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08 蛮勇

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 僕は大急ぎで『勇者の窓』から攻撃魔法を取得する。これで僕の残りのスキルポイントは1だ。随分と少なくなってしまったが、この局面を乗り切れるのなら構わない。


「ほ、本当にやるの……?」


 巻き込まれた形で困惑する皆月さんが表情に不安を滲ませて言う。

 僕はやるしかないと返答する。

 足音が急速に近づいてくる。音と鳴き声からして一匹のようだが、果たして勝てるかどうか……。


 僕は背後のクラスメイトたちを見遣る。 

 現在の位置は殆んど入口だ。このまま上階に戻れば制裁が加えられるのは間違いない。逃げたくても逃げられないのだ。


「もう終わりだ。ここで死ぬんだ」「いやっ! まだ死にたくない!」「家に、家に帰りたいよぉ!」「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……」


 絶望という絶望を喚き散らす。戦う側としては迷惑極まりない。

 僕もこんなところで死ねない。だから、僕が生き残るついでに助けてやる。


 僕は決然と眦を開いて魔物が来るであろう方を見つめた。

 すると隅っこで縮こまっていた姫が突然立ち上がり、


「あ、あははは……。あ、あたし達がこんなとこで死ぬわけないじゃない!」  


 全身の震えを抑えて姫が言った。冷や汗が大量に流れているが、いつもの傲慢な笑みは崩さない。


「わ、あたしたちは勇者よ! こんなとこで死ぬわけがないのよ!」


 仮にも学校を支配する姫だけあって、そのカリスマ性は高い。クラスメイトたちは次第に興奮から覚めていく。

 姫にしてはナイスプレーだ。


「グルルルォ!」


 やがて唸り声を上げ角から現れたのは一匹の狼だった。全身は灰色で、牙だけが異常なほど発達している。

 鑑定を発動して見る。


 ―――――――――――――――

 ワイルドウルフ レベル23

 魔物

 ―――――――――――――――



「なっ……!?」


 レベル……23? いくらなんでも強すぎる!

 僕が思わず後ずさると、それをどう思ったのか姫は、


「あたしたちならやれるわ! あんなザコっぽい狼、みんなで掛かればあっという間に倒せるわよ!」


「小城さん、みんな! やめてくれ! 相手は23レベ、勝てる相手じゃない!」


「うるさいわね、あんなの勇者の相手じゃないでしょ」


 姫は僕の訴えを一蹴し、みんなには声が届かない。

 クソッ!


「ちっ、馬鹿共が!」


 舌打ちして慎太が駆け出す。『光の勇者』である慎太は皆とは比べ物にならないほどパラメータが高いようで、次々とクラスメイトを追い抜いていく。


 だが、今にもワイルドウルフに攻撃を仕掛けようとする先頭には届かない。そんな愚挙を冒せば攻撃を受け無意味に死んでしまうだけだ。

 そんなことは起こさせまいと、僕はイチかバチかの賭けに出る。


「『集え悪霊。暗魔の柱。生を払い、光を亡き者とせよ。我が魔を以て呪とする。『呪痺』(カース・パラライズ)!」


 早口に詠唱を読み上げ魔法を完成させる。僕の職業は『呪術師』、状態異常を付加することに長けた職業だ。レベルが離れていれも状態異常に掛かるかもしれない。


 頼む! 魔物の攻撃よりも先に届いてくれ!

 漆黒の魔法陣から黒い光線が放たれ、曲線を描きワイルドウルフに殺到する。

 果たして――


「グ、グルヴゥゥ……」


 ――効いた!


 ワイルドウルフは自身に起きた出来事に動揺しているようだった。麻痺がいつまで続くは分からない。その間に対処しなくては。


「てめぇら、今すぐソイツから離れろ!」


 先頭の列に追いついた慎太が警告を発する。それは心の底からの言葉だった。

 だが、一人の男子がそれを野卑たように嗤う。


「おいおい慎太。こんな雑魚相手に退けっていうのかよ。俺たちは勇者だ。こんな奴楽勝に決まってんだろ!」


 そして気勢を上げてワイルドウルフに拳を叩き込む。しかし勇者の一撃は、


 バキッ!


「ああぁぁあぁあぁああああ!?」


 自らの自滅を招くだけだった。

 骨が砕ける音が聞こえた次の刹那。


「グル――!」


 狼の瞳に光が宿った。

 その瞳に映るのは勇者ではなく一匹の獲物。完全に狩る側の目だった。


「逃げろ!」


 慎太が叫ぶ。だがその努力も虚しく。

 ――ブチッ、グチュッ


「あ?」


 ――腕が、もげていた。砕けた骨ごと腕を持って行かれた少年は、惨劇を前に呆然とする。

 硬直は一瞬の出来事。


「う、うわあああぁぁあぁああぁぁぁ!?」


 僅かに残った肉片()から血が噴出される。それは死という言葉を想起させるほど大量に。このままでは出血多量で死は避けられない。そんな少年に狼は、


「グルルルァ!」


 更に腹に噛み付く。太く、雄々しい牙は容易く少年の腸を食い破り中身をぶちまける。

 露出する臓器という臓器。鮮血のオンパレード。響く残響は断末魔。


 ――これが、愚者の末路。


 たった、たった一回のミスで、簡単に死んでしまう。

 これが、僕たちが来てしまった世界の実相。本当のありよう。

 脳裏を死が掠める。

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