、体が横に倒れる。強く壁によりかかった。

 地面にへたり込むも、すぐに立ち上がる。

 敵がいつ来るか分からない以上、悠長にしている暇はない。

 息を整え、視線を正面に戻す。

 紅い視界の中、男の姿が目に入った。

 敵を認識した途端、濃い色彩はスッと色を消した。通常の視界が戻る。

 肩幅に切りそろえられた灰色の髪。整った顔に、細い体躯。スーツのような礼服に身を包んだ男がいた。

 彼は姫を視界に入れるなり、嬉しそうに微笑み体を折った。


「はじめまして、貴方が小城百合。姫でよろしいでしょうか?」


「ええ、そうだけど?」


 言葉に反応して、男の顔が持ち上げられる。

 徐々に上がる灰色の髪に隠れ、男の唇が動く。


「そうですか。それじゃあ、早速で申し訳ないんですけど……」


 持ち上げられた顔。そこには、片頬が吊り上げられた卑しい笑みがあった。

 男の右手が黒く燃え始める。


「死んでくれませんかねぇ?」


 瞬間、炎が弾ける。

 銃弾の如き黒炎が、壁を、窓を、天井を、床を舐めるように駆る。

 全方位からの一斉射撃。

 的は……。


「……あら、してくれるじゃない」


 うなだれていた漆黒のツインテールがゆっくりと持ち上がる。

 露わになった姫の顔。そこには、奇しくも男と同じ表情が浮かんでいた。

 ギロリと殺意を孕んだ目玉が動く。

 殺到する黒炎。

 しかし、その悉くが姫に到達することなく弾き消えた。


「随分なご挨拶じゃない。ねえ?」


 獣のような殺意が男の全身を貫いた。

 釣られるように、男も笑う。


「これはとんだご無礼を。僕の名は『死体屋』と申します。ああ、覚えなくても結構ですよ」


「あら?」


 男の右手に闇が収束する。


「どうせここで死ぬんですからッ!」


 男の声に呼応するかのように、一際巨大な炎が現出する。

 裂帛の気合と共に、腕が振るわれる。


「これは防げますかァ!?」


 禁術に類する魔法の中でも殺傷力に秀でた魔法。それが黒炎。

 先のそれでも威力は十分。しかし、今回のものはそれすら上回る。

 質量も、威力も段違い。

 廊下を埋め尽くす勢いで黒炎が迫る。

 姫はそれを一瞥して、


「きひっ!」


 ただ、嗤った。


 ――それは直接君に力を齎すわけではない。しかし、使いようによっては絶大な力となる。


 その言葉の真意が、ようやく理解できた。


「私が与えられたのは、知識」


 自覚した瞬間、それまで無自覚で使っていた魔法が長年愛用していた道具の如く馴染む。

 脳裏を猛烈な勢いで信号が駆け抜け、対抗する魔法が検索される。

 見つかったのは、全く同系統の魔法。


「『黒炎』」


 姫が腕を振るう。いつしか、その右手には男と同じ闇が纏われていた。

 廊下の中央で衝突する黒と黒。せめぎ合いは一瞬。二つの魔法は瞬時に消し飛んだ。


「これはこれは……。少し驚きましたよ」


 呆気にとられた男は、即座に表情を整えると感嘆の拍手を送った。

 空虚な音が辺りを反響する。


「僕と同じ禁術が使えるなんてね」


「本気を出す気になったかしら?」


「いや、まあ。これは出さざるをえないでしょうね」


 苦笑する男。

 彼は背部に背負っていた棺桶を静かに下ろした。


「僕は幾つか二つ名がありましてね。『禁術使い』『禁忌に触れし者』『人形遣い』、そして『死体屋』です。前者の二つは禁術について。残りの後者はこれを表しているんですよ」


 縦に立てられた棺桶。その蓋が、扉のようにゆっくりと軋んだ音をたてて開く。

 中から現れたのは、白銀の鎧を纏った精悍な戦士だった。彼は生気のない瞳を湛えて、一歩外に踏み出す。


「彼の名前はユーリクス。別名、千人殺しの英雄。たった一人で戦場を掌握したとされる古代の英雄です」


 ユーリクスの双眸が姫を捉える。


「貴方に彼を倒すことができますか?」


 古代の英雄は、鎧と同じく白銀に輝く刀身をやおら構えた。

 触れただけでも切れそうな、両手剣。剣だけでなく、使い手も一流。

 そんな相手を敵に、姫はただ嗤っていた。


「あら、面白そうじゃない。そういうの、嫌いじゃないわよ?」


 戦いを前に、姫の両手が黒く燃える。


「それじゃあ……」


 男の手もまた、炎に包まれる。


「踊りましょうか、姫」


 嗤いで返す。

 英雄が一歩を踏み込んだ。

ちょっとおまけ


恭平:僕の出番はいつになるの?

紅:円卓会議のあとは皆月さんの話やるから、君は暫く出てきません。

恭平:!?

紅:君がいなくても物語が成り立つような気がs


その後、結城紅の姿を見た者はいないという……。

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