81 魔女の取引
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陽の当たらない城内の一角。静けさと不気味さを内包する昼下がりの通路は、否が応にも嫌なものを連想させる。
ガラス張りの窓には僅かに埃が溜まっており、侍従たちの怠慢のほどが知れた。人通りが滅多にないのもそれに一役買っている。
窓に相対するように、内側には古風な趣向を凝らした壁が連なっている。使われなくなった通路は、寂れさと共に歴史を感じさせた。
その壁面に、蜘蛛の子を散らしたように体液が付着した。
悪夢を思わせるような真紅の赤が、追い討ちをかけるように盛大に撒き散らされる。
日陰に蝕まれた空間が、一瞬にして紅に彩られた。
「あ、あぁぁ……」
影に紛れて、兵士の姿が映し出される。
帝国式の頑丈な装備に、厳しい訓練を受けた屈強な兵士が、まるで子供のようにいたぶられていた。
兵士の眼前に広がるのはこの世あらざる地獄絵図。一人の少女が嬉々として大勢の仲間を鏖殺する狂った光景。
初めは己が内に宿っていた勇猛さも、今では圧倒的な恐怖に変貌していた。
苦難を共にした同僚達の成れの果て。それに注がれるのは、悲哀や同情ではなく、ああはなりたくないと貶す死骸に鞭打つ視線だ。
目前で新たな華が弾け、空に血を咲かし壁や床を紅でコーティングする。
崩れ行く首なしの仲間に目を剥く中、少女は血に塗れ使い物にならなくなった剣を一瞥し、無表情に横やりに放った。
硝子が弾ける音がして、剣が外に放り出される。
少女は腰を屈めると、今さっき殺したばかりの同僚の剣を手に取った。
兵士はその一挙一投足に、ただ戦慄するばかり。
不意に、少女の双眸が兵士を捉えた。
「ひっ!」
腰が抜け、地面にへたり込む。自らを奮い立たせようとしても、目に入る死体の数々に気圧され力が抜けてしまう。
「だ、誰かだすけてぇ!」
背後を振り返るも、既に誰もいない。
――もしかして、俺が最後?
麻痺した感覚が、ようやく部隊の全滅を察知した。
同時に、風を切る音が耳朶を叩く。
目を向けた先には、喜悦に歪んだ表情で剣を振り下ろすゴシックロリータの少女。
「や、やめっ」
言葉は最後まで紡がれなかった。
「あはっ!」
緩やかな剣線が空を切る。
全身の感覚が遅くなる中、首元に妙な熱さを感じて。
――何かが切れた音がした。
「――!?」
身体が浮遊するように軽くなる感覚。自らが鳥になったのではないかと錯覚するほどの軽さ。
驚きに視線を下ろすと、目に映ったのは虚空だった。
おかしいと思うも、どうにも声が出ない。
やがて視線を振り戻した先に、首の切れた胴体を見つける。
不思議と親近感の湧く胴体に、自らが体験する内容とを照らし合わせ、兵士は事実に辿り着き、絶望する間もなく息絶えた。
無機質な瞳を宿す頭部がごろんと床に転がった。
「ん、んー! レベルアップぅ!」
少女の脳内で、簡素的なファンファーレが鳴り響いた。
少女――姫は陶酔しきった表情でスキルポイントを振り分ける。
――人を殺しても経験値が手に入る。
そのことに気付いてからの行動は迅速だった。
立ち塞がる兵士を殴殺し、剣を奪い、次の兵士を叩き斬る。技術も何もない、ステータスに依存した戦い方。それでも効率を重視して、剣を取り替えながら幾人もの兵士を殺す。
まるで人殺しを厭わぬ、寧ろ愉悦感さえ覚える有様はまさに魔女を彷彿とさせた。
「んふふ、経験値がこんなに沢山。あぁ、興奮するわぁ……」
未だ覚めやらぬ感覚に身を捩る。
「服も取返したし、レベルも沢山上がった。これで柊君も……。んふふ、ふふっ! ふ、ひひひひひ、いひひひひひひひひ!」
再び全身を貫く快感。
殺意が喜びとなって身を震わす。唯一の怨敵を思い浮かべ、姫は虚空に呵呵大笑する。
血に塗れた空間の中、狂女の声だけが廊下に響く。
「殺す殺す殺す殺す殺す柊くぅぅぅぅぅん! 絶対に殺すッ!」
口を開けて哄笑する魔女は、明らかにどこか壊れていた。
静謐が嗤いに破られた中、ふと別の音が混じる。
カツン、と誰かが床を踏む音がした。
「――あはっ!」
ぐりんと姫の首が曲がり、狂った相貌が足音の主である男に向けられる。
次の瞬間には、右手に鉄剣、左手に霊剣を携えて、姫は蹴然と駆け出していた。
リノリウムの床を踏み込み、横に跳び壁を蹴り上げる。三角跳びの要領で天井に跳躍した姫は、虚空で半回転して天井を足場に男の背後に舞い降りた。
あまりにも現実離れした行動に、男は動揺したのか微塵も動かない。
着地ざま、勢いを殺さず右足を軸に回転を乗せて剣が振るわれる。
斜めに切り上げられる一条の軌跡。
「いひっ!」
確かな手応えを感じ、勢いよく鉄剣を振り抜く。
肉に剣が挟まれ、抉る独特の感覚。姫が恍惚と身を震わす。
そして振りぬかれた剣。その先に姫は虚空を視た。
「あら?」
「君が視たのはただの幻影だ」
突如背後から響く声。
驚きに身を後退させると、心外とばかりに声が掛かった。
「いやはや、一も二もなく斬りかかってくるとは驚いた。……貴方が、小城百合で相違ないかな?」
「……」
悠々と投げかけられた問いに、姫は答えない。
男が微かに相好を崩す。
「ふむ、警戒するのも致し方ない。なに、私はただ君に提案をしにきただけだよ」
姫は沈黙を墨守する。
空間が再び静寂を取り戻す中、男の声が朗々と響く。
「君は、柊恭平を殺したいんだろう?」
「!?」
思いがけない言葉に姫に双眸が揺れる。
問い質す暇もなく、男が二の句を継ぐ。
「私もなんだよ。彼は目障りだ。第二の特異点となりかねない。そこでだ」
一拍間をおいて、男が語る。
その視線は姫に注がれており、姫もまた男の話の虜となっていた。
ゆっくりと、男の口端が持ち上がる。
「君に絶大な力をやろう。だから、どうか私のために彼を殺してきてはくれないか?」
姫の口許が、静かに弧を描いた。
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